2018夏号Opinion「安倍政治が再び日本を崩壊させる」松岡 正喜

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安倍政治が再び日本を崩壊させる
-ウソが政治を支配している-
昨今の新聞報道やテレビの国会中継を見ていると、腹立たしいことばかりでウンザリする。安倍政権は公明・維新を取り込み、多数を良いことにやりたい放題だ。裁量労働制のデータの採り方・比較のでたらめさ、それでも押し通そうとする。加計問題での、自衛隊スーダン日報問題でのうウソ。森友問題でのウソにつぐウソの連続。極めつけは、財務省の国有地のタダ同然の払い下げ疑惑だ。政権は元の文書を改竄してまで1 年間も国民にウソをつき続けてきた。

この文書改竄は財務省だけでできるものではない。改竄せざるを得ないよほどの事情が背景にあったからこそ、やらなければならなかったし、できたと見るべきである。この度し難い・真実をまげて隠ぺいし、ウソをつく体質は何によってもたらされたのか、考えてみた。

-隠ぺいとウソつきは歴代政権の体質-
今年で戦後 73 年になる。ドイツと異なり、戦後の政治の中枢に戦争勢力の一員だった政治家や官僚が残り、息を吹き返した。彼らが「大東亜戦争」を総括し、改革を試みた面を否定はしないが、徐々にトーンダウンし妥協と変節を重ねた背景には「連合国総司令部」名称のアメリカがいた。あの戦争に「負けた」ということを、「なかったこと」にして戦前を総括することを放棄し、アメリカの言うがままの構造に身を置いた。またそれを希む勢力があった。東西の冷戦がはじまり、日本が東アジアの反共のトップランナーに据えられ、それゆえに戦争を総括をする必要性が削ぎ取られた。どこに問題があるのか曖昧にし、かかわった人物や組織・制度における責任の所在をなおざりにした。以来こんにちまでこの構
造が続いている。いわゆる「永続敗戦論」である。沖縄の基地問題・核もち込みや貯蔵は言うまでもなく、郵政民営化・TPP・原発依存など経済やエネルギー政策に至るまで実体を隠し、ウソをバラまいて進められてきた。モリ・カケ問題もその構造に根差している。真実を知られたくないため隠ぺいする。なかったことにしたいがゆえにウソをつく。

-小選挙区制・政党助成金の導入による政治の劣化-
政界と財界の癒着を改め、政権交代の可能な2 大政党 制をつくる目的で20 年余り前に導入されたこの制度は、失敗だった。いつでも政権交代ができる「健全」な2 大政党制を築くことがこの国の政治を良くする、というキャンペーンがマスメディアを通じて繰り返された。異論を述べようものなら、「守旧派」のレッテルが貼られた。
果たして、そうだったのか。当時賛成の立場で世論(せろん=popular sentiment)誘導の一端を担った人が、いま露呈している政治の劣化の最大の要因がここにあると悔いている。
余談になるが、この時の NHK の解説員は「推進者」の立場でものを言っていた。「公共放送の NHK は、皆さまの受信料で支えられています」はウソだと思った。
公共性が担保されていないと思った。以来受信料の支払いをお断りするようになった。何度も玄関先で集金人の方と議論したが、いまだ納得のいく回答をいただいていない。
この小選挙区制によって、歴代自民党政権の行き詰まりから保守連立政権、後の民主党政権へと権力の担い手は変わった。が、中身は変わらなかった。民主党政権への期待が大きかっただけに、この政権の失敗は決定的だった。市民・国民もこの政権の限界を見抜けていなかった。安倍自民党を再び政権の座に着けてしまった。
小選挙区制は、もともと多数の議席を占めてきた自民党に有利な選挙制度である。一票でも足りなければ、有権者の多様な意見は議席に結びつかない。少数であっても多様な意見を取り入れる寛容さを奪い、多数を占めた政党が多様な意見や考えを排除しても構わない制度上の根拠をあたえてしまった。「民主主義的手続」による独裁への道が開かれたと言っても過言ではない。ナチス・ヒトラーも同様の手続きを経て権力をにぎっていた。
この制度が導入されて四半世紀を経たが、政界・財界の癒着は変わってはいない。税金によって運営される政党は「国営政党」化し、自主性・独立性を大本のところで失った。「民主主義とっての必要経費」論は「身を切
る改革」を放棄した体の良い言い逃れにすぎない。このような制度の中で議席を手にした政党に、自らの議席が付与された市民・国民の日々の営みに存在する不
満・不安の原因は分からない、ましてや希いはなおさら分からない。むしろ政党の論理が優先し、それを達成するために行動の原理でしかない多数決の横暴を、何の痛みも感じることなく押し通すことを専らのこととするようになった。説明責任を果たさない。ウソと言い逃れでその場を取り繕うことに終始する。政治が一部の権力者の私物と化す。政治の劣化以外の何物のでもない。

-強欲資本主義が世界を壊す-
こういう政治がファシズムを生み出す。第1 次大戦後のヨーロッパ・東欧・南米・日本をみれば明瞭である。不戦条約や和平への努力が戦後の国連憲章へとつながったが、それ以上にファシズムが世界を席捲し第1 次大戦の教訓が生かされなかった。今また世界は同じ轍を踏もうとしている。
国家機密法を 2013 年に強行採決し、14 年には集団的自衛権を、15 年には平和安全法制の法的整備(=戦争法)の強行、17 年には共謀罪法と矢継ぎ早に「安全保障」関係法の強行採決をくり返した。「安全保障」関係法で外枠を固め、内には聞こえのいい政策スローガンでごまかし人口に膾炙しようとした。しかし、実体を伴わなかった。
経済の低成長が叫ばれて久しいが、その根本要因である経済の空洞化に目を覆っている。むしろさらにその方向を強めようとしている。国民生活の安定的な維持と向上(=教育・福祉、医療・介護・年金、最低賃金・労働時間)のための国民本位の改革は眼中にはないのだ。400兆を超える企業の内部留保は投資に回さず、回せず、マネーゲームの原資だけではなく、海外生産への移転の基
金として蓄えられている。
資本家にとって日本はもはや市場ではなくなった。資本主義は行き詰まりにぶつかっている。資本主義の危機は戦争に転化して乗り切ろうという衝動を引き起こす。ゆえに政治的・軍事的危機をあおり、外交や対話の可能
性を躍起になって否定する。数年にわたって「安全保障」関係法を強行に「整備」したのは、この経済危機・資本主義経済構造の行き詰まりを将来的に「乗り切る」ための法的・軍事的な地ならしをするために他ならない。軍事的に海外へ出ていくためには憲法が邪魔なのである。スーダンに自衛隊を派遣し、しかも日報の存在を「廃棄」したとウソをついてまで否定した。イスラエルでは IS を敵にまわす「経済援助」発言をして、日本人を救出しようとしなかった。何れもこんご資本による利益獲得の「新天地」を開拓する意図と結びついていた、と言っても言い過ぎではない。

-単線的・切り分け的歴史観に異議あり-
明治維新(1868 年)から今年で150 年になる。この150年を安倍政権は祝賀ムードを演出する中、とりわけ戦前の 75 年で欧米列強に劣らない「近代化」を達成したことを自賛し、「この道」に間違いはなかったと誇り高く
唱えるだろう。
年の歴史を単線的に今日の近代化と繁栄を築いた「輝ける」時代として評価する見方がある一方、前半の75年はまだ明治は良かったが、大正・昭和と時代が下るにつれて悪くなり、やがては日中戦争、アジア・太平洋戦争へと突入していったという捉え方がある。それはアジア・太平洋戦争の悲惨な結末をのみ取り上げて、その時代だけは評価できないという歴史の切り分け論的評価と言える。どちらの見方も問題がある。前者はこの150 年の歴史過程を戦前の 75 年も、戦後のそれも連続して見る捉え方である。あいだにアジア・太平洋戦争の敗戦と
いう歴史的画期があったということを見落としている。
見落としている限り、なぜ戦争に突入したのか総括する考えは生まれない。後者の場合は、戦前の 75 年の歴史を分割した捉え方である。しかし、その切り分け論は、生まれたばかりの国家が進取の精神で、はつらつ活動し新国家建設にまい進した成功物語として描きたいというものである。明治・大正はそういう時代であったと。
しかし、歴史の事実に基づけば成立しない。明治の初めから天皇の神的権威を発揚することで新国家の統合が図られ、神祇官が設置されて神道の国教化が図られた(王政復古の具体化)。これは中途で挫折するが、国家神道の道は引き続き追求された。同じ時期に廃仏毀釈が行われた。この神道国教化への衝動が明治帝国憲法・教育勅語に結びつき富国強兵政策とともに侵略的国家体制が作
られていった。いわゆる「国体」の祖型の完成である。神道が道徳的権威の中心に据えられ、他の宗教と別物扱いにされた。明治の中頃には「脱亜入欧」や「欧州的帝国」論が唱えられ、日清戦争へ至る「準備」が整えられていった。日清戦争後は台湾を植民地化し、遼東半島を清朝から割譲させた。日清戦争は、やがて朝鮮半島の領有をめぐる日・露の対立を導き、列強の中国侵略の糸口を開いたと言える。
このように見ると、戦前の 75 年を明治は良かったが、大正・昭和と時代が下がるにつれて悪くなったと切り分けて捉えることはできない。日本近代の歴史を連続して直線的にとらえる今の政権は、戦後を「不甲斐ない、『伝統と誇り』を失った時代」としてみているだろう。でなければ、「美しい強い国を取り戻す」といえないはずである。なぜなら、彼らにとって明治はもとより、アジア・太平洋戦争に突入した時代こそ「美しい強い国」であったと捉えているからだ。
歴史に向き合い自国の侵略戦争に謙虚に学べない国は、再び過誤を繰り返す危険性を孕んでいる。
さて、仕事を辞めてこの数年、隠ぺいとウソで固めた安倍政治を批判し声を上げてきた。寒風の吹く日も、暑熱が照り返す日も、街頭に立ちマイクを握った。街ゆく人にどういう訴えが届くか、日々考えてきた。憲法が前文で言う「・・・政府の行為によって再び戦争の惨禍がおこることのないようにすることを決意し・・・」を実現するために与生を使いたいと考えている。
私事だが、先年亡くなった父は戦争末期に兵役法で中国戦線に狩りだされた。軍歴が残っているはずだと聞いて調べてみた。予想していたよりも詳細が分かった。父は栄養失調でマラリアと脚気を患っていた。甲種合格・柔道は黒帯だった。敗戦までの軍籍は長くはなかったが、食料は現地調達だった。食うや食わずのまま何日も行進させられ、ひもじくてどうしようもなかったと、私が小・中学生の頃よく話していた。また、「戦争は 2 度とするものじゃない」とも。中国湖北省の高粱畑の平原をひたすら行軍していた姿を想像している。
村で同級生 3 人のうち 2 人が戦死していた。もし父も戦死していたならば、私はこの世に生まれていなかった。
戦争は人の命を奪い、運命を変えてしまう。戦争について考え、行動せざるを得ない与生となってしまった。
※与生は余生(余った人生)ではなく、「与えられた人生」という意味で使った。

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