Lapiz2018Winter 巻頭言 Lapiz編集長 井上脩身

東京電力福島第一原発事故をめぐって業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電旧経営陣の公判で、武藤栄元副社長は「長期評価は信頼性がない」と述べました。長期評価というのは、2002年に政府の地震調査研究推進本部が福島沖でマグニチュード(M)8・2前後の地震が発生する可能性を公表したことをさします。これに基づいて東電の子会社が08年、同原発への津波が「最大15・7メートルに達する」との計算結果をまとめ、武藤氏に報告しました。この数値通りになるなら(実際、東日本大震災による津波は14メートルを超えた)、早急に対策をたてねばなりませんが、武藤氏はその信頼性を否定したのでした。私が不思議に思うのは、仮に信頼しなかったとしても、こうした予測値があるいじょう、なぜ最低限の措置をとらなかったかという点です。非常用電源を津波がこない高台に移しておけば、メルトダウンはおきなかったでしょう。東電トップという超エリートに最悪の事態だけは避けるという、当たり前の庶民感覚がなかったことに、原発問題の本質があるように思います。

武藤氏と勝股恒久元会長、武黒一郎元副社長の3人の強制起訴にともなう東電原発裁判は2017年6月30日に初公判が開かれ、検察官役の指定弁護士による起訴状朗読の後、3被告はそれぞれ無罪を主張しました。
この裁判の争点は簡単にいえば「15・7メートルという津波予測を知っていたのに対策をとらなかった」ことが刑事上の過失にあたるかどうかです。逆にいえば「15・7メートル」という予測値を「信頼性がない」として無視することに合理的理由があるかです。
福島第一原発の地盤は海面から10メートルの高さにあります。繰り返しますが、15・7メートルの津波が押し寄せてくれば原発は水浸しになります。これでは非常用電源も水没し全電源喪失になることは必至です。このため東電の担当者は海抜20メートルの防潮堤を造るなどの対策計画をつくり、武藤氏に提出していました(添田孝史『東電原発裁判――福島原発事故の責任を問う』岩波書店)。しかし武藤氏は何の対策も取りませんでした。

東電側は「地震本部の予測の信頼性は専門家からも疑問視された」などと主張しています。20メートルの防潮堤を築くとなると膨大な経費がかかるでしょう。武藤氏ら経営幹部は「信頼性がない」ことにしようとしたのではないのか。将来の予測ですから、100%信頼できるとだれも言えるはずがありません。それをいいことにカネがかかることを避けた、との疑いを私はぬぐうことができません。
2017年3月17日、前橋地裁の原道子裁判長は福島原発訴訟で国の賠償責任を認める画期的な判決をくだしました。この裁判は避難指示区域内の25世帯76人と区域外の20世帯61人が原告となり、東電と国に対し一人一律1000万円の損害賠償を求めて起こしたもので、福島県南相馬市などの原告の自宅4カ所で異例の現場検証が行われました。

この裁判でも争点は2002年の長期評価と08年の15・7メートルの予測値の評価でした。原裁判長は東電に対し「高い津波を02年に予見することができ、08年には実際に予見していた」と断じ、国についても「08年3月ごろには、東電に事故回避の措置をとらすべきだった。東電と同じだけの賠償をすべき責任がある」と判示しました(前掲書)。

東電に責任があるとした根拠の一つとして、「電気設備を高いところに設置するなどの対策をとっていれば、事故は発生しなかった。それらの対策は時間がかからず費用も安かった」としている点に私は注目をしました。平たくいえば、冒頭に述べたように非常用電源を高台に移す、ということです。おそらく費用は最大でも数億の範囲でしょう。東電にとってみれば、年金生活者がワンコインで買い物をする程度の負担ですんだはずです。
話を東電の刑事責任を問う裁判に戻ります。10月16日、東京地裁で開かれた公判で被告人質問が行われました。ここで武藤氏が長期評価について「信頼性がない」と述べたのです。報道によると武藤氏は「(専門家の)土木学会に(長期評価の信頼性を)検討してもらうのが妥当と考え、(部下に)研究しようと言った」と答えています。(10月17日付毎日新聞)

武藤氏がいう土木学会というのは、1938年の福島県沖地震(M7・5)をもとに計算し、同原発の津波高が5・7メートルとしたことを指しています。武藤氏は「土木学会の数値を信頼していたので、14メートルもの高さの津波を予見することができなかった」と言いたいようです。

この裁判は15・7メートルの攻防戦といえるでしょう。民事責任と刑事責任のハードルの高さは大きく異なるといわれます。刑事責任がある、との判決に至り得るかとなると予断は許しません。ただ私が素人的に願うのは、「なぜ最悪の事態を避ける措置をしなかったのか」を追及してほしい、ということです。「15・7メートル」と聞いたかぎり、最低限のことをしておくのは社会の常識というものです。これを怠ったことは間違いなく大きな過失であり、重大な責めを負うべきであると思うのです。

東電がこうした非常用電源を安全な場所に移すという最低限のことも行わなかったため、広範囲で住民たちにさまざまな犠牲を強いることになりました。その一つに低線量被ばくによる健康被害があります。本号では低線量放射能の問題点を探りました。 (了)