原発を考える 牛乳汚染する低線量放射能 ―酪農場近くの原発の恐怖― 文 井上脩身

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私は最近、『低線量放射線の脅威』という本を読んだ。原発事故が起きた場合、どのような影響が出るのかを詳細にレポートしたもので、筆者はアメリカの統計学者ジェイ・M・グールド氏と、「放射線と公衆衛生プロジェクト」副責任者ベンジャミン・A・ゴールド氏(肩書はいずれも執筆当時)。同書ではスリーマイル島など11章に分けて、問題点を洗い出しているが、私がとくに注目したのは「乳児死亡率と牛乳」の章。福島原発事故が起きたとき、飯舘村の牧畜農家がもろに放射能汚染されたからだ。牛乳どそのように汚染され、子どもたちにどう影響を及ぼすのかを考えたい。高濃度ヨウ素の犯人

同書は1990年に第1刷が刊行され、2013年、今井清一・武庫川女子大名誉教授らによる翻訳で鳥影社から出版された。序文によると「放射線と公衆衛生プロジェクト」(RPHP)がチェルノブイリ原発事故後も調査行い、稼働中の原子炉の近くで増加している甲状腺がん、閉鎖された原子炉の近くで減少している小児がんなどについて検討した。
まずは同書に記載された研究データを読みとりたい。
同原発事故にともない、アメリカでは放射性ヨウ素131に対する不安が高まった。ヨウ素131は甲状腺がんを悪化させることがわかっているが、なかでも乳児と胎児の甲状腺被ばくは、流産、低出生体重児などの危険を生じ、乳児死亡率が高まる恐れがあるとされている。このため、1986年4月6日の事故から1カ月がたった5月、アメリカ環境保護局は牛乳の放射性ヨウ素131の測定を綿密に行った。
5月のアメリカ中部大西洋諸州の牛乳中の要素131の最高値は以下の通り=単位は1リットル当たりピコキューリー(カッコ内は同年8月の最高値)。
ワシントンDC46(9)、ボルチモア(メリーランド州)39(2)、トレントン(ニュージャージー州)22(0)、チャールストン(サウスカロライナ州)22(5)、フィラデルフィア(ペンシルベニア州)22(0)、ノーフォーク(バージニア州)20(0)、ウィルミントン(デラウェア州)10(1)
ワシントンDCと、ボルチモアの5月値が他の地域の2倍に達しているうえ、ヨウ素131の半減期(8日)を過ぎた8月でもワシントンDCでなおヨウ素131が高い値で検出されている点に焦点を当て「これほど異常に高い値は、チェルノブイリの放射性降下物だけが原因とは考えられない」と分析した。
そこでRPHPはピーチ・ボトム原子炉に疑いの目を向けた。
同原子炉はペンシルベニア州にあり、2、3号機は沸騰水型で1974年から運転している。1983年、原子炉の冷却管にひび割れが発見され、原子力規制委員会から罰金を科せられたという“前科原子炉”。1980年代、同原子炉はトラブルが相次ぎ、そのたび、燃料棒のひび割れ部分からヨウ素131、ストロンチウム90などの放射性物質の漏れが見つかっている。こうしたいわば常習犯である同原発の放射能漏れが、チェルノブイリ事故の陰に隠された可能性を無視できないとみた。
もうひとつ重要なデータはチェルノブイリ事故を挟む1986~87年の、ワシントンDC、ボルチモア、メリーランド、バージニアの乳児死亡率だ。全米を1とした場合、メリーランド州とバージニア州では1~1・1の間を推移しているに過ぎず、ほぼ全米の平均的値だ。これに対し、ワシントンDCでは事故前の86年2~4月でも1・7~1・8と高く、同年10月は2・2、翌87年3月でも2・4と高い値になっている。87年の6月は1.2と前米平均並み近くに下がったが10月には2・2に上がっている。ボルチモアでも1・4~2・2の間を推移しており、全米平均をかなり上回っていた。
ピーチ・ボトム原子炉はワシントンDCとは90キロ、ボルチモアとは70キロの所に位置している。上記のような高い数値になったのは同原発に比較的に近い距離であるためとみられた。

原発近くの酪農場

前項で挙げたデータから単純に原発100キロ圏内は乳児死亡率が高まると結論づけることはできないが、要注意であることは確かだろう。レポートは牛乳中のヨウ素131の含有を問題にしているが、通常、大都市には牧場はほとんどない。それにもかかわらず、ワシントンDCのような都市で高い乳児死亡率になったのはなぜであろうか。
同レポートによると、ピーチ・ボトム原子炉の周辺は大酪農地帯。同原発はペンシルベニア州とメリーランド州の州境、ボルチモアを経てチョサピーク湾に注ぐサスケハナ川のすぐ近くにある。同原発から80~100キロの範囲内にある15の郡では、全米の牛乳生産量の約4%、年間40億ポンド(約181万トン)を生産。なかでもフィラデルフィア西のランカスター郡では年間15億ポンド(約68万トン)を生産している。
このことは他の大都市にもいえる。ニューヨーク市の牛乳はジェファーソン、オスウィーゴ、セント・ローレンス、ルイスの各郡からの輸送に頼っているが、これらの地区はナイン・マイル・ポイントやジェームズ・フィッツパトリック原子炉の風下に位置している。
ミネソタ州、ウィスコンシン州の酪農場は全米の牛乳生産の約半分を占め、中西部の大部分の都市に供給しているが、ミネソタ州の出荷地であるベントン、イサンティ、モリソン、シャーバーンの各郡はモンティセロ原発の風下。またダコタ、グッドフィー、ヘネピン、スコットなどの酪農場があるこれらの郡はプレーリー・アイランド原子炉の風下にあたる。ウィスコンシン州の牛乳を出荷するピアス、セント・クロワ郡も同原発の近くだ。バッファロー、ジャクソン、ラクロス、モンロー、トレムピーロー各郡はラクロス原発のそばで牛乳を生産しており、酪農場があるブラウン、ドア、ケワニー各郡はキワォーニ原発の風下だ。
こうした例を挙げればきりがないが、都市生活者が飲む牛乳の生産地は原発からそう遠くない所にあるのだ。というより牧場がはるかに広がる所に原発が立地したというべきだろう。
ここまでは大西洋側の牛乳とヨウ素131の関係をみてきた。では太平洋側はどうか。
環境保護局の1985年8月から1年間の統計によると、降雨量が最も少なかった86年5月、放射性ヨウ素131の濃度が1リットル当たり17ピコシーベルトと低い値だったのはテキサス、アーカンソー、ルイジアナ、オクラホマなどの西南中央地域で、死亡率に変化はなかった。しかし、太平洋沿岸地域のカリフォルニア州とワシントン州では44ピコシーベルトと高い値になっており、死亡率も南部大西洋地域の2倍以上になっていた。
カリフォルニア州中南部の太平洋岸にディアブロ・キャニオ原発がある。1973年に加圧水型原子炉が完成したが、沖合数マイルのところに活断層が発見された。この断層によって1927年、マグニチュード7・1の地震が発生したことから補強工事が行われたが、81年、反対運動が起き、1900人が逮捕される事態となった。こうしたなか1号機が85年、2号機が86年に運転された。
カリフォルニア州での放射性ヨウ素の濃度の高まりと同原発の関係についてレポートは何ら言及していない。同原発は2025年度までに閉鎖される予定という。

福島の酪農家の悲劇

福島原発事故後に甲状腺がんと診断された子どもたちを支援する「3・11甲状腺がん子ども基金」が今年9月から医師らによる無料電話相談をはじめた。同基金は、原発事故当時18歳以下で東日本の1都15県に住んでいた人が甲状腺がんと診断された場合、療養費10万円を支給している。今年8月末までに132人に給付したが、「誰に相談してよいのかわからない」との声が多いのが現状という。
こうした悩みの背景には2016年3月、事故当時4歳だった男児が甲状腺がんと診断されるなど、事故から5年がたった後にがんが見つかる例がでてきたことがある。それ以前に見つかった甲状腺がんは、発見まで1~4年と短いうえ、事故当時5歳以下の子どもからの発見がないことなどから、福島県「県民調査」検討委員会は16年3月に出した中間とりまとめのなかで「(見つかったがんは)放射線の影響とは考えにくい」としていた。今回、男児にがんが見つかったことで、この判断は誤りではないか、と多くの人たちが疑いだしたのだ。
もともと事故直後から、小出裕章・元京大原子炉実験所助教は、広島・長崎の原爆被爆者への長期調査データなどから「低い被ばく量の人にもがんが増えている」とし、「福島の子どもたちに、今すぐにも逃げてほしい」と訴えていた(『原発・放射能 子どもが危ない』文春新書)。
福島県飯舘村の酪農家、長谷川健一さんは牛を50頭飼育していた。福島第一原発事故から8日目の2011年3月19日、福島県の検査で牛乳(原乳)から1キロ当たり5000ベクレルの放射性ヨウ素が検出された。国が定めた暫定規制値の16倍以上にのぼっており、出荷できなくなった長谷川さんは乳牛飼育を「いったん休止」した。長谷川さんはこうした体験を、著書『原発に「ふるさと」を奪われて――福島飯舘村・酪農家の叫び』(宝島社)のなかで悲痛な面持ちを込めてつづっている。村内の11軒の酪農農家も長谷川さん同様、事実上廃業した。
写真家、郡山総一郎さんも原発事故後、同県浪江町の酪農家を訪ねまわり、乳牛の飼育風景をカメラに収めた。『原発と村』(新日本出版社)のタイトルで刊行されたが、原乳の出荷が停止になっても牛を大事にする酪農家の人たちの表情には、牧場と原発が隣合わせという不条理への憤怒がこもっている。
事故後10日足らずとはいえ、出荷された牛乳が子どもたちを汚染したはずはない、と私は思いたい。だが『低線量放射線の脅威』のなかに実に気になる記述がある。福島事故後の14週間に、全米122の都市の死亡統計の分析で2万2000人の過剰死が判明したというのだ。これはチェルノブイリ事故後の過剰死1万7000人を超えている。これだけでは福島事故によるものと言えないことはいうまでもない。実際、レポートはアメリカ国内の原発に疑いの目を向けている。だからといって福島は無関係とも言いきれない。

私の手元に一冊の絵本がある。『希望の牧場』。奥付には、福島第一原発の警戒区域内に取り残された「希望の牧場・ふくしま」のことをもとにつくられた、とある。児童文学作家、森絵都さんが執筆、イラストレーターの吉田尚令さんが絵を描き、2014年、岩崎書店から出版された。主人公の牧場主は殺処分に同意せず360頭の牛を飼い続ける。やがて福岡、大阪や北海道から牛の世話やお金の寄付などの支援をする人がきて「希望の牧場」と呼ばれるようになった。
肉牛しか描かれておらず、乳牛は飼っていないようだ。だが、商品価値がないのは同じだ。事故後5年がたってなお甲状腺がんの子どもが見つかる福島。子どもを持つ親たちの不安がおさまらないなか、酪農家の人たちに「希望」があるのだろうか。被災地に本当の意味で「希望の牧場」が生まれるのはいつのことだろう。(了)

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