編集長が行く しのびよる地球温暖化~夏山から消える雪渓~ Lapiz編集長 井上脩身

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今年8月末、北ア・白馬岳(2932メートル)に約20年ぶりに登った。白馬岳の東の沢は大きな雪渓をなしており、この大雪渓をアイゼンを利かして歩くのが白馬登山の醍醐味。ところがこの雪渓が歴然と以前より小さくなっていた。10年くらい前から「地球温暖化が雪渓にも及んでいる」とうわさされていたが、その現実を目の当たりにしてがく然とした。地球温暖化による縮小であれば、ことは白馬大雪渓だけの問題ではない。北アルプス、いや東日本から北日本の山々の積雪量が減っていることを意味し、それはいずれ水不足という深刻な問題に立ち至る恐れがあることを示しているのだ。縮小する白馬大雪渓

白馬は主に白馬岳、杓子岳(2812メートル)、鑓ケ岳(2903メートル)の三つからなり、白馬三山と呼ばれる。白馬大雪渓は白馬岳とその南の杓子岳のそれぞれの尾根の間の谷で形成される。長さは約3・5キロ、幅は広い所で300メートルに渡り、標高差は600メートルに及んでいる。夏山の登山コースは雪渓上に真っすぐにつけられており、ゆるい勾配を4本か6本爪のアイゼン(冬山では8本爪のアイゼンを使う)を靴底につけて登る。剱岳(2998メートル)中腹の剱沢雪渓、針ノ木岳(2820メートル)直下の針ノ木雪渓と合わせて北ア三大雪渓と呼ばれるが、圧倒的に人気を集めているのは白馬大雪渓だ。登山者だけでなく雪渓見物にくるハイカーも多く、白馬村の観光資源でもある。
私は51年前、大学の友人と3人で白馬岳に登ったのが白馬登山の最初だ。このときは頂上付近でテントを張り、そこから白馬三山を経て唐松岳、五竜岳まで縦走した。2回目はその十数年後、私が30代半ばのとき、妻と二人の子どもの一家4人で登り、白馬岳北の小蓮華山から下山。3回目は21年前、妻と次男で登り、唐松岳から八方尾根を下った。
4回目である今回は、初めて登った仲間で「50周年記念」として挑むことになった。うち一人は奥さんが健康を害し、Mさんと二人登山になった。白馬三山を経て、下山途中、鑓ケ岳中腹の鑓温泉につかるという計画。同温泉は2100メートルのところにあり、「標高日本一の湧出温泉」といわれている。
今回も、過去3回同様、スタートは大雪渓下の山小屋、白馬尻荘。標高1600メートル、バス停から歩いてわずか1時間のところだが、森閑とした別世界だ。
朝6時前、アイゼンを手に提げて小屋をスタートした。2回目のとき、小屋の前でラジオ体操をした後、子どもの靴にアイゼンをつけた。普通の運動靴にはうまくはまらず困ってしまった。おかげで、雪渓が小屋のすぐそばまであったことを鮮明に覚えている。3回目、つまり21年前も雪渓の一番下の端は小屋のすぐそばだった。
ところが今回、沢に雪はなく、大きな岩が渓谷いっぱいにゴロゴロところがっている。雪渓のない白馬登山なら、ただ苦しみがあるだけだ。しかもこの日は濃いガスに包まれ、時折、横殴りの雨が降るあいにくの悪天候。気分がのらない登山になった。
普通の登山道を1時間近くのぼったところで、ようやく雪渓の端にたどり着いた。視界は30メートル。見通しは利かないが、踏み跡を確かめながらゆっくりと歩を進める。2時間ほど登ったころ、葱平という雪渓コースの終点についた。ここから尾根に取りつく。少し高台にあがったところで、一瞬、ガスが晴れた。驚いた。以前は間違いなく雪渓が頂上近くまで広がっていた。目分量では雪渓の上部と下部でそれぞれ200~300メートルほど小さくなっている。当然、雪の厚みも減ったはずだ。視界が悪いのではっきりしないが、あちこちでクレバス状態になっているに違いない。

雪渓長40年で半分以下

調べてみると、2016年は雪不足のため9月1日から通行止めになった。同年8月末、白馬村、北ア北部地区山岳遭難防止対策協議会、大町署などが現地調査した結果、クレバスが拡大していて雪渓登山は危険と判断した。大雪渓の通行止めは前例がないという。
元信濃毎日新聞記者の地元ライターの報告によると、登山者の一人は「数年前に来たときは小屋まで雪があった。その印象が忘れられない」と、ガッカリしていた。白馬村の観光課長は「何年も前から雪が少なくなったと誰もが感じていた。温暖化の影響ではないかという見方もでてくると思う」と話したという。
雪が少なくなったのはこの数年だけの現象ではない。
朝日新聞社が08年9月17日、北アルプスの山々の雪の状況を上空から撮影、名古屋大学が保存する1968年10月撮影の写真と比べて、40年の変化を調べた。そのレポートは以下の通りである。
奥穂高岳(3190メートル)東面の、氷河期に浸食された椀状氷河地帯の涸沢では、雪渓の長さは半分以下になっていた。槍ケ岳(3180メートル)の天上沢の雪渓も幅が狭くなってやせ細っており、白馬大雪渓や剱沢、鹿島槍ケ岳(2889メートル)のカクネ里の雪渓も小さくなっていた。
朝日新聞社機に同乗した雪氷学者は「標高の比較的低い雪渓の下の部分で雪が消えている。雪渓の中でも越年する雪渓が減っている可能性がある」と分析。名大の研究者は将来について、「これまで増減を繰り返してきた雪渓が、ある年突然消えて、その後はなくなってしまうこともあり得る」と悲観的だ。
朝日新聞社の調査によっても白馬大雪渓が小さくなっていることは明らかだ。この調査時点の40年前は、今年の50年前にあたる。私が初めて白馬岳にのぼったころだ。私の個人的印象は決して間違いでないことが裏付けられたわけだ。
一方、日本山岳会のホームページによると、剱岳の三ノ窓雪渓、小窓雪渓と立山(3003メートル)の御前沢雪渓で氷河が確認されている。厚さ60センチ、長1200メートルとみられる三ノ窓雪渓の氷河では、1カ月で30センチのスピードで動いているという。この速度で氷河が小さくなりつつあるということだ。同山岳会は、一般論として19世紀以降、世界の氷河は後退している、としている。
私はやはり50年前、三ノ窓雪渓を経て、剱岳の登頂を試みたことがある。雪渓の最上部まで登ったところで猛烈な雨に見舞われて頂上を目指すのを断念、同雪渓を引き返した。雪渓のスケールは白馬大雪渓とは比較にならないほど大きく、迫力があった。この雪渓を登る人はわずかしかいず、一般に目に触れることはない。おそらくこの雪渓も小さくなっているだろう。

100年で1・14度上昇

地球温暖化は「じょじょに起こる災害」といわれる。人の目に見えるようになったときは手遅れ、というのだ。実際、地球温暖化が叫ばれ、温室効果ガス濃度の上昇を抑えることが急務といわれながら、多くの人はその危険性をあまり自覚していないように思える。
温暖化は目に見えないものだろうか。
2014年、世界の平均気温が1891年の統計開始以来最も高くなった。1981~2010年の30年間の平均を基準として比較すると0・27度高かったという。第2位は1998年でプラス0・22度。この年は顕著なエルニーニョ現象を受けて気温が上昇したもので、2014年も夏以降に同現象が起きたのが高気温の原因だ(亀頭昭雄『異常気象と地球温暖化――未来に何が待っているか』、岩波新書)。
またIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の、2012年までのデータに基づく第5次評価報告書では「北半球では、1983~2012年の期間は、過去1400年において最も高温の30年間であった可能性が高い」としている。
日本では気象庁が都市化の影響が比較的少ないとみられる網走、石巻、飯田、浜田、名瀬など15の気象台の観測結果を基に気温の長期変動傾向を探っている。1898年から2010年までのデータによると、100年あたり1・14度上昇。上昇幅は季節によって異なり、冬は1・15度、春は1・28度、夏は1・05度、秋は1・19度上がっている。また日本近海の平均海面水温は100年あたり1・08度上昇と、気温と同じ傾向を示している。
各年の平均気温は上がったり下がったりとジグザグの線をひきながら、全体として上昇傾向にあり、とくに記録的な高温は1990年以降に集中。なかでも平均気温が高かったのは1990年で、1981~2010年の30年平均を基準として比較すると、0・78度高かった。第2位は2004年(プラス0・77度)、第3位は1998年(プラス0・75度)だった。
以上は2010年までのデータによる記録。2013年は西日本を中心に広範囲で高温になった。8月12日に高知県四万十市で41度まで上がり国内最高記録を更新。東京では8月11日に最低気温が30・4度と、1990年に新潟県糸魚川市で記録された30・8度に次ぐ2番目の「熱い夜」になった。
この年の夏は、東から日本を覆う地上付近の太平洋高気圧と、西側の高度10~15キロのチベット高気圧が強まり、広い範囲で晴天が続いて気温が上昇。さらに南シナ海からフィリピン海にかけて積乱雲の動きが活発になって上昇した気流が本州の南の海上で下降、太平洋高気圧の強い状態が続き、高温現象になったとみられる。(前掲書)

今世紀末最悪4・8度アップ

問題は前項の高い気温が地球温暖化によるものかどうかだ。
IPCC第5次評価報告書では、四つの異なる温室効果ガスの排出量と大気汚染濃度、エーロゾルなどの大気汚染物質の排出量、土地利用の21世紀の変化などを勘案し、2100年までの二酸化炭素濃度を四つのシナリオに分けて予測している。それによると①抑制の強制力が2100年までピークを迎え、その後減少する場合、421ppm②強制力が2100年までにピークを迎え、その後安定する場合、538ppm③排出を抑制する気候政策を考慮しない成り行き型の場合、670ppm④非常に高い温室効果ガスが排出される場合、936ppm――としている。
①のケースは工業化以前に比べ、世界平均地上気温の上昇を2度以下にすることを目標にしたものだ。④の何の手だてもしなかった場合、二酸化炭素濃度は厳しい対策をとられた場合に対して、2倍以上排出されることになる。
一方、世界の20の研究機関が2010年から2012年にかけて、前記の4つのケースについての将来気象予測実験を行った。それによる世界平均地上気温に関して1986~2005年の平均を基準として比較すると、今世紀末には①は0・3~1・7度②は1・1~2・6度③は1・4~3・1度④は2・6~4・8度の上昇となる。要するに、最も厳しい抑制策をとられても、21世紀全体として上昇する可能性が高いのだ。
このような気温上昇状態が続けば地球はどうなるのだろうか。『異常気象と地球温暖化』の著者の気象学者・亀頭昭雄氏は「ほとんどの地域で世界平均気温が上昇するにつれて極端な高温現象が増え、極端な低温減少が減ることは確実」とし、①広がる熱帯②縮小する雪氷圏③海洋酸性化④海面水位上昇――などの現象を懸念する。以下はそれぞれについての概説である。

広がる熱帯
気温の上昇により海面気圧が高緯度域で低下し、中緯度域で上昇すると予想される。大気は熱帯域で上昇し、亜熱帯域で下降する(ハドレー循環)という特徴があるが、このハドレー循環の南北の幅が広くなる可能性がある。この結果、熱帯域が広がるとみられる。

縮小する雪氷圏
積雪面積は降雪量の変化と融解量の変化の相関関係で決まるが、世界平均地上気温の上昇にともない、北半球の積雪面積は減少する。現在の北極域の海氷の広がりや、ここ数十年の減少傾向を考慮したうえで、二酸化炭素濃度の上昇が著しい場合、今世紀の中頃までに9月の北極域での海氷はほぼなくなる、と予測される。
海洋酸性化
工業化以前の海水のphは8・2だったが、現在は海水中に二酸化炭素が溶け込んだことから8・1と0・1低下。酸性度が26%増加したことになり、この現象を「海洋酸性化」と呼ばれる。海洋が酸性化すると、海洋中のプランクトン、サンゴなどさまざまな海洋生物に影響し、生態系に深刻な影響を及ぼす可能性がある。

海面水位上昇
海洋の温暖化が強まることで氷河と氷床が縮小し、海面水位は1971~2010年に観測された1年に2ミリの上昇率を上回る可能性がある。海面水位上昇に大きな影響をもつのは海洋の温暖化による熱膨張と氷河が解けることの二つ。最大で現存する氷河の35~85%が今世紀末までに失われるとみられ、世界平均海面水位の上昇高は今世紀末までに0・52~0・98メートルと予測される。

雪解け水減り水源枯渇

本稿は雪渓が小さくなっているのではないか、との危惧が執筆の動機だ。では我が国の降雪量は温暖化によってどのような影響を受けるのだろうか。
データは古いが、1997年、森林総合研究所の研究員らが温暖化が冬季の降雪量に与える影響を調査したレポートがある。それによると、調査時点の日本全体の降雪量の総量は1319億トンだが、気温上昇により、最悪の場合549億トンに激減するとしている。
研究員らは上昇予想温度と予想降水量を七つのケースに分けて分析した。その詳細は極めて専門的になるので省略するが、気温が2度上がった場合、降水量に対する降雪量の割合がすべての地域で減少。この結果春季の融雪量が減少する。気温が4度上昇した場合、本州では山岳地帯で若干の降雪が見込まれるだけで、水資源としての利用は困難になると予測した。
前掲の『異常気象と地球温暖化』によると、雪になるか雨なのかの境目の地上気温は、日本海側で2~3度、太平洋側で1~2度。季節風の影響を受ける日本海側に対し、太平洋側では低気圧の影響を受けるため、約1度の差が生じるとされている。いずれにしても、今世紀末に約3度気温が上がるとほとんどの地域で積雪が減る。また最深積雪のピーク時が1カ月早まると予測されており、東日本の日本海側では1月末が最も深い雪に覆われることになるという。前記のレポートと重ね合わせると、気温上昇が2度以下にならなければ、雪解け水が減って水源が枯渇するという深刻な問題になる可能性が高い。
水は人が生きていくうえで欠かすことが出来ない。水源から水道によって各家に流される生活用水のほか、農業用水、工業用水などとして使われるなど、社会・保健・産業活動の中核を担っている。
2015年12月12日、パリで開催された第21回気候変動枠組条約締結国会議(COP21)で、世界全体の温室効果ガスの排出量の削減のために、各国に削減目標を作成する義務を課すことで合意(パリ協定)した。これにより、我が国は2030年までに2013年対比で排出量を26%削減することが義務づけられた。
2016年11月までに192カ国とEUが協定を締結している。このうち中国、アメリカ、インドが加盟国全体の約3割の温室効果ガスを排出しており、この3国の取り組みがその成否にかかっている。ところがアメリカのトランプ大統領が17年6月1日、「アメリカが何十億ドルも支払うことになる不公平な協定」などとして協定離脱を表明した。
今年(2018年)の夏、日本は記録的な猛暑に見舞われた。7月23日、埼玉県熊谷市で41・1度とこれまで最高だった四万十市の41度を超えて最高気温を記録。8月6日には岐阜県下呂市、同8日には同県美濃市でそれぞれ41度にまで上がった。また7月の月平均気温の最高値が47地点で更新するなど、猛烈に暑い日が続き、熱中症による死者は133人と、2010年の95人を大幅に上回り、2008年の統計開始以降、月別で最高になった。
気象庁は太平洋高気圧とチベット高気圧が日本付近に張り出したことが原因と分析しているが、地球温暖化対策は待ったなしの状況にある、と考えるべきだろう。

私が目にした白馬大雪渓の縮小ぶりは、一見、この夏だけの特異現象に見える。だが、今年のような地獄の猛暑でない年でも「雪渓が小さくなっている」との報告が相次いでいる現実を思うと、決して一時的縮小でないことは明らかだ。
もしトランプ氏のように世界の国々が自国の利益のみを優先し、地球の温暖化を放置するのであれば、いずれ白馬から雪渓は消えるだろう。そんな白馬に私は登りたくない。だが、もはや問題は単に登山者個人の好き嫌いのレベルではない。雪渓のあちこちでクレバスが大きく口を開いている。その口は、今地球は生態系に異変をもたらしかねない重大な事態にあることを訴えているように思える。

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