Lapiz2019夏号 巻頭言 Lapiz編集長 井上脩身

 世界貿易機関(WTO)の紛争を処理する上級委員会は4月11日(日本時間12日)、韓国が福島など8県産の水産物の輸入を全面禁止しているのはWTO協定のルール違反とした1審の判断を破棄しました。福島第一原発の事故によって、魚介類汚染の疑いがあるとして禁輸措置をとった韓国に対し、日本は「科学的にみても安全」と訴えました。1審は日本側に軍配を上げましたが、上級審は日本の主張を退けたのです。上級審は1審の判断について「潜在的な汚染の可能性を説明できていない」と指摘しました。言い換えれば、「潜在的汚染を全く無視することはできない」ということです。実際、汚染の元凶である燃料デブリが事故原発から取りだされていないのですから、海洋汚染にともなう水産物汚染が疑われてもしかたがないでしょう。韓国は禁輸を継続しています。

 報道によると、輸出が規制されているのは、青森、岩手、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、千葉の水産物。韓国は2013年、福島原発からの汚染水流出問題が起きたために規制を強化、これら8県産の禁輸対象を一部から全てに拡大しました。これに対し、日本は「放射性物質の規制基準をクリアした水産物のみを出荷しており、韓国の規制は不当で差別的」として15年にWTOに提訴。1審で日本の主張が認められたことから、政府は「勝てる」と踏み、現在輸入規制を続けている23カ国・地域に規制撤廃の働きかけを強める方針でした。これらの国のなかには、アメリカ、中国、ロシア、EUなどがあり、水産界にとって今回の敗訴は大きな痛手となりました。

 汚染の震源地である福島県では2015年4月以降、放射性セシウムの基準値(1キロ当たり100ベクトル)を超える魚はほとんど水揚げされていないといい、福島県漁連は「安全性の理解を広げていくしかない」と落胆。「海のパイナップル」と呼ばれるホヤの国内最大の養殖地である宮城県では、震災前、生産量の約4割を韓国に輸出していましたが、韓国の輸入規制で17年の場合、6900トン分も廃棄を余儀なくされました。「まさかの敗訴」は養殖業者をどん底に落とした、と4月13日付毎日新聞は伝えています。

 確かに水産業者には気の毒です。でも漁業者をどん底に落としたのは輸入規制ではなく、事故を起こした原発が放射性物質を排出したことです。海に漏れ出たことで、消費者は不安をおぼえるようになりました。その原因である燃料デブリは原子炉格納容器の中に残ったままで、東電は毎日400トンもの水を注入して冷却を続けています。

 令和の時代に入って1カ月がたちました。この元号の考案者といわれる中西進大阪女子大名誉教授はWTO上級審の判断があった同じ日に東京都内で開かれた万葉集講座で「令和の令は発音が美しい。令嬢や令夫人と同様、和を形容する意味がある」と語りました(4月13日付毎日新聞)。実際、令和という元号は好評のようです。しかし私は「冷」という文字と重なり、いい感情をもてません。福島第一原発は廃炉できるまで冷却し続けねばならないからです。廃炉作業が終わるまで、和がやってこないのです。

 天皇は現在59歳です。令和の時代は天皇が元気でおられるかぎり30年は続くでしょう。それは福島第一原発の廃炉への行程とほぼ一致します。令和の時代は原子炉冷却の時代なのです。和に至るかどうかの勝負の時代といっても過言ではありません。

 令和の時代中に廃炉というゴールに到達するのでしょうか。もしゴールできなかったら、つまり想定以上に手間どったらどのような事態に陥るのでしょう。水産物汚染の疑いでは済まないのでは、と不安がよぎります。本号では原発廃炉の問題を考えてみました。