Lapiz2019夏号 読切連載「アカンタレ勘太 <1>」 作 いの しゅうじ

にゅうがく

おまわりさん帽子

 勘太が小学校に入学した。
 おじいさんがとてもよろこび、おいわいに学生帽をおくってくれた。
 勘太はこの帽子をきりっとかぶり、おかあさんにつれられて学校の門をくぐる。金次郎さんがむかえてくれた。
 
 金次郎さんは、たきぎを背にしょって歩きながら本をよむ二宮金次郎の像のこと。勘太は帽子をぬいで、金次郎さんにぴょこんとおじぎした。もういちど帽子をかぶったとき、そばにいた二年生の勝也がはしゃぎたてた。
「アカンタレ勘太、おまわりさん帽子」
 勘太はなんのことかわからず、ぼーっとしている。
すると、勘太とおなじ新入の子ら4、5人がいっしょになってふざける。
「アカンタレ勘太、おまわりさん帽子」
 みんながかぶっている帽子は波だっているけど、勘太のはてっぺんが平だ。ときおり巡回にくるおまわりさんの帽子のようなので、みんながわらったのだ。
 勘太は三つになっても歩けなかった。ほとんどの子は1歳半くらいには歩きだす。3歳にもなれば、自転車ではしりまわっている子もいるというのに、勘太はよっちらよっちらとはいはいしている。
 おかあさんは買いものにいくとき、いつも勘太をおんぶする。と、近所のおばさんたちが、
「あのこ、アカンタレやねえ」
 と、かげぐちをした。あっという間にうわさが広がり、悪ガキどもから勘太にアカンタレをつけて「アカンタレ勘太」とよばれるようになった。
 おじいさんは、
「この子は一生歩けんやろ。かくごしておけ」
 と、なんどか勘太のおかあさんにいい放ったが、おかあさんはそのつど、きりっと言いかえした。
「わたしが歩けるようにします」
 勘太がひょっこり歩きはじめたのは3歳と3カ月くらいのころだ。
 お兄さんの淳吉がつくえの上で飛行機のもけいを作っているとき、勘太がいすにつかまり立ちした。
 そのままひょろひょろと二、三歩あるいているのを、ハサミをさがしていた淳吉が気づき、大声をあげた。
「勘太、歩いてる」
 台所にいたおかあさんがとんできた。
「カンちゃん、やったね」
 勘太をだきあげるおかあさん。涙をぽろぽろながしてる。
 あくる日、となりまちにいるおじいさんがやってきて、勘太にやくそくした。
「学校に上がるとき、帽子を買うたる」
「帽子なんか……」
 とけげんそうなおかあさんに、
「ふつうのとちがう。りっぱな大人がかぶる。そんな帽子や」
 おじいさんは大阪駅のえらい駅員さんにあこがれていた。いくつもの赤や金色の線がついた帽子をかぶっているからだ。
 さすがに勘太におくった帽子に線はないけど、おじいさんの気分は「大阪駅の駅員帽」。
 勘太の町から大阪駅まで電車で1時間半もかかる。ほとんどの子は大阪駅に行ったことがない。勘太の帽子を見て、おまわりさんの帽子とおもうのもむりはない。
 勘太のおかあさんは子どもたちをにらみつけた。
「この帽子はりっぱな帽子です」
 勝也もまけてはいない。
「アカンタレ勘太には似合わん」
「この帽子をかぶったらアカンタレでなくなるの」
 ナイフの先みたいなするどい声に、勝也はひるんだ。
「負けたらあかんよ」
 おかあさんにそういわれても、勘太は肩をすぼめてぶるぶるふるえていた。

レンゲのかんむり

イッ子せんせいがしゅっせきをとりはじめた。
「名前をよばれたら、ハーイと元気よくこたえるのよ」
 勘太の席はさいぜんれつ。イッ子せんせいは勘太のつくえの前にたっている。
せんせいは背がひくいのに、勘太が首をぐっとそらさないと顔はみえない。あおぎ見ると、まるい顔からやさしい笑みがこぼれている。
(こないだもこんな顔してはった)
 勘太は1週間ほど前のできごとを思いだした。
 おかあさんの買いものについて行くとちゅうだった。タバコ屋のわきのポストにイッ子せんせいがはがきを入れようとしているのを、おかあさんが気づいた。
「あら、宮井先生、むすこの勘太。こんど入学しますねん」
 宮井先生。名まえは衣津子。先生になってまだ1年。いつもニコニコ顔だ。みんな「イッ子せんせい」とよんでいる。
「ああ、アカン……勘太くんね。勘太くんのクラスの担任になるのよ」
 
 イッ子せんせいになれなれしくしていた勘太のお母さんは、たいどをガラッとかえた。
「アカンタレですけど、よろしくお願いします」
 と、頭を九十度いじょう下げる。
「勘太、ちゃんとあいさつしなさい」
「……」
 カンタです、と言おうとしたが、声がでない。勘太ののどが、北極にほうりだされたみたいにこおりついてしまってる。
「すいません。しつけをきちんとしてなくて」
 ぺこぺこ頭をさげるおかあさんの後ろに勘太はかくれた。
「井田勘太くん」
イッ子せんせいがなまえをよんだ。教室じゅうにひびく大きな声だ。そろっと勘太は手をあげた。でも「ハイ」がのどからでてこない。のどの奥がぴしゃっと戸じまりしてる。ウンウンうなってるだけ。
いまにも泣きだしそう。
「勘太くん。いないの?」
 教室の後ろにいたおかあさんが、
「勘太、ハイといいなさい」
 と声をはりあげる。
 勘太が声をしぼりだした。
「おしっこ」
 わーっとみんなが笑った。おかあさんは顔をまっかにしてその場にしゃがみこんでしまった。
「お便所にいきたかったのね。いいわよ、いってらっしゃい」
 というイッ子せんせいも出席簿で笑いをかくしている。
 勘太は自分でもなぜ「おしっこ」と口ばしったのかわからない。声をだそうとしたら、どういうわけかおしっこがもれそうになった。
 校舎はコの字型になっていて、勘太の教室は門の左。便所は門の右がわだ。講堂で入学式をおえたばかりだから、勘太は便所のばしょをしらない。
 勘太はいつのまにか門のそとに出ていた。
 まわりはいちめん田んぼ。どの田んぼにもレンゲソウが植えられていて、レンゲの花がひらひらと風にそよいでいる。
勘太は赤紫のレンゲのせかいにふらふらっと入りこんだ。
「どうしたのかしら」
 いつまでたっても勘太がかえってこないので、イッ子せんせいは便所をのぞきにいった。
「勘太くん、どこにもいない」
 大さわぎになった。先生もお母さんたちも手わけして探しまわる。
「レンゲ畑かもしれん」
 とつげたのは勘太と幼稚園がいっしょだった哲則だ。20分ほどして、勘太はみつかった。
 勘太はレンゲソウをつんでいた。
「何するの?」
 イッ子せんせいに、勘太は鼻水をすすりあげ、ぽそっとこたえた。
「レンゲのかんむりを作るねん」
「なんのため?」
「イッ子せんせいにあげるんや」