原発を考える《欺瞞に満ちる汚染土再利用政策 》井上脩身

 福島第一原発の事故によってできた汚染土を、国は「再利用」として地元の公共事業に使う計画を進めている。地元住民は「事故でひどい目に遭わせたうえ、永遠に汚染の地にするのか」と強く反発しており、汚染土処理問題が地元を揺るがす事態となりつつある。除染によって生まれた膨大な汚染土は、事故から8年半がたった今なお、まっ黒なフレコンバッグに詰められ、あちこちの「仮置き場」で山積みされたままになっている。阿武隈の美しい自然を台無にしている現状をいつまでも放置できないのは事実だが、問題はその解決法。地元民にさらに汚染土を押し付けようとする国の姿勢は、地元を放射能汚染漬けの里にしようとするものにほかならない。

ダブルスタンダードのインチキ

 報道によると2018年12月、環境省が福島県南相馬市の常磐自動車道拡幅工事で、「再生利用実証事業」として汚染土を投入することを明らかにした。同自動車道は2車線の高速道路だが、これを4車線に拡幅するに当たって、汚染土を混ぜて盛り土し、その上に別の土で覆うというものだ。環境省はこの方法なら被ばくは防げるとしている。
 国がこうした方針を打ち出した背景には、除染によってできた汚染土を仮置き場に置く一時的な措置が限界に近づいていることがある。
汚染土は福島県全体で2200万立方メートルと東京ドーム18個分にのぼると推計されている。これらの汚染土はフレコンバッグに詰められて仮置き場で保管した後、同県内の中間貯蔵施設(大熊、双葉町)でいったん貯蔵。貯蔵開始から30年以内の2045年3月までに県外で最終処分する――というのが、国が打ち出した方針だ。しかし、県外の自治体が汚染土を受け入れる見通しは全く立っていない。一方で、たとえば南相馬市の場合、48カ所の仮置き場でフレコンバッグが山積みされているが、見栄えが悪いうえに、風水害などによってバッグが破損すれば汚染土が露出、周囲に汚染が広がる恐れが指摘されている。
このため国は福島県内の仮置き場を22年3月末までに解消する、との目標をたてたが、南相馬市では解消されたのはわずか2カ所のみ。すでに述べたように48カ所は手付かず状態。
環境省は全量の最終処分について、「必要な規模の最終処分場の確保の観点から実現は難しい」として、汚染土を公共事業で使用するための「戦略」をまとめた。汚染土からセシウム分離処理を施してセシウムの濃度を低くしたうえで、実証実験によって安全かどうかを検証する、というのがその内容だ。二本松市では市道200メートルについて実証事業を行うと発表したが、反対運動が起きて頓挫。南相馬市では汚染土の仮置き場で実証実験が行われたため、大きな反対運動は起きなかった。(6月7日夕刊『毎日新聞』)
しかし、国の常磐自動車道での計画が伝えられると、「長期にわたって安全性を確保できるのか?」と危惧を抱く住民たちの間で反対の署名運動が繰り広げられた。こうした反対運動のなかで浮き彫りになったのが国の基準がダブルスタンダードであることの問題点だ。
原子力規制法は61条の2第4項で、「安全に再利用できる基準」を1キロ当たり100ベクレル以下と規定している。総合資源エネルギー調査会原子力安全保安部会廃棄物安全小委員会の2004年の報告に基づいて法改正されたもので、「クリアランス基準」とされている。しかし2011年、原子力安全委員会が「廃棄物の処理についての当面の考え方」として、「周辺住民の受ける線量が年間1ミリシーベルトを超えないことが望ましい」としたことを受けて、環境省は16年、「1キロ当たり8000ベクレル以下であれば1ミリシーベルトを超えない」と判断。8000ベクレルで線を引き、8000ベクトル以下を「問題なく廃棄処理できる基準」とした。
この基準について「人の安全のためでなく、国や東電の経営の安全のための基準」と批判されたが、国はそうした声には一切耳を傾けることなく、汚染土対策を進めようとしてきた。こうした中での再生利用実証事業である。住民たちは「公共事業の名で、事実上の最終処分場にしようとしているのでは」と疑問の声を上げた。

80倍緩い再利用基準

「8000ベクレル以下なら安全と言い切れるのか」との住民の不安や疑念に対し、環境省廃棄物・リサイクル対策部の名で「100ベクレルと8000ベクレルの二つの基準の違いについて」と題する文書をインターネットで公開。100ベクレルは「廃棄物を安全に再利用できる基準」で、8000ベクレルは「廃棄物を安全に処理するための基準」とし、それぞれについて次のように説明している。
100ベクレルは「廃棄物を再利用した製品が、日常生活を営む場所などの一般社会でさまざまな方法(コンクリートを建築資材、金属をベンチなどに再利用)で使われても安全な放射性セシウムの基準」とする。一方8000ベクレルは「原発事故によって環境に放出された放射性セシウムに汚染された廃棄物について、一般的な処理方法(分別、焼却、埋め立て処分など)を想定し、安全に処理するための基準」とし、「焼却処理場や埋め立て処分場は排ガス処理、排水処理や覆土によって環境中に有害物質が拡散しないよう管理が行われていることから、周辺住民の方にとって問題なく安全に処理することができる」としている。
この環境省の説明に対し、国際環境NGO「FoEJpan」のメンバーから「8000ベクトルの汚染土を公共事業に再利用した場合の被ばくについて評価していない」と批判の声がでた。このメンバーは、貯蔵開始から30年後のセシウム濃度が4800~6700ベクレルに上るとの予想データを示し、「放射性物質が付着したほこりや浮遊粒子状物質が空気中に舞い上がるので、相当程度吸いこんだ場合に内部被ばくする危険がある」と指摘。加えて、放射性セシウムについてのみの基準であることに対し、「他の核種について評価していない」と論難している。
環境省が「覆土によって管理が行われていて安全」としている点についても、地元住民から問題視されている。盛り土に混入された汚染土が5000ベクレルだったとすれば、100ベクレルに下がるまで170年かかるとの試算があるためだ。一方で盛り土の耐用年数が70年と専門家から指摘されており、耐用年数が過ぎて以降の管理が万全に行われるという保証はない。盛り土としての用途が終わった後さらに100年間にわたって汚染にさらされる恐れを誰も否定できないのだ。
2016年4月、参院復興特別委員会で山本太議員(当時)が汚染廃棄物の処理について国の姿勢をただした。山本氏のホームページによると、政府参考人から「再生利用の対象とする除去土壌の濃度レベルを1キロ当たり8000ベクレル以下とする」との答弁を引き出し、「たとえ10万ベクレルを超える高濃度に汚染されたものであっても、1キロ当たり8000ベクレル以下まで汚染を下げれば再利用できるよう、リサイクルできるようかじを切ったということだ」と、山本氏は非難した。
さらに次のようにかみついた山本氏の言葉は地元住民の気持ちを代弁しているといえるだろう。
「原子炉規制法では1キロ当たり100ベクレル以下、そして今回の再利用の基準は8000ベクレル以下。再利用、リサイクルの基準は80倍も緩くなっている。原発敷地内の再生利用の基準よりも原発の敷地外に放出された放射性物質により汚染された廃棄物の再利用の基準が80倍も緩くなるなんて、不条理の極み。最終処分の全体量を減らすために再生利用の安全基準を自分たちのご都合で緩めようとしている。環境省を中心とする計画的犯行だ」
 山本氏の質問は8000ベクレルという再生利用基準の本質を見事についていた。だが、実証実験という名で公共事業に汚染土をつぎ込む方針を国は変えていない。国が言う通り、高速道路の盛り土が他の土に覆われて仮に汚染が抑えられたとしても、盛り土が崩れた場合、汚染土はむき出しになる。この国は災害列島だ。台風の襲来を防ぐことはできない。それでも安全と言い切れるのか。無責任と言われてもやむをえまい。

東電敷地での実験を

多くの住民が実証実験に反対するなかで、汚染土の再利用を勧める人もいる。前掲の6月7日付毎日新聞の記事によると、桜井勝延・南相馬市前市長は、放射性物資に汚染されたコンクリートのがれきについて、防災林の盛り土の中に埋め込むよう提案。これを受けて環境省は11年3月、「3000ベクレル以下」の基準を定めてがれきを埋め込むことを認めた。桜井氏は「防災林などの公共事業で土が不足し、山が次々に削られており、大雨で土砂崩れが起きたら大きな被害が出る。汚染土を使えば(山の土が掘られないので)山を守り住民も守れる」と話しているという。
桜井氏の提言は「毒をもって毒を制す」の類だ。確かに一時的には汚染土を減らすことに繋がるだろう。だが、結局は汚染土を自分たちの大事な古里に永遠に押し込む結果にならざるを得ない。しかも、こうした国を後押しする発言は、住民を二分することになりはしないだろうか。事故から8年半もたってなお降ってわくような厄介な問題に対し、原因企業である東電が素知らぬ顔を決めていことこそヤリ玉に挙げるべきではないだろうか。
東京の本社ビルを含む東電のあらゆる敷地で汚染土を投入した盛り土を行って実証実験する。それが真っ先であろう。都会にいる東電の社員が身を削らずに、福島の人たちに汚染のリスクを押し付けるというのはどう考えても筋が通らない。
賛成派と反対派が対立するのでなく、東電敷地での実証実験を東電と国、さらには国会議員に申し入れ、かつ無関心な多くの国民に訴えてほしい。「私たちの故郷は未来永劫に汚染漬けされようとしている。こんな不条理が許されていいのだろうか」と。                                            了