Lapiz2019冬号《巻頭言》井上脩身編集長

 新聞の2段の記事に目が留まりました。見出しは「関電幹部らを告発へ」とあります。記事は、関西電力役員らの金品受領問題で、福井と関西の住民でつくる市民グループ「関電の原発マネー不正還流を告発する会」が、「金品の受け取りは会社法の収賄や特別背任に当たる」として、八木誠前会長ら20人を大阪地検に告発すると表明した(10月25日付毎日新聞)というものです。12月上旬にも告発状の提出を予定しているといいます。告発がなされた場合、検察が起訴に踏み切るかどうかが焦点になるでしょう。

この記事にいう「関電金品受領問題」というのは、9月27日付の同紙で、共同通信の取材として特報されたものです。同日、関電は大阪市の本社で緊急記者会見を開き、岩根茂社長が「関係者に多大の心配と迷惑をかけた」と頭を下げたうえで、高浜原発がある福井県高浜町の元助役、森山栄治氏(今年3月死去)から役員ら20人が計3億2000万円相当を受け取っていたことを認めました。

関電役員らに金品を提供した森山氏は高浜町の出身。京都府内の自治体職員を経て1969年、41歳で同町役場に入り、高浜原発1号機が営業運転を始めた翌年の1975年に収入役に就任、77~87年に助役を務めました。原発反対運動が激しいなかでも誘致に熱心で、85年に営業運転を開始した同原発3、4号機では誘致のための地元調整に尽力したといいます。報道によりますと、役場を退職後も関電の複数の協力会社の役員に就いており、地元業者から「関電から仕事をもらうには、森山さんくらいのコネがないとダメだ」とうわさされるほどのやり手でした。

 森山氏による金品提供は1980年代にはじまったとみられています。その提供には2004年8月の美浜原発事故と11年の福島第一原発事故の二つの山があったそうです。

 美浜原発事故は、3号機の破れた配管から高温の蒸気が噴出、協力会社の作業員5人が死亡、6人がけがをしたというものです。営業運転中の原発での死傷事故は国内で初めてで、関電への地元の不信感が強くなりました。関電は05年7月、原子力事業本部を大阪本社から美浜町に移転、3人だった常勤社員を、副社長が兼ねる本部長を含む8人に増員。これを機に森山氏からの金品受領が盛んになりました。

2011年の福島事故を機に高浜、美浜、大飯の3原発は長期停止。関電にとって原発再稼働が最優先課題になり、「地域の実力者の森山氏の機嫌を損ねると、原発再稼働に影響すると考えて金品を受け取った」(八木前会長)と抗弁しています。

関電は、2018年1月に国税当局が地元業者を査察したことにともなって社内調査を行いました。報告書は取締役会にも報告されませんでしたが、問題が明るみに出たため公表。それによりますと(肩書は報告当時)、八木会長=商品券30万円分、金貨63枚、金杯7セット、スーツ2着(859万円相当)▽岩根社長=金貨10枚(150万円相当)▽豊松秀己元副社長(元原子力事業本部長)=現金4100万円、商品券2300万円分、7万米ドル、金貨190枚、金杯1セット、スーツ20着(1億1057万円相当)▽森中郁雄副社長(原子力事業本部長)=現金2060万円、商品券700万円分、4万米ドル、金貨4枚、スーツ16着(4060万円相当)▽鈴木聡常務執行役員(原子力事業本部長代理)=現金7831万円、商品券1950万円分、3万5000米ドル、金貨85枚、金500グラム、スーツ14着(1億2367万円相当)▽大塚茂樹常務執行役員(元副原子力事業本部長)=現金200万円、商品券210万円分、1万米ドル、スーツ4着(720万円相当)――となっています。
1億円相当以上もの金品を受領していたとは驚きを通り越して、あ然とするしかありません。それにも増して信じがたいことは森山氏が3億円以上もの金品を提供できたことです。一個人の贈り物というにはケタが外れすぎています。国税当局の査察で、森山氏が、関電の原発関連工事を行う「吉田開発」(高浜町)から、工事受注手数料として約3億円を受け取っていたことが判明しています。金品提供額との合致は単なる偶然ではないでしょう。これは一体何を物語るのでしょうか。

大島堅一龍谷大教授(原子力市民委員会座長)が記者のインタビューに対し次のように述べています。(10月4日付毎日新聞)。
電力会社から原発立地の業者に不透明な金の流れや工事発注があったという話ならば過去に聞いたことがあるが、今回は逆に、地元の建設業者から電力会社に金品が供与された。いかに電力会社と原発立地業者が癒着してきたかが浮き彫りになった。3億円を提供できるほど、業者は原発関連工事でもうけていたということ。その「原発マネー」が地元の顔役を通して原子力幹部に還流したのだろう。原発の発電コストは(福島)事故後、ますます膨らんでいる。その膨らむコストの陰で、一部業者がさらにもうけ、その金が電力会社に還流していたことがわかった。国民はもっと怒っていい。

関電が地元に投入した原発マネーが裏金として戻ってきたということなら、元の原発マネー自体が裏金ではないか、との疑いが生じます。裏金であれば犯罪の疑いが濃厚です。しかも1億円相当以上もの金品を受け取った人が2人もいるのです。これを見逃すことはできません。
会社法には企業の役員らが任務に反して会社に損害を与えた場合について、特別背任罪(10年以下の懲役か1000万円以下の罰金、またはその両方)の規程を置いています。同罪の構成要件は、自己や第三者の利益を図る目的があることです。弁護士らが作成した関電の調査報告書には、工事発注額は適切に算定されていたとして関電の損害を否定。金品の受領について、森山氏との関係悪化を懸念したもので、利益を得る目的ではなかったとしています。
同法は、役員らが職務に関し、不正の請諾を受けて財産上の利益を得たり要求したりした場合について、収賄罪(5年以下の懲役か500万円以下の罰金)の規定を設けています。不正の請諾の存在を立証しなければならず、公務員の収賄罪より罪に問うハードルが高いとされています。

すでに述べたように1億円相当を超える金品を受け取っていた役員がいるのです。これが不正でなくてなんでしょう。交通事故でけがを負わせれば自動車運転過失傷害罪が適用されるのに、原発マネーで私服を肥やしても刑事責任が一切問われないというのでは、余りにも不条理というべきではないでしょうか。
関電幹部を告発すると表明した市民グループの代理人を務める弁護士は記者会見で「市民の電気料金が関電の幹部に還流していた。懐に入れた人は罰されるべきだ」と訴えました。これこそ正常な市民感覚でしょう。
しかし、原発事業に関しては市民感覚と真逆なのが実態です。福島第一原発事故の刑事責任について東京地裁は東電元幹部に無罪を言い渡しました。津波襲来の可能性について報告があがっていたのに手を打たなかった幹部たちに刑事上何のおとがめもないのです。これもまた不条理の極みというべきでしょう。危険この上ない原発事業者には厳しく過失責任を問うべきではないか。という観点から本号の「原発を考えるシリーズ」では、過失の認定について考察してみました。