読切り連載「アカンタレ勘太<4>」いのしゅうじ

空飛ぶ円盤

勘太は二年生になった。

一学期の始業式のとき、イッ子せんせいが、
「あしたから完全給食がはじまります」
一年生の三学期に給食の日があったので、みんな給食のことはしっている。そのときはコッペパンとミルクだけ。おかずはなかった。
「おかずもつくのよ」
「おかずはうれしいけど、ミルクはいやや」
ユキちゃんは口もとをゆがめた。
イッ子せんせいは黒板に「脱脂粉乳」とかいて、
「だっしふんにゅう。今はしかたがないの」
と、しょぼんと言った。

つぎの日、四時間目がおわるといよいよ給食時間。
最初の当番は男の子と女の子それぞれ三人。六人は、ミルクやおかずがはいったバケツ、アルマイトの食器をおさめたかごを調理場から教室までさげてきた。食器にミルクやおかずをわけいれて、みんなにくばる。
はじめてだから手ぎわがわるい。十分いじょうたってようやくみんなの机に食べものがならんだ。

ひらたいお皿が二つあって、ひとつにはコッペパン、もうひとつにはおかず。おかずはクジラのあげものと千ぎりのキャベツ。おわんの中にはミルク。

せんせいもいっしょに食べる。
「いただきます」
元気に声をそろえたとき、用務員のおじさんがドアをあけた。
「せんせい、電話です」
イッ子せんせいは、はっと顔色をかえ、
「ごめんね」
と、とんで出た。

パンはほとんど味がない。クジラのあげものは冷えている。けれども勘太は気にならない。おなかをすかしていたので、すすっとたいらげる。
やっかいなのはミルク。ぬるっとしていて、表面にうっすらと白いまくができている。口にふくむと、回虫くじょのシロップみたいなぐだっとした汁が、ねっとりと舌にまとわりつく。

勘太は鼻をつまんで一気にのんだ。
食べおえてユキちゃんの食器をのぞいてみると、ミルクはちっともへってない。
「こんなん飲まれへん」
「むりしてでも飲め。ユキちゃんが食べおわらんかったら、あそびにいかれへん」

テッちゃんはユキちゃんに文句をたれながら、皿を指さきにのせてくるくるまわしている。
「空飛ぶえんばんみたいや」
といって、武史は自分の皿をもちあげた。
「何や、空飛ぶえんばんって」
ときいたのは勘太。
「どこかの星から飛んできたんや。フライパンをさかさにしたみたいな形してて、うちゅう人が乗ってるねん」
武史はおとうさんから聞いたという。武史のおとうさんはぼうえき会社につとめている。
「アメリカで十年まえに発見されたんやて」
テッちゃんは武史の話にとびついた。
「よっしゃ、空飛ぶえんばんごっこや」
と、武史にむかって皿を水平にしてなげた。ゆかにカチャンとおちる。その皿を武史は勘太のほうになげる。
「ぼくもやる」

勘太がころころ転がる皿をひろって、隆三に投げようとすると、タミちゃんがさけんだ。
「やめとき。せんせいに言いつけるで」
「せんせい」のひとことに勘太の手もとがくるった。皿は教室の入り口のほうにとんでいく。
そのとき、ドアががらっとあいた。
イッ子せんせいがはいってくる。えんばんはおでこにゴツンとぶつかった。
せんせいは涙をうかべている。
「アッ、アウ、アァー」
勘太はふんづけられた子犬みたいな声をだした。

春の小川

イッ子せんせいは涙をハンカチでぬぐった。
「みんな、よく聞いてね」
せんせいは背をむりにのばした。
「せんせいのおとうさんがけさ亡くなったの」
勘太がなげた皿があたったから泣いたのではないのだ。
でも、お正月にせんせいの実家をたずねたとき、そんな様子はなかった。
「むねの病気。二月ごろから急に悪くなったの」
せんせいの机には給食がおいたまま。涙がミルクにぽとっとおちた。
「給食たべなきゃね」
せんせいは顔にわらいをつくって、
「ユキちゃん、せんせいが食べおえるまでにミルク飲んでしまうのよ」
とやわらかく言った。
せんせいは手早く食べおえた。ユキちゃんもがんばってミルクをすっかり飲んだ。
「あすからせんせいはしばらく休みます。教頭せんせいが代わりに勉強をしてくれます」
みんな「えっ!」と顔をあげた。
朝礼のとき、教頭せんせいはいつも、「気をつけ」と命令して、「話は目できく」と訓示をたれる。そのすがたをイッ子せんせいはいやそうに見ている。だから勘太も教頭せんせいを好きになれない。
教頭せんせいが教室にはいってきた。
さいしょは国語。野口英世のものがたりをみんなで声にだして読む。きりのよいところで、せんせいは、
「野口少年はどうしたんや」
とたずねる。(当たりませんように)と下をむいている勘太を見すかしたように、「キミ」と指さした。
こたえられない勘太を、
「手にやけどしたんだ」
と、こわい目でにらみつけた。
こんなぐあいだから、勘太は毎日がびくびくだ。
五、六日たった土曜日。テッちゃんが、
「イッ子せんせい、がっこうにくる」
と声をはりあげた。
おそう式のために実家にかえったせんせいは、あしたの日曜日にもどってきて、月曜日からいつもの授業になる。「教頭せんせいからきいた」とテッちゃんがいうと、ワーとみんなわきかえった。

ユキちゃんひとり、しくしく泣いている。
「イッ子せんせい、かわいそう」
テッちゃんがユキちゃんの顔をのぞきこんだ。
「あした、せんせいのとこに行こ」
「うん」
ユキちゃんがこくりとうなずく。「ぼくも行く」と勘太。武史も隆三もタミちゃんも、みんな「行く」と言いだした。
せんせいの下宿はまんかん寺のうらの長屋。六畳の部屋に間がりしている。
外ががやがやしているので、せんせいが引き戸をあけると、おおぜいの子どもが立っている。
「どうしたの?」
「せんせいをなぐさめに来ました」
と武史。目がまんまるになったイッ子せんせい。
「ここはせまいから」
みんなを近くの小川につれていった。
「春の小川の歌をうたいましょ」
はばが二メートルほどの川の両岸に、男の子と女の子がむかい合って並んだ。せんせいは川の中のひらたい石のうえで指揮をする。

♪春の小川はさらさら行くよ 岸のすみれやれんげの花にすがたやさしく色うつくしく 咲けよ咲けよとささやきながら

「せんせいはね、みんながやさしくて心のうつくしい子なので、とってもうれしいの」
イッ子せんせいの声はさわさわしていて、春のそよ風みたいだ。
でもまぶたはうっすらと赤くはれている。
と気づいた勘太。ワーッと泣きだした。

Lapiz2020夏号に続く