Opinion コロナウイルス狂騒曲 山梨良平

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それはチェルノブイリ原発事故か ら始まった
モスクワ 時間1986年 4月 26日「 1 23 ウクライナ・ソビエト社会主義共和国 のチェルノブイリ原子力発電所 号炉で起きた。 4 大事故だった。ソ連当局は当初この事故をひた隠 しにしていた。抑え込もうとしていたのだ。 こ との発覚は意外なところからだった。事故の 日 2 後の 日、スウェーデンのフォルスマルク原子 28 力発電所で、職員の靴から高線量の放射性物質が 検出されたことが発覚のきっかけとなったのだ同 日中にスウェーデンは外務省を通してソ連に原発 事故の有無を問い合わせたが、当初は否定してい た。しかし国際原子力機関( )に事態を報 IAEA 告する意向を伝えられると念、一転してチェルノブ イリ原発で事故が発生した事実を認めた。 隠しおおせると思っていたことに驚きだ。ソ 連はそれでも国内では隠し通そうとした。時のソ 1 1985連共 産党書記長はゴルバチョフ。彼は前任者のチェルネンコがその死によってわずか 年余りで幕を閉じたあと、 年 月 日に就任している。その 年後にあの惨事が起こったわけである。先に書いたように、ソ連政府はこの事故の 3 11 1 情報を抑え込もうとした。つまりスウェーデン外務省の指摘を受けるまでの 日間抑え込んでいた。それでも隠ぺいす 2 ることが無理だということに気が付いてながらゴルバチョフは積極的に公開することに躊躇した形跡がある。しかし最 終的にはグラスノスチ(情報公開)の重要性に気が付いたのかペレストロイカ(改革)の一環でグラスノスチに踏み切 った。 結局ゴルバチョフの唱えるペレストロイカはとん挫したのだが、人々は混乱の中ででも自由や団結を手に入れた。
こうした中でソ連邦の崩壊が起こった。

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