原発を考える《初の″原発汚染″オリンピックに》~原子力緊急事態宣言の中で~井上脩身

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福島第一原発全景(『フクシマ事故とオリンピック』より)

 新型コロナウイルスの世界的な感染により、東京オリンピックは1年延期されることになった。安倍晋三首相は「新型コロナウイルスに打ち勝った証し」としてオリンピックを開くとしているが、そもそも東京五輪は福島第一原発事故による放射能汚染について、安倍首相が「アンダーコントロール」であるとし、「復興五輪」を旗印にして誘致したものだ。しかし原発事故にともなって出された「原子力緊急事態宣言」は今なお解除されていない。解除時期について政府は「確たる見通しを述べることは困難」としており、来夏までに解除できる可能性はほとんどゼロである。ならば、オリンピックは中止すべきだ、と元京大原子炉実験所助教の小出裕章氏は近著『フクシマ事故と東京オリンピック』(径書房)の中で主張している。本文は英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ロシア語、中国語、アラビア語に訳されており、世界中に発信されている。東京オリンピックを強行するならば、五輪史に「原子力汚染五輪」と刻まれることになるであろう。


「事実から目を逸らすことは犯罪」

 通常の書籍の「はじめに」に当たる「本書について」によると、2018年7月、小出氏が日本人女性に依頼されて、「フクシマ事故と東京オリンピック」と題する一文をしたためたところ、英訳されて同年10月、世界各国のオリンピック委員会などに送られた。この原稿を基に同書が作成された。150ページ足らずのなかに、原発事故に関する写真をふんだんに使用、一切の感傷を廃しているのがこの本の特徴だ。とびらのページでは、2013年の国際オリンピック委員会プレゼンテーションでの安倍首相の発言を取り上げている。
「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも及ぼすことはありません」
次のページは見開きで首相のプレゼンテーション写真。さらにページをくると、「真実から目を逸らすことは犯罪である。」と、これも見開きでドーンと書かれ、下に英語で「It is a crime to take your eyes off the truth. 」と添えられている。端的にいうと、この本は「安倍首相の発言は犯罪的」と主張しているのである。

炉心回収によって事故収束

『フクシマ事故と東京オリンピック』の本文はそう長くない。ほぼ全文を掲載する。
本文の1
広島原爆1発分の放射能でさえも猛烈に恐ろしいものだが、なんとその168倍もの放射能が大気中にばらまかれたと日本政府が言っているのである。
この事故で1、2、3号機の原子炉が溶け落ちたのだが、その炉心の中には、合計で7×10の17乗ベクレル、広島原爆に換算すれば約8000発分のセシウム137が存在していた。そのうち大気中に放出されたものが168発分であり、海に放出されたものを合わせると、現在までに環境に放出されたセシウム137は、広島原爆約1000発分程度であろう。
セシウム137はウランが核分裂して生成される核分裂生成物の一種であり、フクシマ事故で人間に最大の脅威を与える放射性物質である。つまり炉心にあった放射性物質の多くの部分がいまだに福島第一原子力発電所の壊れた原子炉建屋などに存在している。これ以上、炉心を溶かせば、セシウム137を含む放射性物質が再度環境に放出されてしまうことになる。
もちろん一番大切なのは、溶け落ちてしまった炉心を少しでも安全な状態に持っていくことだが、8年以上の歳月が経った今でも、溶け落ちた炉心がどこに、どんな状態であるかすら分かっていない。なぜなら現場に行かれないからである。
(略)
国と東京電力は代わりにロボットを行かせようとしてきたが、ロボットは被曝に弱い。なぜなら命令が書き込まれているICチップに放射線が当たれば、命令自体が書き変わってしまうからである。そのため、これまで送りこまれたロボットはほぼすべてが帰還できなかった。
2017年1月末に、東京電力は原子炉圧力容器が乗っているコンクリートの台座(ペデスタル)内部に、胃カメラのような遠隔操作カメラを挿入した。圧力容器直下にある鋼鉄製の作業足場に大きな穴が開き、圧力容器の底を抜いて溶け落ちてきた炉心が、さらに下まで落ちていることが分かった。
しかし、その調査ではもっと重要なことが判明した。人間は全身で8シーベルト被曝すれば、確実に死ぬ。圧力容器直下での放射線量は一時間当たり20シーベルトであり、それすら大変な放射線量である。しかし、そこに辿り着く前に530あるいは650シーベルトという放射線が計測された。そして、この高線量が測定された場所は、円筒形のペデスタルの内部でなく、ペデスタルの壁と格納容器の壁だったのである。
東京電力や国は、溶け落ちた炉心はペデスタルの内部に饅頭のように堆積しているというシナリオを書き、「30年から40年後には、溶け落ちた炉心を回収し容器に封入する。それを事故の収束と呼ぶ」としてきた。
しかし実際には、溶けた核燃料はペデスタルの外部に流れ出、飛び散ってしまっているのである。やむなく国と東京電力は「ロードマップ」を書き換え、格納容器の横腹に穴を開けてつかみ出すと言い始めた。しかし、そんな作業をすれば、労働者の被爆量が膨大になって、出来るはずがない。
私は当初から、旧ソ連チェエルノブイリ原子力発電所事故の時にやったように、石棺で封じるしかないと言ってきた。
そのチェエルノブイリ原発の石棺は30年たってボロボロになり、2016年11月にさらに巨大な第2石棺に覆われた。その第2石棺の寿命は100年という。その後、どのような手段が可能なのかは分からない。

100年後も緊急事態宣言下

小出裕章氏(毎日新聞記事より)

本文の2
発電所周辺の環境でも、極度の悲劇がいまだに進行中である。
事故当時、原子力緊急事態宣言が発令され、初め3キロ、次に10キロ、そして20キロと強制避難の指示が拡大されていき、人々は手荷物だけを持って家を離れた。家畜やペットは捨てられた。
そしてさらに、福島第一原子力発電所から40~50キロも離れ、事故直後は何の警告も指示も受けなかった飯舘村は、事故後1カ月以上たってから極度に汚染されているとして、避難指示が出され、全村離村となった。
多くの人にとって、家族、仲間、隣人、恋人たちとの穏やかな日が、明日も、明後日も、その次の日も何気なく続いていくことこそ、幸せであろう。
それがある日、突然に断ち切られた。
避難した人々は、初めは体育館などの避難所、次に、2人で四畳半の仮設住宅、さらに災害復興住宅や、みなし仮設住宅に移動させられた。その間に、それまで一緒に暮らしていた家族はバラバラになった。生活を丸ごと破壊され、絶望の底で自ら命を絶つ人も、未だに後を絶たない。それだけではない。極度の汚染のために強制避難させられた地域の外側にも、本来であれば「放射線管理区域」にしなければいけない汚染地帯が広大に生じた。
「放射線管理区域」とは、放射線を取り扱って給料を得る大人、放射線業務従事者だけが立ち入りを許される場である。しかも、放射線業務従事者であっても、放射線管理区域に入ったら、水を飲むことも食べ物を食べることも禁じられる。もちろん寝ることも禁じられる。放射線管理区域にはトイレすらなく、排せつもできない。ところが国は、今は緊急事態だとして、従来の法令を反故にし、その汚染地帯に数百万人の人を棄て、そこで生活するよう強いた。
棄てられた人々は、赤ん坊も含めそこで水を飲み、食べ物を食べ、寝ている。当然、被曝による危険を背負わされている。棄てられた人は皆不安であろう。
被曝を避けるために、仕事を捨て、家族全員で避難した人もいる。子どもだけは被曝から守りたいと、男親は汚染地に残って仕事をし、子どもと母親だけ避難した人もいる。でも、そうすれば生活が崩壊したり、家庭が崩壊したりする。汚染地に残れば身体が傷つき、避難すれば心が潰れる。
棄てられた人々は、事故から8年以上、毎日毎日苦悩を抱えて生きている。
それなのに国は、2017年3月になって、一度は避難させた、あるいは自主的に避難していた人たちに対し、1年間に20ミリシーベルトを超えないような汚染地であれば帰還するよう指示、それまでは曲がりなりにも支援してきた住宅補償を打ち切った。そうなれば、汚染地に戻らざるを得ない人も出てくる。
今、福島では、復興が何よりも大切だとされている。
そこで生きるしかない状態にされれば、もちろん皆、復興を願うしかない。それに人は、毎日、恐怖を抱えながらでは生きられない。汚染があることを忘れてしまいたいし、幸か不幸か放射能は目に見えない。国や自治体は、積極的に忘れてしまえと仕向けてくる。そのため、汚染や不安を口にすれば、復興の邪魔だと非難されてしまう。
1年間に20ミリシーベルトという被爆量は、かつて私がそうであった「放射線業務従事者」に対して国が初めて許した被曝の限度である。それを被曝からは何の利益を受けない人々に許すこと自体、許しがたい。ましてや、赤ん坊や子どもは被曝に敏感であり、彼らには日本の原子力の暴走、フクシマ事故になんの責任もない。そんな人たちにまで、放射線業務従事者に基準を当てはめるなど、決してしてはならないことである。
しかし、日本の国は「今は原子力緊急事態宣言下にあるから、仕方がない」と言う。
緊急事態が丸1日、丸1週間、1ケ月、場合によっては残念ながら1年ぐらい続いてしまったということであれば、まだ理解できないわけではない。しかし実際には、事故後8年以上経っても「原子力緊急事態宣言」は解除されていない。
国は、意図的にフクシマ事故を忘れさせてしまおうとし、マスコミも口をつぐんでいるから、「原子力緊急事態宣言」が今なお解除できず、本来の法令が反故にされたままであることを多くの国民は忘れ去ってしまっている。
環境を汚染している放射性物質の主犯はセシウム137であり、その半減期は30年。100年経っても、ようやく10分の1にしか減らない。
実は、この日本という国は、これから100年たっても、「原子力緊急事態宣言」下にあるのである。

フクシマ救済が最優先課題

本文の3
オリンピックは、いつの時代も国威発揚に利用されてきた。
近年は、箱モノを作っては壊す膨大な浪費社会と、それにより利益を受ける土建屋を中心とした企業群がオリンピックを食い物にしてきた。
しかし、今もっとも大切なのは、「原子力緊急事態宣言」を一刻も早く解除できるよう、国の総力を挙げて働くことである。フクシマ事故の下で苦しみ続けている人たちの救済こそ、最優先の課題である。少なくとも、罪のない子どもたちを被曝から守らなければならない。
内部に危機を抱えれば抱えるほど、権力者は危機から目を逸らせようとする。そして、フクシマを忘れさせるため、マスコミは今後ますますオリンピック熱を加速させ、オリンピックに反対する輩は非国民だと言われる時が来るだろう。
先の戦争の時もそうであった。
マスコミは大本営発表のみを流し、ほとんどすべての国民が戦争に協力した。自分を優秀な日本人だと思っている人ほど、戦争に反対する隣人を非国民と断罪して抹殺していった。しかし罪のない人を棄民したまま「オリンピックが大切だ」という国なら、私は喜んで非国民になると思う。

見通し立たない廃炉

400字詰め原稿用紙にすれば10枚足らずの文章に、小出氏は福島第一原発事故にかかわるさまざまな問題を凝縮させた。あとがきによると小出氏が執筆したのはチェルノブイリ事故33周年の日にあたる2019年4月26日。本文中にたびたび「事故から8年が経った」という言葉がでてくるのはそのためだ。その後1年数カ月が経過したが、JR常磐線が全線再開できたこと以外は、ほとんど何も変わっていない。
小出氏が問題にしているのは「原子力緊急事態宣言」がなお解除されていない現実である。小出氏は、解除できないままであることを多くの国民は忘れている、という。正直、私も「原子力緊急事態宣言」について、全くと言ってよいほど失念していた。この宣言について整理しておきたい。
「原子力緊急事態宣言」は、福島第一原発事故が2011年3月11日午後4時36分に発生して約2時間半後の同7時3分に菅直人首相(当時)から発せられた。
「原子力災害特別措置法第15条の規定に該当する事象が発生し、原子力災害の拡大の防止を図るための応急の対策を実施する必要があると認められるため、原子力緊急事態宣言を発する」とし、「注」として「現在のところ、放射性物質による施設の外部への影響は確認されていません。したがって、対象区域内の居住者、滞在者は現時点では直ちに特別な行動を起こす必要はありません。あわてて避難を始めることなく、それぞれの自宅の現在の居場所で待機し、防災行政無線、テレビ、ラジオ等で最新の情報を得るようにしてください」と、避難を抑える文言を添えた。
原子力特別措置法は1999年、茨城県東海村で起きたJCO臨界事故を機に制定された。同法第15条では、全電源喪失、冷却材喪失など原子炉自体の損傷、またはそれが予測される事態が発生した場合、内閣総理大臣は考慮の余地なくただちに「原子力緊急事態宣言」を公示する、としている。
同原発の全電源が喪失したため、この規定に基づいて宣言がだされた。「注」は、放射性物質が外に出ている現実を隠した政治的なものであることは言うまでもない。状況は当時の政府が予想したよりもはるかに深刻で、「環境に放出されたセシウム137は、広島原爆約1000発分程度」(小出氏)だった。
2016年3月、立憲民主党の衆院議員、逢坂誠二氏が、原子力緊急事態宣言の解除の見通しを問う質問主意書を提出。政府は「住民の避難や原子力事業所の施設・設備の応急の復旧などの状況を踏まえ、総合的な見地からこれ(解除)を行うかどうか判断するものであり、現時点において確たる見通しを述べることは困難」と回答した。
小出氏の同僚であった京大複合原子力科学研究所(原子炉実験所の後進)助教、今中哲二氏が2018年8月、「原子力緊急事態の解除について」と題する一文をネット上で公開した。それによると、小出氏は同法15条の規定について、「避難指示といった応急対策の必要性がなくなったら総理大臣は緊急事態宣言を解除する」と解釈。緊急事態宣言にともなって立ち上げられた原子力災害対策本部も、宣言解除によって廃止される結果、原子力災害事後対策ができなくなる、というジレンマに陥る、と小出氏は指摘する。逆に言えば、対策本部を存置させる必要がある限り、緊急事態宣言は解除できないことになる。
福島第一原発の廃炉に関して、「圧力容器直下に辿り着く前に530あるいは650シーベルトという放射線が計測された」と小出氏は指摘している。炉心回収は先の先の、さらにはるか先なのだ。廃炉への見通しが全く立たない現状では原子力災害対策本部を廃止できるはずがない。実際、今年3月10日、第51回の会議が官邸で開かれ、安倍首相は「廃炉、汚染水対策などに課題が残されている」と述べた。「原子力緊急事態宣言」の解除の見通しが立たないのは当然なのである。

新型コロナウイルスの世界的蔓

安倍首相は3月24日、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長と電話協議し、2020年7月開催を予定していた東京オリンピック・パラリンピックについて、1年延期することで合意。「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして完全な形で東京五輪を開催するためにバッハ会長と緊密に連携することで一致した」と記者団に語った。
東京オリンピックは2021年7月23日~8月8日、パラリンピックは8月24日~9月5日に決定。「フクシマの状況が統御されている」として「原発事故からの復興」を錦の御旗に誘致したオリンピックは、「コロナ禍からの復興」へと目的が変わったのだ。安倍首相は「原発事故」をオリンピック誘致材料に使い、「コロナ感染」を延期実施の材料に使ったのである。
オリンピックを「完全な形」で開催するには、ウイルス感染が完全に終息していなければならない。
政府はすでに3月13日、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」の改正法を国会で成立させている。同法は民主党政権下の2012年に制定されたもので、「新型インフルエンザ等が全国的かつ急速にまん延し、かかると重篤となるおそれがある場合」の対策が定められている。改正法は新型コロナ感染症を新型インフルエンザ等とみなすこととした。
特措法32条は、新型インフルエンザ等緊急事態が発生したと認めるとき、「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」を公示する、と規定しており、安倍首相は4月7日、緊急事態宣言を発令。この結果、都道府県知事は住民に対し「みだりに外出しないよう」要請できる(第45条)こととなった。同特別措置法は人権を束縛できる内容になっており、憲法に定める基本的人権の保障の観点から大いに問題があるが、本稿は同法の是非がテーマではないので、ここでは深く立ち入らない。
「新型コロナウイルス緊急事態宣言」は、5月中旬以降、新規感染者が減少したことなどから同月25日までに解除された。
6月7日現在の国内の感染者は17864人(死者932人)。3、4月に比べると下火にはなったとはいえ、東京都では連日10人以上の感染者が出ており、終息といえる状況ではない。
世界に目を向けるとはるかに無残である。6月7日現在で判定している感染者は米国の192万61人(死者10万9802人)をはじめ、世界全体では690万11人(39万9854)と死者が40万人に迫っている。アメリカが突出しているほか、感染者がヨーロッパ、から南米に広がり、世界中に蔓延している。
こうした海外の汚染状況から、10月から12月にかけて第2波が到来する公算が大きいとウイルス学の研究者は警告。ワクチンが開発されていなければ、第一波以上に感染者が出る恐れがあり、再度、緊急事態宣言が発せられる可能性は決して低くはない。東京オリンピックは今がけっぷちに立っているのである。

トリチウムが引き起こす染色体異常

話を本題の「原子力緊急事態宣言」に戻す。この宣言が解除されていないということは、放射能汚染のリスクがゼロではないことを示している。宣言解除できるためには、福島第一原発の廃炉作業が少なくとも当初見込み通り進んでいなければならない。
政府と東電が作成した廃炉工程表によると、2011年12月を起点に、13年11月の使用済み核燃料取り出し開始までを「第1期」、21年12月の燃料デブリの取り出し開始までを「第2期」、それ以降を「第3期」とし、廃炉措置終了までを30~40年間としてきた。しかし、現実には水素爆発によって放射性物質が飛び散ったうえ、汚染水から放射性物質を取り除く過程で生じたゴミの処理など、想定外の作業が発生、使用済み核燃料の取り出しは予定より大きく遅れている。既存の原発の廃炉計画に照らしてみると、スタートラインにすら立ててないのが実態だ。
2019年9月、同原発敷地内のマシン遠隔操作室で、放射性物質を含むちりやほこりを観測する警報器が鳴り響いた。1号機の原子炉格納容器の扉に調査用の小穴を開けるため、遠隔操作で高圧の水を噴射したところ、放射性のちりが舞って基準値を超えたと判明。経済産業省の関係者は「舞った量は東電の予想以上だった」と明かした。(2020年3月7日付毎日新聞)
この事実は、同原発の敷地内では今なお放射性物質が付着し、浮遊していることを示している。報道によると、敷地内には国が定める作業員の被爆限度(年間50ミリシーベルト)を超える所が多く、1号機の原子炉建屋内には、1時間当たり600ミリシーベルトに上る地点もある。放射性物質が混じったちりやほこりがあちこちに付着し、歩くだけで舞い上がるという。2019年12月に改訂された廃炉工程表「中長期ロードマップ」で、ちりの飛散を防ぐため、天井部分を覆う大型カバーを23年ごろに設置するとしたが、この対策だけでも使用済み核燃料の取り出し開始が最大5年遅れる見通しとなった。
こうしたちり、ほこりもさることながら、最大の難関は燃料デブリの取り出しだ。すでにふれたが、小出氏は「溶けた核燃料がペデスタルの外部に流れ出、飛び散ってしまっている」と指摘している。東電は21年中に2号機でロボットを遠隔操作して取り出しを始める計画だが、ロボットに埋め込まれているICチップの命令自体が書き変わってしまうと、思いがけない動きをする恐れがある。実際、経産省関係者は「ロボットの誤作動でちりが万一、屋外に漏れるようなことがあれば、廃炉作業は10年間止まることになりかねない」と不安を隠せない。(前掲の毎日新聞の記事)
このほか、同原発の敷地内の貯蔵タンクに保管されている汚染処理水の処分も懸案の事項だ。有識者による政府の小委員会は1月31日、「海洋放出」と「(蒸発させ)大気放出」の2案を提言することにしたものの、実際には海洋放出の長所を強調した。
汚染処理水は多核種除去設備(アルプス)でトリチウム以外の放射性物質の濃度を基準値以下になるまで下げているので、放出しても問題はないというのが小委員会の姿勢である。一方、「市民のためのがん治療の会」の顧問、西尾正道氏はネット上にトリチウムの問題点を掲載。それによると、1974年の日本放射線学会で、放射線医学総合研究所遺伝研究部長らが人間の血液から分離した白血球をトリチウム水で培養して調べたところ、リンパ球に染色体異常を起こすことが判明。「動物実験の結果ではトリチウムに被曝した動物の子孫の卵巣に腫瘍が発生する確率は5倍増加し、精巣委縮などの生殖器の異常も観察されている」という。
こうした指摘については専門家の間で意見が分かれているが、いずれにせよ漁業関係者は「魚の水揚げが回復しつつあるときに、風評被害に遭えば元の木阿弥」と海洋放出に猛反対している。
しつこいようではあるが、こうした現況をみると、「原子力緊急事態宣言」の解除の見通しは全くないというほかない。

「非国民」のすすめ

東京オリンピックは、安倍首相の原発汚染について「アンダーコントロール」と大見えを切ったことから始まった。それが真っ赤なウソであることは、『フクシマ事故と東京オリンピック』の中で小出氏が論証してきた通りである。新型コロナウイルスのまん延で、世界保健機関(WHO)がパンデミックを宣言したことなどから、オリンピックは1年延期になったが、「福島復興」を掲げて五輪誘致がなされた事実を曲げることはできない。
2021年は原発事故から10年の節目である。原発事故はなぜ起きたのか。原発は真に国民のためのエネルギーといえるのか。原点に立ち返って考えるべき年であろう。事故原発の廃炉への見通しが全くたたないなか、オリンピックを実施するというのは、事故を忘却のかなたに追いやってのお祭り騒ぎというほかなく、『フクシマ事故と東京オリンピック』が主張するように犯罪的ですらある。
来年の今時分、この国は原発事故を忘れ、あるいはコロナ禍も忘れて、オリンピックムード一色になっているのであろうか。「オリンピックをする前に、廃炉の道筋をはっきりつけよ」とでも言おうものなら、「非国民」とばかりに白い目で見られるかもしれない。小出氏は同書のなかで、本文を「オリンピックが大切だという国なら、私は喜んで非国民になると思う」という言葉で結んだ。強権政治の安倍政権下では「非国民」こそ「真っ当な国民」であろう。

井上脩身 (いのうえ おさみ)1944 年、大阪府生まれ。70 年、毎日新聞社入社、鳥取支局、奈良支局、大阪本社社会部。徳島支局長、文化事業部長を経て、財団法人毎日書道会関西支部長。2010年、同会退職。現 LAPIZ編集長

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