《渡来人たちの宴・外伝 その8》片山通夫

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渡来人たちの技術が飛鳥寺を造った。

それまで我が国にはなかった飛鳥寺のような大伽藍寺院はどんな人が造ったのか大いに疑問だった。日本書紀に、百済から僧と仏舎利、寺工(てらたくみ)、露盤博士(ろばんのはかせ)、瓦博士(かわらのはかせ)、画工(えかき)などが渡来したという記事があり、彼ら渡来人がその任に当たったとわかる。現在奈良町の元興寺に残る「飛鳥時代の瓦」は飛鳥寺に使われていた百済から来た瓦博士の作もしくは彼の指導で焼かれたものと推測したい。なんともロマンチックな話だ。

しかしそれにしても飛鳥の地に突如といっても過言ではないだろう屋根に瓦をのせた大伽藍が造られてゆくさまを想像してみると当時の人々をどれほど驚かせたか。当時庶民は竪穴式住居に暮らしていたはずである。大きな礎石を運びその上に巨大というしかない柱を立てて瓦を焼きそれで屋根を葺くという大工事に目を見張り曽我氏の力をまざまざと見せつけられ、先進技術をもって我が国を訪れた渡来人に対して脅威と尊敬の念を抱いたことはことは想像に難くない。(写真は飛鳥寺)

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