《渡来人たちの宴・終章》片山通夫

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高麗寺跡

渡来人たちの宴
 7世紀の前半、つまり推古朝の飛鳥・斑鳩あたりを中心として栄えた王族や豪族がかかわった渡来人たちが我が国にもたらした仏教という新しい宗教・文化が594年に「仏教興隆の詔」が出され、仏教が政治の基本に捉えられた。百済・高句麗・中国南北朝文化の影響を受けた

つまり外来の文化が飛鳥時代以降の我が国の文化と昇華してゆく。それには渡来人たちの能力が大いに役立った。

仏教文化以外にも、文字(千字文、論語)、 鉄文化(鎧、弓、矢、盾、刀、剣、やじり、槍などの武器)、鉄を作り出す鍛冶。養蚕と機織、り、農機具、木工技術、製陶技術、寺院建築、開墾などほとんどの技術は渡来人たちが伝えたといっても過言ではない。

著名な渡来人には東漢氏(やまとのあやうじ)や秦氏(はたうじ)、ここで取り上げた鬼室氏などがいた。
こうして渡来人たちの活躍は我が国の文化を担い、政府のシステムを創るてだすけをし、国を発展させた。

朝廷から重用された渡来人たちは、おそらく夜な夜な宴を楽しんだことだろう。
                     「渡来人たちの宴」完

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