LAPIZ2020冬号Vol.36 cover story 北 博文 

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写真・文 北博文



                                      

「海」

「海は広いな大きいな・・・」と童謡で昔から歌われた広大な青い海、私は神戸市の現在JR垂水駅北側のすぐ傍の実家で生まれ、幼児期は山陽電鉄もJR(旧国鉄)も高架になってなく海に行くときは必ず開かずの踏切を渡って行ったものです。その頃は蒸気機関車D51が長い貨物を引っ張り電気機関車EF58が茶色の客車を8両余り連結していたのを覚えています。小学生の低学年時代、海に行くには国道2号線を南に渡ると海神社の赤い大きな鳥居があって、その下付近から白浜が波打ち際まで20~30mあり木造の小型漁船が何十隻も枕木に乗せられて船底を乾燥させていて、ワカメやじゃこが大きく広げられた筵の上で天日干しされていて生臭い匂いが浜辺全体に広がっていましたね。小学生の高学年から中学生時代は余りにも海が近くにあって行こうと思えば直ぐに行けるとということもあって、関心もなく高校受験への勉強中は常にラジオの深夜放送かビートルズのLPを聞いていました。

高校1年時より「瞬間映像=写真」に興味を持つようになり、図書委員という役職特権のようなものを利用して通っていた県立星陵高校の図書館にはロバート・キャパ氏の「ちょっとピンボケ」アンリ・カルチェ・ブレッソン氏の分厚い写真集やウイリアム・クライン氏の「NEW YORK」などの写真集が数多くあり、夏休みとか冬休みの長い休みの期間中は常に自分の手元において1ページ毎にシャッターを切る瞬間とかシャッターを切る前に撮影者がどういう体制でいなければならないかを自分なりに研究したものです。

「海」というものを今までの生活の一部から切り離して意識し始めたのは、大学4年生の夏休みにアメリカ西海岸を放浪した時にMarina Del Ray近くのVenice Bearchは広大な白浜と乾燥した空気、その先には真っ青な蒼い海、太平洋の海だったんですね、今まで頭の中にあった海は瀬戸内海の青だったんですが一気に海への印象が変わりましたね。Redondo Beach Pierに撮影に出かけた時に見た太平洋に沈む夕日は気候の違いもあるでしょうが神戸で見る夕焼けの数十倍の価値がありました。
「海」への感性が変化したもう一つの要因は、水平線とか地平線を背景にしたものを撮る時は必ずファインダーの中で水平にする様にと先輩方々から教えられたものですが、東松照明氏の「雲」の作品を観たときの衝撃は今でも心の中に残っています。その作品は横位置で水平線を10度ほど傾け、画面中央に大きな夏の綿雲を一つドカッと撮られたもので、その迫力は凄いものでした。

これから寒くなる時期で新コロナウイルスがどうなるのかわかりませんが、早く自由に動ける日が来るように祈ります。

 

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