夢の物語《京の都を鬼が行く 上》片山通夫

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 なぜか筆者は妖怪変化に興味を覚える。怖がりのくせに、その存在を信じていないくせにである。古来いうところの「怖いもの見たさ」でもない。そんなもの見たくもない。怖いからである。
例えば深夜に大都会の雑踏の中で一人で歩いていたとする。周りは知らない人ばかりだ。そんな時にふと思う。「この人たちがもしも妖怪変化の類だったら…」

 

普通はそんなこと考えずに歩くのだが、ふとそう思うと背筋に冷気を感じて怖くなる。
またその雑踏を逃れてよく行くバーなどにたどり着く。間違いないのだが、そのバーで働く人は全く知らない人だったらと思うと今一歩が進めなく、ドアを開けずに引き返す。

ある友人は「それ病気」とこともなげに決めつける。
皆さん、そんな経験はお持ちやないですか?

やはり平安時代は百鬼夜行

平安時代、疫病が横行した際病魔を駆逐する為に藁人形が道端に立てられることもあった他、田畑を食い荒らす害虫を駆逐する為に藁人形を掲げて田畑を歩き、その後川に流すという習俗もあった。合戦などでは、敵を攪乱する為に藁人形に甲冑を着せて人間の武者に見立てることもあったと軍記物語などで言及されている。

それはともかく、「呪い(のろい)」や「祟り(たたり)」は実際に存在するのかが筆者には疑問だった。インターネットで少しあたってみたら、まあ、恐ろしいほどの数の「呪い」や「祟り」のサイトがある。

一般に、呪いとは、人または霊が精神的な手段で悪意を持って他の人々や社会に不幸をもたらしめる行為をいう。
神代の時代、具体的に言うと神話の時代よりもずっと後の、邪馬台国が存在した卑弥呼の時代、【その国は、もとまた男子をもって王としていた。7~80年前倭国は乱れ、あい攻伐して年を歴る。すなわち、ともに一女子をたてて王となす。名づけて卑弥呼という。鬼道につかえ、よく衆をまどわす。(其国本亦以男子為王住七八十年倭国乱相攻伐暦年乃共立一女子為王名曰卑弥呼事鬼道能惑衆)】
鬼道はウイキペディアに様々な説が載っているが、筆者は簡単に呪術、つまりシャーマニズムだとみている。
邪馬台国には文字があったのかが問題となるが、日本に文字が伝わったのは、おそらく仏教伝来以降だと推測する。仏教の教えとともに、経典なども同時に伝わったはずだからである。日本最古の寺は「飛鳥大仏」で有名な蘇我氏の氏寺である法興寺(仏法が興隆する寺の意)の後身飛鳥寺の創建は6世紀末から7世紀初頭にかけてと思うのでその頃に伝わったと考える。

こうしてみると卑弥呼の時代は文字などはなかった。呪術も口伝でその後継者・臺與(「とよ」あるいは「いよ」、生没年不詳)に伝えられた。
シャーマンが国を治めるのは古代では当たり前のことだった。ぐっと時代が下がって平安時代にも、京の都には、妖怪変化が跋扈し、百鬼夜行の時代だった。大昔の卑弥呼をはじめ、渡辺の綱や安倍晴明が活躍するゆえんである。(続く)

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