夢の物語《京の都を鬼が行く 下》片山通夫

呪いの藁人形

「呪う」とは「祝詞(のりと)」と語源的には同じで、「宣(の)る」に反復・継続の助動詞「ふ」が接続したものであり、古代の言霊信仰に由来するものと思われる。
それは「祟り」と同義語と解される。一般的にある人や世間・社会に恨みを抱いたまま亡くなった方の思いが祟りとなって具象化すると残された人が考え感じる。
しかし生きているうちに恨みを抱いた人が相手が不幸に見舞われるように思う場合、「呪いの藁人形」を思い立つ。これはよく知られているように、次のような行動をとることである。

 丑の刻参り:作法として、五寸釘を使い、丑三つ時(午前2時から3時頃)に恨む相手と同調関係を得ているもの(髪の毛など)を埋め込んだ藁人形に5寸釘を打ち込む行為。人に見られてはいけないなど制約がある。

藁人形セット

お遊びだがインターネットでは藁人形セットなるものも販売されている。セットというからには釘や金づちも入っているようだ。
一言お断りしていくが、これを用いて人を呪っても効くことはない。また、日本の法律では罰せられないと思う。だってお遊びなんだから…。
しかし、藁人形を相手に見せて脅すのは脅迫になる可能性がある。脅迫は立派な犯罪だ。

藁人形やその他の呪いは歴史の知識として知っておくだけにしたい。昔から「人を呪わば穴二つ(ひとを のろわば あな ふたつ)」と言われてきた。つまり、人を害すると、密かにやったつもりであっても、同じ仕打ちにあうことを覚悟すべきであるという事。転じて、安易に他人を害しようとすることを戒める。
平安時代、加持祈祷を生業とした陰陽師は、人を呪殺しようとするとき、呪い返しに遭うことを覚悟し、墓穴を自分の分も含め二つ用意させたことに由来する。

21世紀の今の時代、呪詛や呪いを信じる人はいないだろうが、夢にも人を恨んだり呪ったりしないことだ。

形代(かたしろ)

形代

1 祭りのとき、神霊の代わりとして置くもの。人形(ひとがた)。
2 陰陽師・神主などが祓(はら)えや祈祷(きとう)のとき、人間の身代わりとした人形。多く紙製で、これに罪・けがれ・災いなどを移して祓えをし、川や海に流す。ひな人形も、もとはこの一種。《季 夏》
3 身代わり。

形代を使ったお祓いの方法

形代に名前と年齢を書く
形代に息を吹きかける
形代で身体を拭う
形代の処分
お祓い終了
形代のお祓い まとめ
形代が自分の分身になるように、しっかりと息を吹きかけましょう。
次に、身体に溜まった不浄なものを形代に移す訳ですから、こちらもしっかりと身体を拭ってください。
他の人の形代には絶対に触れない事
形代は粗末に扱わない事

なんだか怪しげな・・・。

もう一つ、式神。

安倍晴明が式神とともに妖怪と対峙する図

陰陽道は神道(古神道)に道教の陰陽五行思想や、密教などの思想が執り入れられて習合したものであり、現在の神社神道にもその系譜としての思想や儀式が引き継がれている。神主や巫女は、神降ろしによって神を呼び出し憑依させることを「神楽」や「祈祷」というが、これは和御魂の神霊であり、式神は鬼神となっていることから、和御魂の神霊だけではなく、荒御魂の神霊、いわゆる「荒ぶる神」や「妖怪変化」の類である位の低い神を呼び出し、使役したと考えられる。また、人の善悪を監視するということは、人の心(霊魂)の和御魂と荒御魂の状態の変化でもあり、このことも式神という、2つの状態のどちらかの神霊を、使役したことと係わっていると思われる。

「京の都を鬼が行く」のはやはり平安時代の話だ。 (完)