Lapiz 2021春号《巻頭言》井上脩身編集長

ジョン・ウェインもびっくりトランプ西部劇

大統領選の投票の際、銃で武装するトランプ支持者 (ウィキペディアより)

私が所属している川柳の同好会の昨年11月の句会に投句した拙作です。11月3日に行われたアメリカ大統領選の投票に際し、バイデン支持者を威嚇しようと、熱狂的トランプファンが投票所周辺で銃を構えていました。その様子を伝えるテレビを見て、「まるで西部劇」と19世紀的現実に目を丸くしました。川柳らしくするためにジョン・ウェインを引っ張り出したところ、先生は「おもしろい」と入選作にしてくれました。

米連邦議会議事堂に乱入したトランプ支持者(ウィキペディアより)

この句のポイントは西部劇なのですが、むしろジョン・ウェインがポイントだったと後になって気づきました。ジョン・ウェインは私が中学生くらいのころの西部劇映画のヒーローです。トランプ氏はジョン・ウェインの向こうを張らんばかりに、芝居の役者を演じていたとしか思えなくなったのです。

アメリカ大統領選は民主党のバイデン氏が選挙人306人(8120万票)を獲得して勝利しました。7420万票を得たものの、獲得選挙人が232人にとどまったトランプ氏は「不正選挙」と主張して敗北を認めません。この選挙結果を正式に確認するために1月6日に開かれた連邦議会の議事場に、トランプ支持者がガラス窓を破って乱入、議長席で銃を突き上げて得意顔を見せる者までいました。

報道によると、トランプ氏は同日、支持者らに対し、首都ワシントンに集まって抵抗の意を示すよう呼びかけ、ホワイトハウスの広場で「より強硬に戦わなければならない」と演説しました。私はこのテレビ映像を見ていると、選挙という民主主義の根幹を破壊しようとする、ならず者の親玉と子分たちの映画を見ているような錯覚に陥りました。

米下院は暴動を扇動したとして、トランプ大統領の弾劾訴追を決議しました。映画でなく現実なのだから当然ですが、私にはトランプ氏が選挙破壊劇という芝居の主人公を演じているように見えたのです。議事場に乱入した人たちは、その芝居のエキストラの気分だったのではないか、そんなふうに思えるのです。

トランプ氏が芝居の役者だ、と思えば納得できることが多々あります。芝居はいうまでもなくフィクション、つまり虚構です。セリフはウソで構成されています。芝居の舞台で役者が語ったことにウソ呼ばわりする人はいないでしょう。むしろ芝居の上でのウソは大げさで面白ければ面白いほど客に受けるのです。トランプ氏はだから平気でウソをつき続けたのです。

トランプ氏がついたウソを数えたらきりがありませんが、バイデン氏の得票は不正による、というウソはその極めつきです。一方でトランプ氏は2016年選挙で得た6300万票を1100万票も上回ったことについて、「これまでの大統領のだれもできなかった」と自慢します。コロナ禍のなか、郵便投票が認められ、投票総数が大幅に増えたのですから、バイデン票だけでなくトランプ票も増えるのは当然のことです。郵便投票はトランプ氏にとってもプラスだったのです。

ところがトランプ氏は、バイデン氏の大量得票だけが不正で、トランプ氏の上乗せ票には不正がない、というのです。数票差を争う小さな町村議会議員選挙ならともかく、国政レベルの大型選挙ではあり得ないことです。事実、不正の証拠はどこからも見つかりませんでした。しかし、トランプ氏にとって、大統領選すら芝居なのでしょう。芝居なら、現実にはあり得ないこが起きてもおかしくありません。

トランプ氏は確かに役者です。その演技力はアメリカの歴代大統領の中でも特筆されるでしょう。しかしあくまで芝居の役者なのです。アメリカの歴代大統領の中の役者といえば、リンカーンやケネディらが挙げられるでしょう。私はオバマ氏もそうした一人だと考えていますが、いずれも政治役者です。当たり前です。アメリカ大統領は政治を行う世界のトップリーダーなのですから。でもトランプ氏はそうではありません。繰り返しますが芝居の役者なのです。彼は政治には関心がないのだと思います。

しかし、大統領なのだから政治役者だと、世界中が思い違いをしました。新型コロナウイルスによって、トランプ政権下のアメリカでは第二次世界大戦のアメリカの犠牲者に匹敵する40万人余りが亡くなったのは、大統領が芝居役者だったから、と気づくべきでした。彼がマスクをしないのは「オレの芝居は仮面劇じゃねえ」ということだったのでしょう。あるいは、コロナパンデミックすら彼にとっては芝居に過ぎなかったのかもしれません。

安倍晋三前首相はトランプ氏が2016年の選挙で当選するやいち早く同氏に会いに行き、国賓として招いたときには、国技館に特別席を設けての大相撲観戦など、異常ともいえる過剰な歓待をしました。安倍氏は「日米同盟の絆がいっそう強まった」と自賛したのです。

一般論としては、日本の首相がアメリカ大統領と関係を強めることは、外交上極めて重要なことです。中曾根康弘首相が1983年、レーガン大統領を日の出山荘に迎え「ロン・ヤス会談」をしたことは今も現代史の一幕として刻まれています。安倍氏も中曽根氏を真似ようとしたのでしょう。2019年、トランプ氏と千葉県でゴルフをした後、「率直に意見交換できた」とうれしそうに語っていました。

 ロン・ヤス会談とゴルフ外交との間に何ら違いがないように見えます。しかし本質的にちがうのです。中曽根氏にとって、ロン・ヤスの仲は政治の一環というより、政治そのものです。中曽根氏は政治役者としてどうあるべきかを考えたすえの日の出山荘接待だったのでしょう。しかし安倍氏とトランプ氏のゴルフは共にゴルフ好きだからプレーを楽しんだにすぎません。広い意味では政治といえても、現実的効果が生まれるわけではありません。

ではなぜ、安倍氏はトランプ氏をG7の首脳のなかでは格段にトランプ氏と接近できたのでしょう。それは共に芝居の役者だからにほかなりません。ウマが合うのも当然です。

安倍氏が芝居の役者を演じていたと思えば、桜を見る会の前夜祭の参加費について、国会でウソ答弁を百回以上も重ねたナゾが解けます。芝居の役者のセリフなのだからウソは当たり前なのです。森友事件で「私や妻が関係していたら国会議員をやめる」と大見えを切りましたが、「妻は関係していない」という見えすいたウソを公然とつけるのもなるほどです。

私たち国民は安倍氏が政治役者だと思いこんで長期政権を許してきました。芝居役者であることになぜもっと早く気付かなかったのかと忸怩たる思いがします。本号では、びえんとで安倍氏のウソを考察してみました。