シリーズ とりとめのない話《あの一言002》中川眞須良

人はある程度以上の齢を経ると、なにかにつけ昔を思い出す機会が多くなるものだ。私もそうだが、とくに自分よりも年上の人との会話の一部(言葉)が、その時無意識のうち頭の隅にインプットされたのであろう、何かの折にふと思い出す機会が多い。相手との親交の深さ、長さとは直接関係していないことも少し興味深い。あのときの 「あの一言」と題した二つ目の記憶をたどる。

桐山 清澄氏 将棋棋士九段のあの一言
1947年奈良県生まれ 73歳。現役最年長 通算勝ち数995 歴代10位 タイトル保持4期
「いぶし銀の名棋士」として ファン多数

「投了を告げた時の盤上には飛車、角の駒が一枚もなかった。私は使うすべなくの完敗、相手は使う必要なくの完勝」
1970年代後半、対局数日後のインタビューの一部であったと思う。当時は氏の絶頂期でありテレビ等で活躍の様子を見る機会が多かった。私は将棋は良くわからないが氏の雰囲気が好きなのである。特に和服姿 細めの黒縁メガネ 少し前屈みのあらゆる仕草、そして少しの寂寥の後ろに見え隠れする「いぶし銀の名棋士」のオーラ、勝負師はこうでなければ・・・と思わせるのである。

さらに今回のこの一言 自分の負けを完敗として認め相手の勝ちを完勝としてたたえる。このインタビューで将棋を知らぬ私はすっかり桐山ファンになってしまっていた。しかしその時のインタビューの言葉の断片の記憶があっても桐山氏の投了時の譜面など知る由もなくさらに、「盤上に飛車、角の駒が一枚もなかった。」とする状況もよく理解できていなかった。
この時から40年以上経過した2020年5月3日、コロナウィルス関連ニュースが紙面を賑わせていたA新聞朝刊の片隅に、毎日連載されている将棋名人戦の途中経過の記事である。この日はたまたま、途中指掛け図と終了図が掲載される日であった。対局者は佐藤康光九段と羽生善治九段、豪華メンバー同士の顔合わせ。さてどちらが勝ったのだろう? 終了図を見ても素人の私にはわからないし そのうえこの図が本当に終了図なのかと思わず独り言をが出てしまった。盤面全体の駒の数が極端に少ないのである。そして次の瞬間桐山氏の「あの一言」と同じではないかと気がついた。図に飛車、角が使われていないのである。それだけではない、私は今まで幾度となくプロ棋士同士の対局終了図を見る機会があったが、このような図を見た記憶は全くない。非常に珍しいケースと思うのであるが、私が勝手に抱く、取るに足らぬ結果なのだろうか。
それらはともかく、この対局の概要は次のようであった。

第78期将棋名人戦 A級順位戦9回戦  於 静岡市「浮月楼」

1、最終9回戦(10人総当り)
1、先手 佐藤9段(両者ここまで4勝4敗)
1、持ち時間 各6時間 投了時消費時間各5時間59分
1、対局開始時間 午前9時 終了時間 翌日午前1時13分
1、対局時間 16時間13分 手数 187手
1、終了時の盤上の内容
   総駒数19 飛車、角、銀の駒なし
   先手(勝者)の陣内(五筋~九筋)に後手(敗者)の駒 なし

1、勝者 佐藤康光あ
1、投了図(上)

 本当に珍しいケースなのか将棋ファンに一度聞いてみたい。そしてこの機に、桐山清澄9段のさらなる活躍を期待したい。
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