原発を考える。《全電源喪失した海外の原発 ~過去の事故例から見る重大責任~》井上脩身

福島第1原子力発電所の事故から間もなく10年になる。この間、国も東京電力も刑事上何ら責任を問われることがなかった。裁判で国、東電の責任がないとされたのは、「巨大津波による全電源喪失は想定外」という主張が認められたからだ。私はLapizの「原発を考える」シリーズのなかで、東電内部でも15・7メートルの津浪予測をしていた事実があることから、少なくとも東電幹部には巨大津波を予見できたはずで、明白に刑事上の過失責任がある、と述べてきた。最近、こうした将来の津浪予測だけでなく、過去にも海外の原発では洪水などによって全電源が喪失する事故が起きていたことを知った。国や東電がこの事実を知らなかったはずがない。「想定外」は明白にウソなのである。事故10年の節目を機に、改めて国と東電の責任を問い直さねばならない。

東電擁護の無罪判決

東電の刑事責任については、東京地裁が2019年9月19日、「予見可能性があったとは認められない」として、強制起訴された勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長の3被告に無罪を言い渡した。この判決に、検察官役の弁護団が「東電を擁護するもの」と反発したのはいうまでもない。
この裁判の焦点となったのは、2002年の政府の地震対策本部が公表した長期評価と、これを受けて東電内部で計算した津波高について、東電幹部がどう捉えたかであった。
地震対策本部の長期評価は、三陸沖北部から房総沖の海溝寄りについて「M8・2前後の地震が今後30年以内に20%の確率で起きる」というものだ。東電の津浪想定担当者と東電設計が、この地震による津波高を計算し、2008年3月18日、「最大15・7メートル」と予測。東電設計は、防波堤の設置などの対策を盛りこんだ報告書を東電幹部に提出した。ところが、東電幹部は「津浪高の想定は試計算に過ぎない。地震、津波がどこで発生するかの根拠を示しておらず、信頼性についても疑問がある」として、特段の対策をとらなかった。
東電内部での以上の経過を経て、東日本大震災がもたらした巨大津波による過酷事故に至った。津波高予測の報告は事故の3年前である。仮に防潮堤建設が間に合わなかったとしても、非常用電源だけでも高い位置に移設しておけば、最悪の事態は免れたにちがいない。とはいえ、津波高予測報告時点では、実際の津浪襲来は未来形である。原発を保有する電力会社としての責任感が微塵もない幹部であれば、恥も臆面もなく「将来の津浪のことは分からん」と言い放つだろう。実際、東京地裁は「直ちに工事に着手し、完了まで運転を停止しなければ事故が起こり得ると認識しなくても不合理とはいえない」と判断した。「将来のことが分からないのは仕方がない」と言っているようなものだ。

洪水に遭った仏・ルブレイエ原発

将来のことは確かに分からない。だから過去の事例が羅針盤となる。政治であれ経済であれ、あるいは社会活動であれ、未来への指針を見いだすために過去に学ぶ。
福島第1原発事故は①全電源浸水②全電源喪失③冷却不能④メルトダウン――というプロセスをたどっている。福島事故の特徴は浸水による全電源喪失であろう。
過去のケースを調べてみると、フランス南西部のルブレイエ原発が1999年に洪水事故に遭っていた。
ルブレイエ原発はボルドーの北約50キロのジロンド川の東岸にあり、加圧水型軽水炉4基からなる。ウィキペディアによると、1981年に1号機が稼働、現在4基合わせて、フランスの消費電力の6%に当たる年間27億キロワットの電力を発電している。
1998年、プラント安全性年次報告の中で、堤防の高さを50センチ上げるよう求められたが、フランス電力公社は護岸工事の増設を延期。1999年11月19日、同公社は保安作業計画のなかに堤防増設を組み込んだ。その1カ月後の12月27日から28日にかけて、「マルタン嵐」と呼ばれる暴風雨が発生。満潮と重なったために起きた高波がジロンド川をさかのぼり、堤防を防護していた岸壁を襲った。水は原発敷地に入り込み、建屋は水深30センチまで浸水した。
当時、1、2、4号機が100%の出力で運転中。3号機は停止し崩壊熱除去システムによって冷却中だった。この浸水によって外部電源が喪失し、1号機と2号機で全交流電源が失われた。幸い直流電源が確保されていたことなどから、過酷事故には至らなかった。
INES(国際原子力事象評価尺度)はレベル2(異常事象)とされた。かなりの放射性物質による汚染が見られる場合に相当するもので、国内では1991年の関西電力美浜原発2号機の蒸気発生伝熱管損傷事故がこれに当たる。この評価に対し、地元紙が重大事故に近かったと報道、同原発の廃止を求める運動が起きた。
事故後、フランス電力公社は堤防の高さを2001年3月3日までに8メートルに引きあげるよう提案。フランス原子力安全局は「最前線の堤防の高さの計算方法に不明な点がある」として、安全裕度をさらに加え、8・5メートルとするよう要請した。
ルブレイエ原発の事故からわかるのは、わずか30センチの浸水でも外部電源が喪失するという事実だ。原発の電気系統は水に弱い。想定(設計基準)を超えた自然現象が起きると、安全設備の機能喪失に直結するのである。

マドラス原発は津波に遭遇

津波による事故例も報告されている。インド南東部のマドラス原発の事故である。
マドラス原発はインド初の完全国内建設の原子力発電所で、22万キロワットの加圧水型重水炉2基からなる。原子力発電、核燃料再処理、廃棄物処理に加え、高速増殖炉向けプラトニウム燃料の製造も目指す包括的原子力施設である。
2004年12月26日、M9超のスマトラ沖地震が起き、インド洋沿岸からアフリカ東岸に至る大規模な津波が発生、22万人を超える犠牲者が出た。この津波によってマドラス原発のポンプ室が浸水した。敷地は海面から高さ6メールのところにあり、主要施設はさらに20メートル高い所に位置していたが、冷却水用の取水トンネルから海水が押し寄せたのだ。この浸水によって非常用海水ポンプが運転不能になった。当時、1基が稼働中で、海面の異常に気付いた担当者が手動で原子炉を緊急停止した。
一方、電源喪失事故例としては、やはりインドのナローラ原発で1933年、火災が発生。出力22万キロワットの加圧水型重水炉2基のうち、1号機のタービン建屋の電力ケーブルが燃焼、17時間にわたって電源喪失状態になった。
上記二つの事故例を合わせたような事故が実は福島原発1号機で1991年10月30日に起きている。12月20日に資源エネルギー庁が公表した調査結果によると、午後5時55分ころ、タービン建屋地階の床面から海水の漏洩が発見された。床下からの水が電線管を通じて地下1階に浸水して溢水事故に至ったとみられ、担当者が原子炉を手動で停止した。外部への放射能の影響はなく、暫定評価尺度の評価レベルは0とされた。
同庁は12月25日に開かれた原子力発電事故・故障等評価委員会への報告書のなかで、「原子炉停止後、2台ある非常用ディーゼル発電機のうち1台が被水した」とだけ記載した。だが、事故は実は重大な問題が隠されていたことが2004年に、原子力施設情報公開ライヴラリーに登録されたデータ―で判明した。それによると、1、2号共通ディーゼル発電機および機関の一部に浸水が確認され、この事故による発電停止期間が1635時間20分(68日間)にも及んでいたのである。
一方、東電が通産大臣に提出した最終報告書には、発電機、ディーゼル機関、制御盤、低圧電源盤、高圧盤などの一部が水没している様子を示す資料が添付された。同報告書に「ステータ取付面上約430ミリ浸水の形跡」「盤下部より600ミリ以下の部品に浸水の形跡」との記載があることなどから、非常用ディーゼル発電機室内にたまった海水は床上50センチ前後と推測された。
このディーゼル発電機の発電部分(ステータとロータ)は床下に食い込ませる形で設置されており、少しの水でも床上にたまればたちまち被水する構造だった。この事故によって、非常用ディーゼル発電機は水をかぶればショートすることが実証された。

東電担当者が計算した「最大15・7メートル」という予測値は、おそらく当の本人も衝撃的であったであろう。過去の電源喪失事例に比べても、はるかに大きな事故に至る公算が大きいからである。それだけに対策は急務と恐れおののいたに相違ない。
だが、国も東電もその具体的危険性を共有しようとしなかった。繰り返すが、過去の事例をみれば、津波高予測値は決して軽視することが許されない重大な意味をもっていた。リスクマネージメントの観点から、最悪の事態に備えねばならなかったのである。だが、提示されたデータの重大性のゆえに、彼らは現実から逃げたのではないだろうか。「将来は分からない」のではなく「分からないようにしよう」としたのである。私にはそうとしか思えない。
すでに述べたように、福島第1原発自身、非常用電源被水事故という過去のキズをもっていた。にもかかわらず国や原子力ムラの面々は、「原発は安全」と言い放って国民を欺きつづけた。これが犯罪でなくてなんであろうか。