びえんと《「アンダーコントロール」を中心に安倍前首相発言のウソを考える》Lapiz編集長 井上脩身

桜を見る会

安倍晋三前首相の後援会が主催した「桜を見る会」前夜祭の参加費用問題に関し、2020年12月25日に行われた衆院議院運営委員会での安倍氏の答弁に私はあきれかえった。平たくいえば秘書のウソを真にうけたというのだ。見えすいたウソをつく方もつく方だが、それを信じたというなら、前首相は社会人としての最低限の判断力もないことになる。それでは7年8カ月にも及ぶ憲政史上最長の政権を維持できるはずがない。安倍氏を大ウソつきとみるしかないだろう。しかし、朝日新聞記者、三浦英之氏の『白い土地――ルポ「帰還困難区域とその周辺」(集英社)を読んで、いささか考えを改めた。安倍という人は、身内や側近官僚の忖度発言にひそむウソを見抜く能力が本質的に欠けているように思えるのだ。単なる世間知らずのボンボンにすぎないのではないか。そのボンボンにウソの情報を流して長期間背後から操った影の人物はいたのでは、という疑念を私はいだいている。

台本なき首相答弁

『白い土地』は福島第1原発事故によって生じた帰還困難区域の人々の葛藤をえがいた三浦氏渾身のルポである。三浦氏は2017年秋、アフリカでの勤務から福島総局に異動、さらに2019年5月、福島県の南相馬支局に移った。同市の南に隣接する浪江町は帰還困難区域を抱え、大半の住民は避難地から戻れないでいる。こうした地区が地元で「白い土地」と呼ばれていることから、三浦氏は本のタイトルにした。浪江町の実態を知るため、半年間にわたって三浦氏は新聞配達をした。その苦闘のルポルタージュは圧巻である。
新聞記者のほとんどは販売店の実情を知らない。新聞配達や集金、新聞購読のお願いなどによって、読者の意識や要望を肌で知るのは販売店の従業員だ。日々の新聞業務のなかの最も底辺にいて、しかも新聞経営の土台をなす新聞配達員を、たとえ地域住民の思いを知る取材手段としても、猛吹雪のなかでも続けた三浦氏である。これぞ信頼に足るジャーナリストと私は高く評価する。

安倍首相のオリンピック誘致演説

横道にそれた。同書によると、東北電力が浪江町と南相馬市小高区に計画した浪江・小高原発が、福島原発事故もあって計画が撤回され、その用地(98%は買収済み)に、経済産業省が水素製造施設「福島水素エネルギー研究フィールド」を建設。東京オリンピックの聖火リレーのルートにも選ばれた。施設で製造された水素の一部が聖火台や聖火ランナーのトーチに使われるからというのが、その理由だ。
聖火リレー実施予定直前の2020年3月7日、同施設の開所式が行われ、安倍首相が出席した。三浦氏が経産省の広報担当者に「式典後に予定されている総理大臣のぶらさがり(会見)に参加したい」旨、申し入れたところ、「参加できるのは東京からの随行記者だけ。場所も時間も教えられない」とけんもほろろに断られた。
安倍首相は水素燃料で走行する燃料電池自動車を自ら運転して会場に登場。安倍首相がスピーチを終えると、首相に随行してきた官邸記者クラブの総理番記者一行は200メートル先の通路に移動。それに先立って、三浦氏は代表取材が許されているテレビ局の撮影助手を装ってテレビカメラの三脚の下にしゃがみ込み、安倍首相がやってくるのを待った。総理番記者は全員スーツを着込んでいるが、三浦氏はいつものアウトドアウェア姿だった。
安倍首相は警護官に囲まれて総理番記者の前に立ち、「福島の復興なくして日本の再生なし」と予定されていたコメントを述べた。ぶらさがりは一問の質問だけで終わり、首相が立ち去ろうとしたとき、三浦氏はテレビカメラの三脚の下から手をあげて、「地元・福島の記者です。質問させていただけないでしょうか」と声をかけた。安倍首相は不思議そうに三浦氏を振り向き、カメラの前に戻った。
三浦氏は次のように質問をした。
「安倍総理はオリンピックを誘致する際、第1原発は『アンダーコントロール』と言いました。今でも『アンダーコントロール』だとお考えでしょうか」
安倍首相は2013年9月、ブエノスアイレスで開かれたIOC総会で、「福島については私から保証いたします。現状はアンダーコントロールです。東京にはいかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも及ぼすことはありません」と表明。このアンダーコントロール発言が国内外で、論議の的になった。
三浦氏の突然の質問に、安倍首相はまず「まさにそう発信させていただきました」と述べた。台本にないたどたどしい口調で、「いろいろな報道がございました。間違った報道もあった。その中で正確な発信をいたしました。その上においてオリンピックが決まったものと思います」と語った。
三浦氏は安倍発言を以下のように解釈した。
福島第1原発の現状を伝える一部の報道は「間違い」であり、自らが発信した「アンダーコントロール」という表現が正しく、それによってオリンピックが誘致できた、と。三浦氏は「彼は本当にそう信じているらしい」とみた。

見通し立たない廃炉

廃炉中の福島原発j

安倍前首相のアンダーコントロール発言について、私はLapiz2020年秋冬号で取り上げた。元京大原子炉実験所助教、小出裕章氏が『フクシマ事故と東京オリンピック』(径書房)の中で、原子力緊急事態宣言が今なお解除されていない状況をかんがみ、「東京オリンピックは中止すべきだ」と主張していることを紹介した。
小出氏は福島第1原発の1、2、3号機の溶け落ちた原子炉の炉心の中に広島原爆8000発分のセシウム137が存在し、1000発分が環境に放出したという。したがって、炉心にあった放射性物質の多くが原子炉建屋内に残っており、これ以上炉心が溶ける事態になれば、セシウム137を含む放射性物質が再び環境に放出される事態になる、と主張する。
東電は「30年から40年後には、溶け落ちた炉心を回収し、容器に注入する。この状態を収束と呼ぶ」としている。しかし燃料デブリを取り出せる見通しは全くたっておらず、東電がえがいたシナリオは、絵にかいた餅でしかない。したがって収束のめどがつくはずがない現状では、事故直後に発令された原子力緊急事態宣言を解除できない状態はなお続く。ということは、原発事故による放射能汚染問題はコントロールされてないことを意味する、と小出氏はいう。
三浦氏も『白い土地』のなかで、アンダーコントロール発言について「明確な嘘であることを福島沿岸部に暮らす人々は完全に見抜いていた」と指摘。「原発事故からどれだけ年月が過ぎ去っても、人々の心配事は常に廃炉作業が続けられている福島第一原発の安全性であり続けてきたから」という。「壊れた原発が次なる地震や津波に耐えられるのか。未知の領域であるメルトダウンした燃料デブリの回収で新たな事故が生じないのか、何かあっても、また想定外だったと言い訳するのではないか」という住民たちの心配事は、事故から10年がたつというのに増すばかりなのだ。
三浦氏は「福島県知事も東京電力福島復興本社の代表でさえも、アンダーコントロールという発言を断じて肯定していない」という。にもかかわらず、安倍氏がアンダーコントロールであると信じているのはどういうわけであろうか。①側近の官僚に刷り込まれた②オリンピック誘致のためにはアンダーコントロールと言い切るしかない③アンダーコントロールであってほしい、との希望を述べた――のいずれかであろう。安倍氏の思いを忖度した側近官僚が都合のよいデータをそろえて、「福島は大丈夫です」と進言、よって安倍氏が信用するに至った。と私は推察しているが、残念ながら断言できる証拠はない。

前夜祭5000円は安すぎる

桜を見る会前夜祭

ウソといえば、安倍前首相の桜を見る会前夜祭に関する国会での虚偽答弁は、憲政史に汚点の一つとして深く刻まれるであろう。なにせ野党が「事実と異なる」としている国会答弁が118回にも及んだである。その検証をすべてやろうとすれば気の遠くなる作業を要し、私には手に余る。ここでは、前夜祭の参加費が5000円であった点に絞って考察したい。
『汚れた桜「桜を見る会」疑惑に迫った49日』(毎日新聞取材班)によると、2019年の前夜祭はホテルニューオタニで、立食パーティー形式で行われた。会費は5000円。一つの円テーブルに25~30人、料理は銀色のプレートに並んだオードブルや炒め物、パスタなど。宴会が始まる前にシャンソン歌手のケイ潤子さんが歌を5~6曲うたった。同書によると、ニューオータニのホームページには、立食パーティーのプランは1人1万1000円からと紹介されており、「この差額を安倍事務所が補填したのではないか、との疑惑が浮かぶ」と書いている。
私は8年にわたって毎年、ある団体の祝賀会を取り仕切る任務についたことがある。会場は京都の一流ホテル、会費は1万円で約500人が参加。うち100人は関係者や招待者だ。招待状の送付や一部賓客の接待など、かかる経費がけっこうあり、料理は400人分におさえた。料理のレベルを下げることには、ホテル側が「当方の信用を落とす」と認めなかったため、料理の総量を減らすしかなかったのだ。それでも会費を切り詰めることはできなかった。こうし経験から、私も5000円でできるはずがない、と思った。
一方、政治家本人や秘書らから、後援会主催の旅行の話も何度か聞いた。参加費を抑え、差額を後援会で負担するのは、普通に行われているようである。こうした実態を踏まえると、桜を見る会前夜祭のパーティーについて、ホテル側に支払うべき差額は後援会が負担したと考えるしかない。
パーティーの経費見積もりについては、多くの人が同窓会などで経験していることだ。二流のホテルで開く場合でも、7000円を下ることはないだろう。私の高校や大学の同窓会もほとんどが会費1万円である。実際、ほとんどの国民は前夜祭参加費5000円は安すぎると感じていた。
はたして、東京地検特捜部の捜査によって、2016~19年に開かれた前夜祭で、参加者の会費収入は計1157万円、支出は1865万円で、会費で賄えなかった開催費用は安倍氏側が補填していたことが判明。補填額は年約126万~約251万円で、4年間で約708万円にのぼった。特捜部は2020年12月24日、会計の実質的責任者を政治資金規正法違反(不記載)で略式起訴し、安倍氏については不起訴処分(証拠不十分)とした。
安倍氏は翌25日に行われた衆院議員運営委員会で、会費5000円問題について、次のように答弁した。
桜を見る会の会合は、会費5000円を徴収されていると、秘書の誰かから聞いて知っていた。それで(前夜祭の収支が)完結していると考えた。問題が(2019年秋の)国会で取り上げられ、事務所に改めて「(1人当たり5000円で)全て賄ってるんだね」と確認したら、「その通りだ」ということだった。(この結果)当時私が知り得た認識で答弁した。
この答弁は民放の報道番組の格好の材料となり、コメンテーターたちは、「秘書は安倍さんを忖度して本当のことを言わなかったのだろう」「これでは確認したことにならない」「安倍さんはまだ本当のことを話していないのでは」などと、憶測をまじえて論評した。
私は、アンダーコントロール発言と同様、「5000円で賄ったのであってほしい」との安倍氏の心のうちを秘書が慮り、期待どおりに答えたのだと推測する。そして、安倍氏はその答えを、まるで小学校低学年の子どものように、何の疑問ももたず信用したのであろう。ふつう、小学校高学年から中学生くらいになれば、少しは社会常識が身に着くものだが、サラブレッドとして育てられた安倍氏は、このような単純なウソも見抜けなかったのである。

妻のウソを真に受ける

籠池夫妻と安倍昭恵夫人(中央)

同様のことは森友学園問題でも起きている。
森友学園の小学校建設用地について、国有地が8億円も値引かれたことが国会で問題になった。この小学校に安倍氏の妻の昭恵氏が名誉校長になっていたことなどから、昭恵氏の関与によって値引かれたとの疑惑が浮上していた。
2017年2月17日の衆院予算委員会で安倍首相は「私や妻がこの(森友学園の小学校)認可あるいは国有地払い下げに、もちろん事務所を含めて、一切かかわりないということを明確にさせていただきたいと思います」などと述べ、さらに「私や妻が関係していたということになれば、間違いなく総理大臣も国会議員もやめるということをはっきりと申し上げておきたい」とまで言い切った。
この発言によって佐川宣寿理財局長の指示で、昭恵氏の名前を消すなどの決裁文書の改ざんが行われ、近畿財務局上席国有財産管理官が自殺に追い込まれた。その意味で「私も妻も関係していない」発言は犯罪的である。
この明白な虚偽発言の際も、「妻に確かめた」という趣旨のことを述べている。ここでも、ウソの答えを信じたことがうかがえる。昭恵氏が「私は関係してました」と正直に答えるはずはない。安倍氏に都合のよい返事を、何ら考察することなく丸のみしたとしか思えない。
こうしたデータを重ね合わせると、安倍氏は大ウソをつくほどの頭の回転力はないようである。要するに洞察力や判断力が極めて乏しいのだ。だれの目にもわかり切ったウソを、ウソであると思っていないのだから始末が悪い。自分では虚偽と知らないのだから、自分では修正できないのだ。

話を戻す。アンダーコントロールについてである。明白にウソであることは既に述べた。安倍氏はそれがウソとは思っていないことも触れた。コントロールされていると信じ切っている人物が国のリーダーであるかぎり、原発政策が誤った方向に進む恐れが極めて大きくなる。現に、安倍政権は福島事故を何ら反省することなく原発を推進してきた。
安倍長期政権。それはウソの上にウソを重ねて塗り込んだ厚い壁に囲まれた中での、見てくれだけの虚勢政権であった。