びえんと《コロナ禍の医療崩壊》Lapiz編集長 井上脩身

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~命の危機にさらされる国民~

本田宏著『日本の医療崩壊をくい止める』(泉町書房)の表紙

憲法記念日の5月3日、新聞に意見広告が掲載された。市民の意見30の会・東京による全面広告で「武力で暮らしは守れない!」の大見出しがつけられている。意見は4項目あり、そのうちの「生存権を脅かすな」のなかの「感染症病床が1998年9060床から2020年1869床へと激減」との記述に目が留まった。この意見広告が出たとき、我が国は新型コロナウイルス第4波の渦中にあり、東京都、大阪府、京都府、兵庫県で緊急事態宣言が発令中であった。なかでも大阪府では重症患者が重症病棟のある病院に収容されないという医療崩壊が始まっていた。兵庫県でも入院待ちの感染者が自宅で死亡するなど深刻な事態に陥り、東京都でも医療逼迫が差し迫っていた。欧米に比べ感染者が桁違いに少ない日本での医療後発国現象である。その原因が、意見広告がいうように感染所病床の減少であるならば、病床削減政策をとった政治責任は重大である。

的中した米国長官の予言

懸命に治療に当たる大阪府内の医療スタッフ(ウィキペディアより)

そもそも医療現場はどのような実態なのであろうか。私は医師不足を訴え続けている外科医師、本田宏氏の近著『日本の医療崩壊をくい止める』(泉町書房)をひもといた。表紙の折り返しに「なぜPCR検査数がふえないのか?」「なぜ保健所は減ってしまったのか?」「なぜすぐに病床数を増やせないのか?」とあり、医療危機の原因が解説されているのでは、と思ったからである。
一つのエピソードに注目した。
1992年、アメリカ保健福祉省のサリバン長官が来日し、国立がんセンターを視察した際、ボロボロに疲れ切った医師たちを目の当たりにして衝撃を受けた。「医師の犠牲と我慢の上に成り立っている制度は長く維持できない。やがて崩壊する危険をはらんでいるだろう」とサリバン長官は予想した。
このエピソードはアキよしかわ著『日本人が知らない日本医療の真実』(幻冬舎メディアコンサルティング)のなかにあり、当時、埼玉県の病院で勤務していた本田氏の目に留まったのだ。同県は人口10万人当たりの医師数が全国で最も少ない医療過疎地。本田氏は土、日曜日も休みなく働き、ボロボロになっていた。
サリバン長官が「日本の医師は疲れきっている」とみた通り、1992年に29歳の外科医が過労自殺(05年に労災認定)したのをはじめ、96年には産婦人科医(35)が急性心筋梗塞で(労災認定)、神経内科医(40代)が大動脈解離で(公務上認定)、麻酔医(30代)が急性心不全で(損害賠償裁判で勝訴)、それぞれ死亡。以降、98年から2007年までの間、18人が亡くなっている。なかでも98年に内科医(40代)が過労自殺をしたのをはじめ7人が過労で自ら命を絶っており、医師が心身ともに蝕まれていることが明らかになった。これらの医師は20代から40代だ。働き盛りの医師たちが医師不足のしわよせに遭っているのだ。
医師の長時間労働の要因のひとつに救急患者の対応がある。我が国の救急搬送数は1963年の21万5804人に対し、2015年は548万1255人と25倍に増加。一方、人口10万人当たりの医師数は1955年の105・9人に対し2016年は251・7人と60年間で2・4倍増加したにとどまっている。交通事故の増加やタクシー代わりの救急車要請などさまざまな要因があるが、社会情勢の変化のなかで医師の業務量が急激に増えたことは確かだ。

OECD最小医師数の日本

我が国の人口1000人当たりの医師数は2・5人。ドイツ(4・3人)、イタリア(4・0人)、フランス(3・4人)、イギリス(3・0人)などヨーロッパの主要国より格段に少ない。2・7人のカナダ、2・6人のアメリカよりも劣っておりG7では最低。OECD加盟35カ国中28位(OECD平均3.5人)と「経済大国」の名が泣く「小医師数国」だ。ICUの専門医に至っては、ドイツの8000人に対し、日本はわずか2000人である。
しかし、政府はさらに医師を減らす方針である。2020年11月18日に開かれた国の医師需要分科会では、将来の人口減少を見すえて、「医師の時間外労働を960時間以下の場合2027年に36万人で需給が合致、以降医師が余る」として、大学医学部について「2023年以降、地域枠を拡大しつつ全体として定員を削減する」とした。昨年11月18日といえばコロナの陽性者が東京都で534人、大阪府で338人が確認され、第3波の襲来の兆しが現れていた時期である。将来の医師数を検討するならば、感染症にも対応できるようにするためには、医師をどの程度増やせばよいのかを話し合うべきだろう。
以上みたように医師はOECDのなかで格段に少ないにもかかわらず、病床数は人口1000人当たり、日本は13・0床と最多である。韓国の12・4床、ドイツの8・0床とつづき、アメリカは2・9床、イギリス2・5床と日本の3分の1にも満たない。
病院数も日本は8442と最も多く、アメリカ(5564)、ドイツ(3100)、フランス(3065)、イギリス(1922)など欧米主要国と比べても段違いに多い。
医師が少ないのに病院数、病床数が多いのはクリニックをはじめ中小の民間病院が圧倒的に多いことを示している。こうした中小病院では感染症のような重症化リスクの高い患者に対応するのは難しい。実際、感染症対応可能病院は4%しかなく、病床数は約2万8000床にすぎない。急性期病棟がある4021病院中、コロナ受け入れ実績があるのは公立52%、公的病院69%に対し、民間は14%にとどまる。
こうしたデータを総合すると、重い病気は診てもらえない町や村の診療所や医院は、世界的にも珍しいほどたくさんあることを示している。過疎化が進み、無医村が増えるなか、かかりつけの医師があることはありがたい。だが、コロナには事実上お手あげなのである。私のかかかりつけの医師は「受け入れるだけの完全な感染対策をとれないし、コロナ患者を診る人手もない。院内感染が起らないかひやひやしているのが実情だ」という。

大阪の病床数は東京の半分

医療危機を訴える大阪府の吉村洋文知事(ウィキペディアより)

3月半ばころからイギリス型変異株の新型コロナウイルスが市中感染をはじめた。これまでのウイルスより感染力が4割から7割強いとされ、現在の医療態勢のなかで対応できるかが問題として浮上した。
厚労省が今年4月28日現在で行った都道府県別病床状況調査によると、コロナ対応病床に対する使用数割合は、大阪府が81%(病床数2297、使用数1860=以下同じ)と断然高く、満床に近い状態。次いで和歌山県79%(400、315)、兵庫県78%(935、732)奈良県74%(389、288)、沖縄県73%(536、392)、滋賀県66%(351、230)の順でベッドが埋まっている。全国平均は41%(32072、13089)。東京都は全国平均を下回る35%(5594、1979)。
関西各府県の病床不足の実態が数字ではっきり表れているが、問題なのは東京都と比べた場合、大阪府の異常とも言える状況だ。大阪府の入院患者(病床使用数)は東京都より約100人少ないだけだが、病床数は4割しかない。逆にいえばベッドが半分もないのに、入院患者は東京都なみにいるのだ。病床が逼迫するのは当然であろう。
重症者対応病床数に対する重症者数の割合では、兵庫県が最も高く79%(118、93)、次いで大阪府72%(570、408)、奈良県66%(32、21)、沖縄県60%(
63、38)、石川県37%(35、13)、愛媛県36%(33、12)、岡山県35%(43、15)、東京都33%(1207、404)、京都府31%(86、27)、滋賀県29%(49、14)。全国平均は30%(4480、1328)。重症者についても、関西圏は深刻だ。とりわけ兵庫県と大阪府は4月末時点で重症者受け入れの限界に達している。
以上のデータから浮き彫りになったのは、大阪府におけるコロナ医療の貧弱な実態である。東京都と比べた場合、コロナ対応病棟が4割しかないことはすでにみた通りだ。重症者病棟も東京都の半分もない。東京都とほぼ同数の重症患者が出たのでは、医療現場が火の車になるのは目に見えている。しかも、このデータの上の重症者病床数は、単に存在するベッドの数を挙げているに過ぎず、実際に患者を受け入れできるベッド数ではない。
4月29日付毎日新聞によると、28日現在、大阪府の重症病床は337床だ。厚労省データと大きく異なるのは、医師や看護師などマンパワーの制約から実際に使える病床は7割もないためと思われる。現実の使用率は94%に達し、63人が軽症・中等症病床で治療を受けている。これが軽症・中等症病床不足に拍車をかけ、感染者が入院できないという医療崩壊現象を引き起こすこととなった。

コロナ初期から病棟逼迫

医療逼迫状態の大阪府内の病院内部(ウィキペディアより)

大阪市では4月16~18日の間、自宅療養中のコロナ患者から38件の119番があり、うち26件は受け入れ先が決まるまで1時間待たされた。さらに19日に通報があったケースでは、搬送先が決まるまで46時間53分かかり、患者は酸素マスクをつけたまま自宅待機を強いられたという。(4月29日付毎日新聞)
総務省消防庁は救急隊が現場到着から搬送開始まで30分以上かかったケースを「救急搬送困難事案」としているが、大阪市では3月29日~4月4日=39件▽5~11日=71件▽12~18日=130件▽19~25日=109件と4月に入って急増。イギリス株ウイルスの蔓延による医療逼迫は、救急という側面でもはっきりと現れている。
だが、コロナの初期段階ですでに受け入れ病院がなく、搬送に手間取る事態は起きていた。その典型的な事案は北海道士別市でのケースである。
士別市は北海道北部に位置し、面積約600平方キロ、人口約2万2000人。昨年4月10日、士別市立病院に農作業中に側溝に転落した70代の男性が運び込まれた。内臓が破裂している恐れがあり、約50キロ南の旭川市内の三つの病院に受け入れ要請。しかし、ひとつの病院は緊急手術中、あとに二つはコロナ患者の対応のため救急は受け入れられないと断られた。
病院長はあちこちに電話し、200キロ北の市立稚内病院で受け入れてもらうことになった。救急車が2時間44分かけて患者を搬送、緊急手術を施され、一命をとりとめた。男性は自宅から遠く離れた地で1カ月間入院することになった。
病院長は「コロナ以前から慢性的な医師不足状態」だという。人口10万人あたりの北海道の医師数は全国平均の246・7人とほぼ同じ243・1人。しかし北海道は面積が広大であるため、都市部を除くと医師が極めて少ないのが実態だ。とくに士別市を含む道北地域は四国とほぼ同じ面積だが、四国には救命救急センターが12カ所あるのに対し、1カ所しかない。この男性のケースでは、救命救急センターでも手いっぱいになっており、結果として稚内まで患者を運ぶはめになった。
冒頭の意見広告は「1980年代全国に844カ所あった保健所は現在469カ所とほぼ半減。診療報酬は第2次安倍政権下だけで3回引き下げられ、医療機関の経営が悪化、縮小・統合も進みました」とし、「PCR検査が思うように受けられない、コロナ専用病床が少ないといった問題の一因がそこにあることは、多くの専門家の指摘するところ」と主張、「憲法は生存権を保障し、政府にその責任を課しています」と訴える。
「国民の健康をなおざりにした政治のツケを背負わされるのはもうごめん」。平たくいえばこういうことだろう。私はこの意見に賛同する。安倍晋三前首相、その後継者である菅義偉首相はその声に向き合い、医療危機をどう乗り越えるべきかを真剣に考えてもらいたい。オリンピック開催の是非よりはるかに喫緊の課題だからである。

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