原発を考える《原発を止めた裁判官》文 井上脩身

「住宅より耐震性低い」と指弾

樋口英明著『私が原発を止めた理由』(旬報社)の表紙

 2014年に大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じる判決を言い渡した元福井地裁裁判長の樋口英明さんが3月、『私が原発を止めた理由』(旬報社)を上梓した。樋口さんが全国各地で行ってきた「原発即時ストップ」を訴える講演内容をまとめたもので、原発が地震にいかに脆弱であるかが、きわめて平易に解説されている。判決は高裁で覆されたが、樋口さんの地震動に関する分析は司法内部に浸透、昨年12月、大阪地裁が同3、4号機についての国の設置許可を取り消す判決を下すことにつながった。樋口さんは「原発の耐震性は一般住宅より低い」と指摘する。福島事故を経験したにもかかわらず、この国では信じがたい事がまかり通っているというのである。

地震動を規模ごとに分析

2014年の判決は、福島第1原発事故後最初の本格的原発訴訟として注目されるなか、5月21日に下された。
樋口裁判長は「個人の生命、身体、精神、生活に関する利益は人格権(憲法13条、25条)として保障されており、我が国の法制下ではこれを超える価値を他に見いだせない」として、原発の危険性が人格権を侵害するか否かを判断の基本に置いた。そして福島原発事故に関して「原子力委員会委員長が250キロ圏内に居住する住民に避難勧告をする可能性を示していた」ことから、その侵害有無を検討する範囲を原発から250キロとした。
まず原発そのものの存在について「原発の稼働は電気を生み出す手段という経済活動の自由(憲法22条)に属するもので、憲法上は人格権より劣位におかれる」とし、「経済活動が(人格権侵害への)具体的危険性が万が一にもあれば、差し止めが認められる」とした。この上にたって、地震から逃れることができない我が国の現実を直視し、地震動に耐えられるかを、その規模ごとに検討した。
地震の規模を表す単位として、大きさはマグニチュード(M)、強さは震度があるが、原発との関連では加速度を示すガルが使われる。以下はガルの規模別の判断である。
1)1260ガル超
外部からの交流電流によって水を循環させるという原発の基本システムが崩壊、非常用設備や予備的手段による補完もほぼ不可能になる。ところが我が国の地震学会はこの規模の地震発生を一度も予知できておらず、大飯原発に1260ガルを超える地震は来ないと確実に想定できない。
2)700ガル~1260ガル
被告(関電)は原発周辺の活断層の調査結果などから理論上導かれるガル数は最大値700で、700ガルを超える地震が到来することは考えられないと主張するが、全国の20カ所にも満たない原発のうち、4原発で5回にわたって2005年以降10年足らずの間に到来している。大飯原発の地震想定が信頼に値するといえる根拠は見いだせない。
3)700ガル以下
700ガルは大飯原発基準値振動であるが、700ガルを下回る地震によって外部電源が断たれ、主給水ポンプが破損する恐れがある。主給水が断たれた場合、補助給水設備に頼らざるを得ないが、事態の把握の困難性や時間の制約のなか、その実現は困難を伴う。それが効を奏しない限り大事故になる。
以上の通り、樋口裁判長はいずれの場合も関電側の主張を、根拠がないとして退けた。
判決では、使用済み核燃料の保管状況についても検討。「使用済み核燃料プールに1000本以上保管されているが、同プールから放射性物資が漏れたとき、原発敷地外に放出されることを防ぐ堅固な設備は存在しない」と指摘。「全交流電源喪失から3日も経ずに冠水状態が維持できなくなり、危機的状態に陥る」と判断、「深刻な事故はめったに起きないだろうという見通しのもとにかような対応が成り立っているといわざるを得ない」と指弾した。
以上の考察のうえで「大飯原発から250キロ圏内に居住する者は、原発の運転によって直接的に人格権が侵害される具体的な危険がある」と判示、差し止めを命じる判決を言い渡した。

平凡な地震でも危険

大飯原発3、4号機(ウィキペディアより)

樋口さんは大飯原発判決の後、15年4月14日、関電高浜原発3、4号機再稼働差し止めの仮処分決定を出し、17年8月、名古屋家裁部総括判事を最後に定年退職した。すでに述べたように講演で「原発はパーフェクトな危険」として即時に原発をゼロにするよう訴えつづけた。そして講演内容をまとめた『私が原発を止めた理由』の「はじめに」のなかで、①原発事故のもたらす被害は極めて甚大②それゆえ原発には高度の安全性が求められる③地震大国日本において高度な安全性があるということは、高度の耐震性があるということにほかならない④我が国に原発の耐震性は極めて低い⑤よって、原発の運転は許されない――と論旨を明確にした。
原発事故がいかに深刻な事態をもたらすか、は福島事故で否応なく国民の目に焼き付けられた。ここで問題になるのは④の原発の耐震性であろう。すでに見た通り、大飯原発訴訟判決の中核をなしたところだが、本書をとおして掘り下げたい。
1995年の阪神淡路大震災を契機に地震観測網が整備され、発生した地震のガルもわかってきた。2000年以降の主な地震でみると、ガル値の小さい順で、伊豆半島地震(09年、M
5・1=703ガル)、大阪府北部地震(18年、M6・1=806ガル)、栃木県北部地震(13年、M6・3=1300ガル)、鳥取県中部地震’(16年、M6・6=1494ガル)、宮城県沖地震(03年、M7・1=1571ガル)、熊本地震(16年、M7・3=1740ガル)、北海道胆振東部地震(18年、M6・7=1796ガル)、新潟県中越地震(04年、M6・8=2515ガル)、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)(11年、M9=2933ガル)、岩手・宮城内陸地震(08年、M7・2=4022ガル)。
樋口さんは以上の地震を含め、700~1000ガル未満30回、1000ガル以上は17回記録されているとしている。
一方、原発の基準値震動(原発の安全を確保するうえで不可欠な施設に限っての耐震設計基準)について、3・11当時と2018年3月時点のガルは以下の通りである(カッコ内の前が3・11当時、後が18年当時)。
泊1~3号機(550、620)、東通(450、600)、女川2号機(580、1000)、柏崎刈羽6、7号機(1209、1209)、東海第2(600、1009)、浜岡4号機(800、1200)、志賀2号機(600、1000)、敦賀2号機(800、880)、美浜3号機(750、993)、大飯3、4号機(700、856)、高浜1~4号機(550、700)、島根2号機(600、600)伊方3号機(570、650)、玄海3、4号機(540、620)、川内1、2号機(540、620)
以上の原発は建設当時、270(川内1号機)~600(浜岡4号機)の範囲で基準値震動が設定された。3・11までに引き上げられ、3・11後さらに上げられたが、最高で柏崎刈羽原発6、7号機の1209ガルにとどまっており、栃木県北部地震をはじめ8地震に対応できないという低い数字だ。
大阪北部地震はブロック塀が倒れて女児が死亡した地震だが、泊、東通、高浜、島根、伊方、玄海、川内の各原発では対応できないというお寒い実態だ。私はブロック塀倒壊現場近くの出身だが、倒壊はもちろん一部が損壊した住宅もなく、ブロック塀工事の手抜きが原因であることは明白だ。その程度の揺れにも原発が耐えられないというのである。
住宅の耐震性について、三井ホームは5115ガル、住友林業は3406ガルに設定していると同書はいう。阪神大震災以降、建築物に耐震性が問題になり、学校の校舎など多くの建物で耐震化工事が行われた。原発についても3・11後、基準値震動は上げられたが、現実に起きている地震に全く対応できてないのである。
以上のように耐震問題にメスを入れて分析をしてきた樋口さんは、「原発を止める当たり前すぎる理由」を、「はじめに」で示した4項目に「我が国の原発の耐震性は極め低く、一般住宅よりも劣っているため、平凡な地震によってさえも危険が生じる」「その耐震性の低さを正当化できる学問的根拠はない」を付け加えた。

低すぎる基準値震動

本稿の冒頭にふれた昨年12月の大阪地裁判決は、樋口さんの主張にそったものとなった。同裁判は大飯原発3、4号機について、福井県の住民らが国の設置許可を取り消すよう求めた行政訴訟。住民側は「基準値震動が少なくとも現行の1・34倍の1150ガルであるべきで、耐震性を満たしていない」と主張。国側は「断層の規模などを余裕をもって考慮しており、基準値震動の過小評価はない」と反論した。
森鍵一裁判長は「関電が基準値震動の算定に使った計算式は過去の地震データの平均値に基づいており、実際に発生する地震は平均値からかけ離れて大きくなる可能性があった」と指摘。原子力規制委員会が設置許可をしたことに対して「規制の判断に看過しがたい過誤、欠落があり、設置許可は違法」と判示した。
樋口さんはこの判決に直接言及していないが、同書のなかで「地震観測網ができたことによって初めて、現在の基準値震動が観測記録に照らすと極めて低水準であること、それゆえに事故確率が高いことが明らかになった」という。
基準値震動が3・11後の引き上げにもかかわらずなお低い実態が樋口さんによって明白になったことで、「安全な原発は再稼働させる」という政府の原発推進政策が、国民に背を向けた安全軽視政策であることもまた明白になったのである。