むかし、越後の国、今の新潟県に源右ヱ門さまという侍がおったそうな。
度胸はあるし、情けもあるしで、まことの豪傑といわれたお人であったと。
あるときのこと、幽霊が墓場に出るという噂が源右ヱ門さまに聞こえた。「とにかく幽霊が出るとみんな騒いでおるが、幽霊なんざあ、この世に何かうらみがある者とか、くやしいとか、願いのある者がなるもんだ。あたり前の人は死んで仏(ほとけ)になるもんだから、おれが行ってその幽霊を助けてやろう」
というて、真夜中の丑満時に鉦(かね)を叩いて南無阿弥陀仏と唱えながら墓場へ行ったと。
そしたら、ボオーと白い衣装着た婆(ば)さまが出て来たと。そして、
「源右ヱ門殿、源右ヱ門殿」
と呼ばったと。
「なんだ」というたら、
「おれも死んではや四、五十年にもなる。人は死ぬとき、みんな末期の水を貰って死ぬども、おれは水も何もなく、ただ棺桶の中さ入れられてしもた。その水を飲ませてもらわなかったから、今、焦熱地獄に置かれて、のどが渇いてのどが渇いて仕様がないごんだ」
というたと。源右ヱ門さまは、
「そういう事なれば」
というて、沢までどっどと降りて行って、叩いていた鉦を裏返しにして、そいつに十杯水を汲んで持って来てやったと。
「ほれ、こいつを飲め」
と差し出したら、幽霊の婆さまは、さもうまそうに飲んだと。