夏の千夜一夜物語《綺麗な景色》構成・片山通夫

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これも聞いた話の受け売りだ。

ある日突然、近所のおじさんが玄関を開けて入ってきた。
酒を飲んでは騒ぎを起こし、そこいらではよく思われていない男だ。
鼻つまみ者の労働者。

「ちょっと外に出てみな。すごい夕焼けだ。見た事もない綺麗な景色だよ。」

何と言うか、顔つきが清々しい。いつになく良い顔をしている。
私はすぐに外へ出て空を見上げた。
確かに綺麗な夕焼けだけど…飛び抜けて感心する程でもない。

「辺りが輝いてるなぁ。生きてて良かった。こんなに綺麗な夕焼けを拝めるなんて、すごいよなぁ。」
そう言いながら、おじさんは坂道を下って行った。

私はぽかーんと空をしばらく見上げて、家に入った。

それからパーンと突き抜けるような電車の警笛の音がした。
救急車や消防車のサイレンが近くで鳴り響く。

おじさんは電車に跳ねられて死亡した。自殺だったそうだ。

生きてて良かった、なんて言った人が自殺なんてするだろうか?
今でも釈然としない。
何かに魅入られたのだろうか?
人は、死ぬ前に美しい景色を見るとは聞いた事があるが…。