びえんと《五七五に託すハンセン病患者の叫び 上》Lapiz 編集長 井上脩身

~不条理な強制隔離政策のなかで~

北條民雄著『いのちの初夜』の表紙

11月末、映画『一人になる――医師小笠原登とハンセン病強制隔離政策』を見た。ハンセン病患者に対する強制隔離に反対しつづけた小笠原医師(1888~1970)の生涯を通して、らい予防法が引き起こした差別と偏見を訴える映画である。私はたまたまハンセン病患者たちの苦しみや怒りを詠んだ短歌、俳句、川柳を収録した『訴歌』に目を通していた。さらに偶然ながら、ハンセン病患者であった作家、北條民雄の代表作『いのちの初夜』を読み終えたばかりであった。この小説は、主人公がハンセン病療養所に隔離された最初の日を書き表した作品だ。2001年、熊本地裁は、ハンセン病歴者は国の隔離政策の被害者であると認定、さらに患者の家族についても同地裁は2016年、人格権が侵害されたと判示した。だが、病苦者への差別・偏見は今なお根強い。『訴歌』のなかの川柳を通して、ハンセン病患者の思いに迫りたい。

ハンセン病患者作家、北條民雄

 まず北條民雄について説明しておきたい。北條は1914年生まれ。19歳のときにハンセン病にかかり、21歳のとき、東京都東村山市のハンセン病療養所内の病院に入院。川端康成に師事し、1936年、『いのちの初夜』を発表。文学界賞を受賞し、気鋭の作家としての一歩を踏み出した。その後『癩院受胎』『癩院記録』『癩家族』など、ハンセン病をテーマにした作品をたて続けに著した。しかし神経痛も患い、自殺しようと思いつつ24歳の若さで世を去った。死因はハンセン病でなく、腸結核だった。

『いのちの初夜』のなかで印象深いのは、尾田(主人公)が夜、病室を抜け出して松林に向かい、包帯で首つり自殺を図った場面だ。履いていたゲタがひっくり返り、もがいているうち足がゲタにとどき、尾田は自殺をおもいとどまる。

 尾田の付添人の左柄木(5年前に入院したハンセン病患者)が尾田に、「僕らは不死鳥です。新しい思想、新しい眼を持つ時、(一部略)再び人間として生き復るのです。復活そう復活です。(一部略)新しい人間生活はそれから始まるのです」と語る。そして「僕に、文学的な才能があったら、と歯ぎしりするのですよ」「僕に天才があったら、この新しい人間を、今までかつて無かった人間像を築きあげるのですが――及びません」という。

 左柄木の言葉は北條自身の思いを表したものであろう。北條はハンセン病患者として、新しい思想、新しい眼を持ち、再び人間として生き返ろうと決意して小説を書いたのだ。川端康成は『いのちの初夜』(角川文庫)の「あとがき」の中で、「自殺は終始北條民雄の念頭に去来していた。しかし自殺の思いが病弱と虚無に沈まず、絶望がかえって精神を強めたのが北條民雄の文学であった」と評している。

 北條のように、うちに秘めた文学的才能を開かせた人はごく一握りだ。だが、北條は『癩院日記』の中で、患者たちの間で文芸活動が盛んに行われていることをレポートしている。「俳句などは猫も杓子もという有様で、朝から晩まで、字を一字も知らない盲人が『睡蓮や……睡蓮や』と考えこんでいたりする」と書いている。

生きた証しの句作り

 北條が報告したように、ハンセン病患者たちは自分の思いを和歌や俳句、川柳で言い表そうとした。そうした集大成として『訴歌』が編まれ、2021年に皓星社から刊行された。その「はしがき」によると、皓星社の編集者が「患者の生きた証しを残したい」と全国の療養所を回って集めた1000冊の膨大な作品集の中から選びだしたもので、約3000点の作品が収録された。

 私は川柳を趣味としている。ここでは川柳(川柳か俳句か定かでないものも含む)に絞って紹介する。(カッコ内の記述は筆者)

【入院】

入園日涙もかんだ飯の味

(悲しさの涙がまじったご飯を食べたのであろう)

新患や乳の沁みたる秋袷

(乳児を残して若い母親が入院したのであろうか)

新患へ医官刑事のように聞く

(患者の気持ちを逆なでするような役人医師のむごさ)

【句作】

自句をよむ自分の骨をひろう如

(句づくりが自分の骨をひろうようだ、というのだ。私がつくる川柳のなんとあまいことか)

麻痺の手にペン握りしめ初句稿

書記一人盲(めしい)十人初句会

好きな句を点字に打ちて長き夜を

【隔離】

閉じこめておいて徒食の徒と呼ばれ

(怒りをぐっとこらえているだけにすごみがある)

深い海それより深い淵を見る

(島の収容所であろう。逃げようのない悲しみである)

かくれんぼ鬼捜しに来ない島

(鬼までやってこない隔離の島なのだ)

カナリヤは籠で生まれて籠で死に

(カナリヤを我が身に照らしている)

【義足、義肢】

足なえに長き廊下や寒の月

春の夜明日断つ足をじっと見る

切断と決まりし足や足袋をはく

義肢ぬいで今日一日の重さ知り

(一日の重さが義肢の重さということなのであろう)

【視力衰え】

杖先に蝶とまらせて盲(めしい)憩う

眼をとられ咽喉をとられて冬籠り

春の夜を口もて探るおのが下駄

盲いにも音に季節の色彩(いろ)があり

(音で季節の移ろいを見るというのだ)

失明で泣くだけ泣いて今笑顔

(かなしすぎる笑顔がある)

【便り】

代読も一緒に笑う子の便り

(子どもが感染していず元気であればどれほどうれしいことか。代読者も患者である)

諦めていてもやっぱり便り書く

代読のナースも共に泣いてくれ

療園で便り出さぬも思いやり

(何とかなしい思いやりであろうか。本当は出したくてしかたがないのだけれど)

明日に続く