Lapiz22Vol.42 とりとめのない話《こだわり人間》中川眞須良

「フルレンジスピーカーと共に」

彼はオーディオが好きだ と聞いている。
一口にオーディオと言っても入口(音源)から出口(スピーカー)まで範囲が広い。この道楽?の世界、広範囲に小遣いを投資しているとたちまち財布はパンクである。

だからでもないと思うが私の知るオーディオファンは一つのジャンルに絞り、「時間はかけるが金はかけない」と コツコツ自分の世界を楽しんでいる人が多いようだ。

思い当たる人は

Ⅰ、古い真空管探しに明け暮れる人、(数年前から世界のネット市場も含めて)    聞けばFM専用ステレオチューナを製作中とか・・・・。
当人曰く「5素子アンテナを建て早く出来栄えをチェックしたい」。

Ⅰ、解体した古民家での使用済木材を探す人。製作中のバックロードホーン用の  エンクロージャーの材料の一部とか・・・・。
当人少し諦め気味に「いつになったらできることやら」。

Ⅰ、薄いセーム皮を日本全国に探す人、12インチウーファをコーン紙代わりに張り替え音質の違いを楽しむとか・・・。
私に「あまり意味がない?」と聞かれても返事の仕様はない。

1、コンデンサー式スピーカーの使用 修理 製作にこだわる人
衝立を二つ並べたようなあまり見かけぬタイプ(左右一組で)、「広い和室で小  音量ならよく似合うんです・・・。普通の箱タイプは無骨でいかん!」

など 様々だ。

さて この彼はどのようなファンなのだろうか。お互いオーディオ好きであることを知りつつもレコード談義のわりにはオーディオ製品に関する話の機会は少なかったような気がする。しかし会社の代表でもある彼の事だ スピーカーに興味があるのなら最高級のいわゆる名機と呼ばれる立派な製品を所有しているものと思っていた。ある日彼から「私のスピーカー かなり音が出るようになったのでお気に入りのレコードを持って一度聞きに来てください」とお誘いを受けた。  はて・・・?と思いつつ(なぜ自宅ではなく会社なのか?) 早速 後日彼の会社へ。
案内された部屋は三階建の二階の一室で事務室と一部商品の見本置き場を兼ねた40平方メートルほどの整頓されているとは言い難いなんの変哲もない空間であった。しかし奥の窓際に置かれた木製の場違いとも思われる大型の机、これにはすぐ目を奪われたので咄嗟にそのサイズを聞いてみた。

Wー185、Hー80、Dー120(cm)で特注品とのこと。そしてその机上右端に置かれた何かを覆う布の大きなカバー以外は何も置かれていない。立派な事務机?である。しかしこの室内 スピーカーはおろかオーディオ製品は一切見当たらない。すると彼 少しニンマリ、横目で私を見ながら「レコードを出してください」と。

このあと机の大きさの驚きに続くさらなる驚きが待っていた。

それらの内容は順に

1、机上の大きな布を取り払うとレコードプレーヤー、球管式ミニアンプ、フォノ イコライザーが整然と並ぶ

1、ターンテーブルとトーンアームは 天板に直付け

1、コード類は全く見えない(すべて内部収納)

1、彼 私の持参したLPをじろっとチェツク、 慎重にターンテーブルヘ

1、各部所電源ON、カートリッジ盤上へ、ボリュームダイヤルゆっくりアップ

1、聞き覚えのある曲が流れ始めたがスピーカーはどこだ?

1、変にこもり、濁ったあまり聞き慣れない音 それは明らかに机の中すなわち引き出しの中からである。 この机 両袖大型三段引き出し付き

1、彼は机の前中央に座り込み左右に大きく腕を伸ばし引き出しを同時に下    段、中段、上段と順にゆっくり引き(開き)始める

1、音質一変 いつも自宅で聞く再生音に近い!

その時の彼のコメントは「独立した三段引き出しを各一つのバスレフエンクロージャーとして使っていますが未完です。ユニットの取り付け位置、方向、各段の密閉度、引き出しの開閉度などいろいろ変えて遊んでます。ユニットはすべてフルレンジですのでおのずと限界がありますが・・・。
なぜフルレンジに・・?ですか? 安上がりで面白いから・・でしょうか。」と。

そして最後に見せてもらった各引き出しの中身こそ この日の最大の驚きだ。

上段引き出し  8cmフルレンジ・・・・・・・・・1

中段引き出し  12cmフルレンジ・・・・・・・1

下段引き出し  12cmフルレンジ・・・・・・・2

片チャンネル4個、左右両チャンネル計8個である。さらに引き出し内で各ユニット固定しているもの、いないもの 少し左向くもの、右向くもの、驚きのみである。「次は中段のユニット、15cmに交換しようと思っているのでが・・・。」 グライコ(グラフイック イコライザー)を使用するのは最後の楽しみにおいておきます。

私、心の内で「全くわかりません、好きにやって下さい」としか、、、

そして数分後彼の納得の微調整が完了したのであろう。最後にアンプ(最高出力5W)のボリュームをゆっくりとフルパワーへ、その瞬間、何と何とその場に今まで出会ったことのないjazzトランペット 「ドン・バード」の新しい世界が広がったではないか。(決して厚み、膨らみを持った音ではないが)

「次は貴店で聞かせていただいたキース・ジャレットのソロピアノに挑戦してみようと思っています。」と。

このオーディオの世界で言ういわゆる その人にとって「良い音」とは何かを改めて思う一日でもあった。

40平方メートルのこの部屋は 事務室でもオーディオルームでもなく まさしく音響工学の研究室 (サウンドラボラトリー) と言ったほうがふさわしい。

今夜もまたハンダゴテを握り、スピーカー音に耳を澄ましているかもしれぬ このこだわり人間は 向こう見ずの突っ走り屋である。