Lapiz 22夏号Vol.42 読切連載《アカンタレ勘太11-1》文・画 いのしゅうじ

カブトムシのムサシ

夏休みになると、テッちゃんは毎日のように、勘太をセミとりにさそいにくる。
きょうのテッちゃんは、広いおでこがいつもよりテカテカしている。いいことがあるしるしだ。
「カブトムシいる林、にいちゃんに教えてもろたんや」
国鉄のせんろちかくのお宮さんの森だという。
「いまからカブトムシがりに行こ」
「あのお宮さん、よその地区のや。虫とりなんかしたらおこられへんか」
「神さんにおまいりしたらええねん。そしたら、なんぼでも持っていけっていうてくれはる」
(そんなけっこうな神さん、いはるやろか)
勘太はなにか悪い予感がした。こういうとき、武史がいてくれると安心だ。
「武史? あいつこんちゅうがどうやらこうやらと理科のせんせいみたいなこと言うからなあ」
このところテッちゃんと武史はそりが合わない。
こないだも、テッちゃんがセミをつかまえて、「クマゼミや」とおおいばりしたら、武史に「ミンミンゼミやないか」
とばかにされた。
あれいらい、テッちゃんはセミとりに武史をさそわない。
「セミやのうてカブトムシやんか。武史さそおう」
きょうの勘太はめずらしくしつこい。
つぎの日、勘太らは朝はやく家を出た。
武史が、
「カブトムシは夜中にうごく。ほんまは暗いうちのほうがようけとれる」
といったからだ。
国鉄わきのお宮さんは、川をふたつわたったひろい田んぼの中にある。
テッちゃんがお宮さんの鈴をガラガラならしている間、武史は「こんちゅうずかん」でしいれた知識をひけらかした。
「世界でいちばん大きいのは南アメリカのヘラクレスオオカブト。日本のカブトムシの2、3倍もある」
勘太は南アメリカがどこにあるかわからないので、ろくに聞いてない。
テッちゃんが「うらのクヌギの木にいるらしい」というので、うらにまわった。
「みきに穴があいてるとこにいるんや」
と武史。カブトムシは木のじゅえきを吸うのだという。
「武史は、はかせやなあ」
かんしんしている勘太の頭のずっと上で、なにかがブーンと音をたててとんだ。
「何やろ?」
「カブトムシや」
「とぶんか?」
「羽があるんや」
といいながら、武史もこうふんしている。
カブトムシは少し先のクヌギの木の、ずいぶん高いところにとまった。
「あの木、カブトムシの木なんや」
武史のいうとおり、その木の下の方のみきに穴があいていて、じゅえきでこげ茶色にぬれている。
「ぜったいここにおる」
3人はじっと目をこらす。
10分ほどすると、1匹の虫がはいでてきた。どうたいは黒っぽい灰色。頭からノコギリのような2本のツノ。3人が同時に声をあげた
クワガタ!
勘太が穴をのぞきこむと、1匹のカブトムシがツノをつきだしている。手をのばすと、きょときょとと穴からでてきて、みきを歩きだした。
黒茶色の体はぎらぎらしている。二またのツノが朝日にピカッとひかる。とぎすました刀みたいだ。
「二刀流や」
武史は「ムサシ」と名づけた。勘太はムサシに顔を近づけた。目がぴぴっと黒光りしている。
「強そうや」
勘太のうしろで、がなり声がひびいた。
「おまえら、だれのゆるしでカブトとってるんや」(明日に続く)