とりとめのない話《国鉄一人旅 駅弁》中川眞須良

白石駅駅弁(現行の弁当)

JRの前身、国鉄から「格安で便利」と人気の「均一周遊券」が発売されて間もない頃の話である。この周遊券 大阪出発地の場合 通用期間二週間、新潟 福島両県以北の東北地方の国鉄(急行を含む)全線及び国鉄バス乗り放題、途中下車自由、価格6千円前後(学割り4千円未満)という内容に、帰宅までの全行程 運賃の心配はまったく不要であることは勿論、すべての車内検札、駅改札のフリーパスなどの利便、安心感をプラスすればその人気の高さは当然だったろう。

その周遊券をポケット奥にしまい込んでのある日の一人旅。

東北線下り普通列車青森行での車内 停車中の小さな出来事は特に思い出深い

停車時間が長かった(5分以上?)にもかかわらず駅弁の購入を躊躇してしまったのがその原因だ。発車のベルがけたたましく鳴り出した時、自分と同じホーム側席のお客が窓越しに売り子の男性から駅弁を買っているのが目に入った。今急いで買う必要がないことを知りつつもその場の雰囲気、状況、発車を告げるベルにも刺激され咄嗟に窓から身を乗り出して販売男性に(私も購入します)と合図を送った、いやっ 送ってしまった。 と同時にベルが鳴り止み「ゴッ、、トン」と発車したのである。

私は購入を諦め席に付きかけた時 その男性は駅弁を一つ右手に高くかざし左手で胸の前に襷掛けした台を押さえながら「まだ間に合います」と言わんばかりに私の窓そばまで近づいてきた。列車と競走である。私は品物を受け取り片方の手で代金(紙幣)を渡すのがやっとであった。列車はスピードを上げホームは途切れてしまったその結果は、釣銭を受け取れなかったことを意味する。売り子はなにか大声で手を振ってはいたが私はただそれを見送るしかなかつた。

突然のことで今日の夕食は高くついてしまったと思っていた時、通路を歩いてきた一人の男性が私の席の前で立ち止まリ視線が合った。相席の同意への目配りかと思ったが 私の買った弁当に視線を移し「その弁当 今買ったんでしょう、お釣り貰ってないのでは?」 ぴょこんと頷いた私に更に「私預かったようなものです。これ、そのお釣りです・・・」と硬貨を2枚差し出した。

事情が全くわからない私。ただキョトン。聞けばその男性、私が見た後ろの車両の同じ弁当購入者でたまたま販売人が私に釣銭を渡せなくなった状況を見ていたらしく「先程のようなこと時々あるようです。本人さん(私の立場の人)が気付けばいいんですけれど。あのような時、弁当屋さん 釣銭をたまたま開いている乗降扉から車内デッキへ投げ入れるんです。2枚しかなかったですよ」と。 その時の状況すぐには把握できずただ唖然。そしてそんな事が実際あるのだろうかと。 その時の私、驚きと感激でその男性にお礼を言った記憶がない。

もし事情を知らない他の乗客が列車走行中、デッキで数枚のコインを見つけた場合、どうしたのであろう?。さらにその乗客が自分自身であったなら?

今も記憶の片隅で時々目を覚ます取るに足らない小さな疑問である。

昭和は遥か過去だ!