Lapiz2022冬号《巻頭言》Lapiz編集長 井上脩身

絵本『地球をまもるってどんなこと?』の表紙

今年10月、10歳の子どもが環境問題をテーマにした本を出版しました。シンガポール生まれのジョージYハリソン君。本の題は『地球をまもるってどんなこと?』。ハリソン君の文章にイラストレータ—の絵をつけ、絵本として刊行されました。「小学生のわたしたちにできること」という副題がつけられていることからわかる通り、子どもにSDGsのことを知ってもらおうというものです。大人にも手ごろな教科書になりそう、そんな思いをこめて本を開いてみました。

ジョージYハリソン君(本書の帯より)

 ハリソン君はロンドンと東京で育ち、6歳のときに国連食糧問題機関(FAO)ローマ本部を訪問したのをきっかけに、環境問題に関心を持つようになったそうです。以来、「ひとりの力」を合わせれば世界をよりよくできると信じ、環境保全活動に取り組むようになったといいます。将棋の藤井聡太さんがデビューしたときにも思ったのですが、天才的な子どもは10歳にして、並みの大人には及びもつかないことをやってのけるようです。

 本は「人間がべんりなくらしをもとめすぎたけっか、海にゴミがふえ、森がへり、空気がますますよごれました」から始まります。そして「このままだと、わたしたちが大人になったとき、あんしんして地球にくらすことができなくなってしまうかもしれません」と将来の不安を表し、「どうしたらよいのでしょう。世界をよりよくするために、ぼくが考えたり行どうしたりしていることをシェアしたいと思います」と、本にしようと考えた動機を述べています。

 具体的な行動としてハリソン君は12点をあげています。

1 「ひとりの力を信じる」→ぼくは、「子どもだから」とか「自分1人だけじゃいみがない」などと思わずに、できることをしていきたい。

2 自てん車や歩きで出かける →石たんや天ねんガス、石ゆで作った、電気やガソリンなどのエネルギーをつかいすぎないこともだいじです。

3 ベジタリアンになる日を作る→わたしたちがふだん食べているお肉。ウシやブタやニワトリをそだてるのにも、地球にふかがかかっています。

4 自分が食べられるぶんだけにする→まだ食べられるのに、すてられてしまう食べもの。世界では1年におよそ9億3100万トン。

5 近くで作られたものを食べる→食べものを、作られたところからスーパーなどのお店にとどけるのには、車やひこうきではこぶためのねんりょうがかかります。

6 つかわないときは、水道の水をとめる→おふろでかみをあらうとき、おゆを出しっぱなしにしていませんか。

7 海をまもるためにできることを考える→電池やスマートフォンやびょういんでもらうくすり。これらが海や川にすてられると、水がよごれてしまいます。

8 ゴミをへらすため、リサイクルすることを考える→プラスチックせいひんをすてるときは、しっかりぶんべつして、リサイクルするようにしています。

9 森や生物のたよう性をまもるために、たとえば「げんざいりょう」をいしきする→森は、わたしたちにきれいな空気をプレゼントしてくれています。森はまた、どうぶつやしょくぶつが生きていくための、だいじなばしょでもあります。

10 フェアトレードのものを買う→わたしたちと同じくらいのとしの子が、学校に行けず、はたらかされていると知りました。それっておかしいと思いませんか?

11 世界をよりよくするために、テクノロジーを活用する→自然をまもることをいちばんに考えながら、どうじに、人工知のう(AI)などの力をとりいれて、世界をよりよくする方ほうもあると思うのです。

12 広めよう¡ つたえよう¡ いっしょにやろう¡→ぼくは、自分が学んだことを、友だちにシェするようにしています。みんなも、学校の友だちや近くにいる大人をなかまにしませんか。

 いずれもしごくもっともな提言です。世界中がハリソン君のいうことを心がければ、自然環境が目に見えてよくなり、子どもたちが大人になったとき、戦争さえなければ安心して住める地球になるでしょう。

 いま、地球環境に関する最大のも問題は温暖化です。2015年のパリ協定ですべての国が世界の平均気温の上昇を産業革命以前と比べて1・5度に抑える取り組みを強化することに合意しました。これにともない我が国には2030年までに温室効果ガスを2013年比で46%の削減が求められています。

 ハリソン君は難しい言葉を使ってないだけに、かえって訴える力があるように思います。それはいいのですが、「石たんや天ねんガス、石ゆで作った、電気やガソリンなどのエネルギーをつかいすぎないこともだいじです」というハリソン君の言葉を逆手にとるような動きが最近とみに目につくようになりました。「火力発電所はCO2を排出するので、原子力発電所を再稼働させたり、新たな原発を作ろう」という声が高まって来たのです。「地球温暖化対策」を錦の御旗に、「安心できる地球のために」と耳ざわり良く訴えかけてきます。「安全神話」が福島第一原子力発電所の事故で破綻したものだから、今度は「安心神話」というわけです。

 こうした声は「原子力ムラ」からだけではありません。ロシアが起こしたウクライナ戦争によって、エネルギーの供給網に支障が現れたことと相まって、メディアのなかからも原発回帰論がでてきています。岸田首相はこうした動きを背景に、原発推進にカジをきりました。原発の新増設やリプレース(建て替え)を検討するというのです。岸田首相は最長60年としてきた原発の運転期間の延長も検討する方針を示しています。

ハリソン君は「環境を守るために原発の活用を」とは一言もいっていません。原発を使い続けると核のゴミはたまるばかりです。地球をまもるどころか、ハリソン君が大人になったころ、これらのゴミに地球が泣かされるハメになっているにちがいありません。私は、ハリソン君の絵本を悪用したような首相の態度に怒りをおぼえます。

かつて、マスメディアが原発利用論を打ち上げたことが原発推進の後押しをしました。同じ構図が再び展開されようとしている現状をだまって座視するわけにはいきません。本号では「原発を考える」シリーズのなかで、原発推進メディアを取り上げました。