連載コラム・日本の島できごと事典 その78《ウシウマ》渡辺幸重

ウシウマ(1934年撮影)

 「昔は種子島(鹿児島県)に牛と馬の合いの子がいた」という話を子どもの頃、耳にしたことがありました。名前をウシウマと聞いたもののどういう形をしているか想像できませんでした。調べてみると、「頭は馬、首は牛」といわれる小型の馬で、たてがみと尾に長い毛がない珍獣であることがわかりました。第二次世界大戦後の1946(昭和21)年6月頃、種子島で飼育されていた最後の1頭が死に、ウシウマは絶滅したといいます。 “連載コラム・日本の島できごと事典 その78《ウシウマ》渡辺幸重” の続きを読む

近刊解説《片山通夫写真集 ONCE UPON A TIME》井上脩身

「片山作品に見る冷戦下のフォトジャーナリズム」 001

片山通夫さんは私と同い年の1944年生まれである。高校に入学したのが1960年、いわゆる安保の年だ。安保条約はつまるところ東西冷戦のなか、わが国がアメリカの核の傘に入ることであったといえるだろう。核戦争の恐れは1962年のキューバ危機により具体的恐怖となり、人類は核の均衡という緊張状態のなかで息をつめて生きていくことになる。こうした時代背景をうけて、若き日の片山さんはカメラを手にキューバにとび、米ソ対立の最前線にあるカリブの国の人たちの実相に迫った。そこで磨いたカメラアイはやがて日本の敗戦でサハリンに取り残された朝鮮人に向ける。深いしわの奥ににじむ誇りと尊厳。片山さんはレンズを通して物言わぬ辺境の地の人たちに寄り添う。そこに私はフォトジャーナリストとしての鋭い時代感覚と温もりある人間性をみる。 “近刊解説《片山通夫写真集 ONCE UPON A TIME》井上脩身” の続きを読む

連載コラム・日本の島できごと事典 その77《怒りの孤島》渡辺幸重

映画『怒りの孤島』のポスター

1958(昭和33)年2月封切りの『怒りの孤島』という映画を、私は子どもの頃に移動映画で観た記憶があります。汚い檻の中に“オオカミ少年”のような男の子が閉じ込められ、みすぼらしいなりの少年数人が島を脱走する映像がショッキングでした。同じ島の人間として、島社会の“闇”をえぐられているような気がしてその記憶を封印しましたが、映画では「愛島」となっている島は瀬戸内海の情島(山口県)で、実際にあった事件がモデルであることを大人になって知りました。梶子(舵子)として雇い入れた少年たちへの虐待の表現には曲解や誇張もあり、その後、島では少年虐待のレッテルを払拭するための努力があったこともわかりました。第二次世界大戦直後の激しく変化する社会の中で島の古い因習も国民の社会意識も大きく変わる過渡期のできごとでした。
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片山通夫写真集 “ONCE UPON A TIME” Lapiz 誌上予告展001

ようやく懸案の1,960年代から撮りためた、片山通夫写真集 “ONCE UPON A TIME”が出来上がりました。編集をしてくださいました戸上泰徳氏にはさんざん無理を言ってしまいましたが、最後までお付き合いいただき、ただただ感謝あるのみです。

神宿る。《京都・糺すの森にて》片山通夫

糺の森のご神木。下鴨神社境内の原生林の中だから、もう森全体が神域のご神木群。

糺の森は京都の北、京阪電車の北の終点、出町柳駅から歩いて10分ほどのところにある下賀茂神社の境内にある原生林を指す。「ただすのもり」と読む。この糺すは「事の是非・真偽・事実や真相などを追及すること。問い質す(といただす)こと。「質す(ただ-す)」よりも厳しい追及のニュアンスがある語彙」と辞書にあるように厳しく問いただすというようなニュアンスらしい。

この名前の由来だが、「偽りを糺すの意とするほか、賀茂川と高野川の合流点であることに起因して只洲とする説、清水の湧き出ることから直澄、多多須玉依姫の神名に由来するという説などの各説がある。他に、木嶋坐天照御魂神社(蚕の社)にある元糺の池およびその周辺の元糺の森から遷された名前であるという意見もある。 (この項ウイキぺディア)