冬の夜の昔話《神隠し 02》片山通夫

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佐脇嵩之『百怪図巻』より「ゆき女」

遠野物語などに出てくる話で不思議なのが神隠しと呼ばれる現象だ。前に書いたようにある場所である人が忽然と姿を消す。ある時は山へ出かけて帰ってこない場合もある。山なら遭難ということも考えられるが、便所へ入ってそのまま姿を消す場合もある。
原因はわからない。天狗や鬼、狐、妖怪、怨霊などのせいかもしれない。不思議なことに姿を消す期間はまちまちである。
そしてある時姿を消した便所から忽然と姿を現すこともある。

定かな理由はわからない。最もわからないから神が関与しているということなのかもしれない。この「神」とは、神奈備、神籬、磐座などに鎮座するアマテラスやスサノオなどだけでなく、八百万の神々をさす場合も、天狗や鬼、山の神や山姥、人ををたぶらかす狐など妖怪変化の場合もありそうだ。もしかすると冬には?

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冬の夜の昔話《神隠し》片山通夫

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神隠しイメージ

深い森などで忽然と人がいなくなる。理由はわからない。自分の意志で消える場合もある。これは蒸発ともいわれる。しかし決して自分の意志ではないが忽然と姿を消す場合がある。決して事件性はない。まあ、それこそが事件なのかもしれないが。そしてその姿を消した人が何年か何日かは決まっていないが、忽然と姿を現す。
こんな現象を人は神隠しというらしい。

 ウイキペディアによると次の通り。
 人間がある日忽然と消え失せる現象。神域である山や森で、人が行方不明になったり、街や里からなんの前触れも無く失踪することを、神の仕業としてとらえた概念。古来用いられていたが、現代でも突発的な失踪のことをこの名称で呼ぶことがある。
 

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寒い冬の夜話《遠野に見た河童淵 005-2》片山通夫

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捕獲許可証に書かれているように、河童は新鮮な野菜が好きなようだ。カッパ淵に備え付けてある旅行者用の釣り竿の先にはしっかりと胡瓜がつけられていた。そういえば胡瓜巻という巻きずしはカッパという。カッパと胡瓜は切っても切れない中仲なのだ。 カッパ淵の水辺にはカッパの神を祀った小さな祠(写真)が建っている。カッパの神は乳の神であり、乳児のある母親が母乳の出がよくなるよう祈願するとよいとされ、祠には、女性が奉納した赤い布による乳房を模ったぬいぐるみのようなものが置かれている。

参考 カッパにまつわる写真 ↓

 

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寒い冬の夜話《遠野に見た河童淵 005》片山通夫

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カッパ淵

岩手県遠野にはカッパが住んでいる。何しろえら~い柳田國男と言う大先生が遠野物語という本に書いているのだから、間違いない。あんな偉い先生が嘘をつくはずがないのだ。さてそのカッパ淵だが、遠野市内の土淵町にある常堅寺裏を流れる小川の淵がそうなのだ。今や写真で見るように胡瓜を餌に河童を釣ろうとする輩も出没するありさま。もちろんこの淵でカッパを釣ろうという向きは必ず遠野市観光協会発行の捕獲許可証を取得する必要がある。勿論許可証の裏面には捕獲7か条なる決まりがある。よく心得るべしなのだ。(この項続く)

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寒い冬の夜話《雪の深い夜、座敷わらしが踊りだす 004》片山通夫

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座敷わらし イメージ

座敷童子(ざしきわらし)は、主に岩手県に伝わる妖怪。 座敷または蔵に住む神と言われ、家人に悪戯を働く、見た者には幸運が訪れる、家に富をもたらすなどの伝承がある。

もうかなり以前だったが、遠野の曲がり家に泊まったことがある。例にもれず雪の深い夜だった。炉が切られていて、その炉を囲むように座り、夕食を食べるのだが、たまたま入口の土間を背中に座ってしまった。顔や胸などは炉の火にあたってとても暖かかった。しかし背中は隙間風が入ってきて・・・。2階の広い座敷の真ん中に布団が敷いてあった。部屋の中は石油ストーブが一つ。暖かいはずもなく、あまり近づけることもできず・・・。

写真は残念ながら撮らなかったが、おかっぱ頭の日本人形がご丁寧に置いてあった。

遠野は様々な民話というか様々な話が伝わっていることはよくご存じだとおもう。でんでらの、河童、そして神隠し、乙爺などなど。

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