連載コラム/日本の島できごと事典 その13《春一番発祥の地》渡辺幸重

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春一番の塔

あなたは“春一番(はるいちばん)”という言葉にどんなイメージを浮かべますか。「もうすぐ春ですね」というキャンデーズの明るい歌でしょうか。では、「明日、春一番に襲われるかもしれません。海難事故に気をつけてください」という“春一番警報”が出たらどうでしょうか。実は、春一番というのは漁師に恐れられた怖い暴風でもあるのです。
幕末の1859年3月17日(安政6年2月13日)、長崎県の壱岐島の漁師が出漁中、南からの強風によって船が転覆し、53人の犠牲者が出る海難事故が起きました。この風が春一番なのです。地元では「春一(はるいち)」「春一番」「カラシ花落とし」と呼ばれており、この事故をきっかけに「春一番」という気象用語が全国に広まったといわれています。民俗学者の宮本常一は郷ノ浦(ごうのうら)町で聞いた「春一番」の言葉を1959年に『俳句歳時記』で紹介しています。
現在は東北以北と沖縄を除く地域で春先に吹く南寄りの強風のことを春一番としており、テレビの気象情報でおなじみの言葉です。石川県能登地方や三重県志摩地方以西などで昔から用いられていたといわれ、春一番の語源には諸説あるようですが、壱岐島の故事がもっとも有名で、1987年(昭和62年)に「春一番発祥の地」として郷ノ浦港入口の元居公園に「春一番の塔」が建立されました。その横には銘板「春一番海難記」があり、近くには遭難者慰霊塔があります。
なお、新聞では1963年2月15日の朝日新聞朝刊での「春の突風」という記事が初めて春一番の語を使ったとされ、この2月15日が「春一番名付けの日」となっています。

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連載コラム/日本の島できごと事典 その12《オトーリ文化とコロナ禍》渡辺幸重

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 2020年1月以来、全世界において新型コロナウイルスが猛威を振るっており、2021年2月中旬現在で累積の感染者数は約1億854万人、死者数は約240万人に達しています。昨年4月~6月には日本の島々は一斉に来島自粛要請を出しました。医療体制が脆弱な島が多く、超高齢社会だからです。
にもかかわらず、人口約5千人の鹿児島県・与論島で7月22日~8月7日に島外在住者も含め計59人の感染が確認されました。さらに11月に入ってからも与論島で2度目のクラスター(感染者集団)が発生し、11月10日までに55人の感染が明らかになりました。患者は鹿児島県本土、奄美大島、沖永良部島、与論島の病院に入院しました。
2011年に入って沖縄県の宮古島でもクラスターが発生し、1月末までに40人が感染しました。宮古島市唯一の感染症指定病院・鹿児島県立宮古病院は1月26日から一般外来を中止する事態にまで至り、1月31日から2週間、反対の声もあがる中で県の要請を受けて陸上自衛隊第15旅団災害派遣部隊が高齢者福祉施設内で医療支援活動を行いました。
クラスター発生の原因は不可抗力も含めいくつも考えられ、必ずしもはっきりしませんが、島の風習である“回し飲み”文化も一因として挙げられています。与論島では宴席などで口上を述べながら黒糖焼酎を回し飲む「与論献奉(けんぽう)」という風習があります。同じように宮古島では泡盛を回し飲みする作法「オトーリ」があります。酒に弱い人が断りやすいように宮古保健所では2005年度から「オトーリカード(イエロー・レッド)」を発行しており、2018年度からは「美ぎ酒(かぎさき)飲みカード」と呼んでいます。宮古島市ではオトーリの自粛を強く呼びかけています。
コロナ禍は酒飲み文化を大きく変えようとしています。

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連載コラム/日本の島できごと事典 その11《風土病フィラリア》渡辺幸重

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八丈小島のバク患者。左足が象皮病(ウィキペディアより)

伊豆諸島・八丈島の西方約4kmに八丈小島という無人島があります。1969年(昭和 44年)に住民全員が離島するまでは24戸91人が住んでいました。
この島に八丈小島でしかみられない“バク”と恐れられた風土病があり、医師がいない島で住民は長い間苦しめられました。八丈島の人は「小島のバク」と呼んで恐れ、八丈島の漁師や海女は病気を恐れて小島へは上陸しなかったそうです。島民の多くは10代半ばまでに熱発作を出すといわれ、何の前ぶれもなく寒気と戦慄に襲われ、震えが起きました。人々は原因は島の水に毒があるからで大昔からあるバクにかかるのは仕方のないことだと考えていました。八丈小島に伝わる民謡の一節に次のような歌詞があります。
 ♬ わりゃないやだよ この小島には ここはバク山 カブラ山
(カブラとは島の太平山の山頂付近で栽培された大かぶのこと)

バクは「マレー糸状虫(しじょうちゅう)によるフィラリア症」の一種で、トウゴウヤブカが媒介し、高熱や下肢の象皮症を起こす病気でした。愛媛県佐田岬半島、長崎県、鹿児島県、奄美、沖縄県各所など日本でもフィラリア症はありましたが、それはバンクロフト糸状虫によるもので、マレー糸状虫によるものは日本では八丈小島だけにある風土病だったのです。明治期に内務省衛生局や京都帝国大学、九州帝国大学が現地調査を行いましたが原因究明に至らず、第二次世界大戦後の1948年(昭和23年)から調査研究に取り組んだ東京大学付属伝染病研究所の佐々(さっさ)学によって原因解明と治療法開発が進められました。その結果、世界で初めてトウゴウヤブカによる媒介がわかり、特効薬による治療法に達したのです。この体験はその他の地域のフィラリア症治療にも生かされ、1988年(昭和63年)の沖縄県宮古保健所における根絶宣言により日本は世界で初めてフィラリア症根絶の国になりました。そのフィラリア防圧モデルは世界各地でも活かされているそうです。
佐々学がバクの研究に打ち込んだ時代は、東京~八丈島の船が5日に1便、八丈島~八丈小島への船が月に2便しか通っていませんでした。八丈島の民宿滞在中の佐々に「アメリカイキキマル スグモドレ」という電報が届いたとき佐々は電報を破り捨てて八丈小島行きの船に乗ったといいます。バク研究の使命感がアメリカ行きを諦めさせたのでした。歴史上の偉人の肝っ玉の大きさには本当に感心させられます。

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連載コラム/日本の島できごと事典 その10《南西諸島と琉球列島》渡辺幸重

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 みなさんは鹿児島県南端から台湾北東にかけて連なる島々を何と呼びますか。「南西諸島」「琉球列島」「琉球弧」という言葉を思い浮かべるでしょうが、これらの言葉に違いはあるのでしょうか。
「南西諸島」の名称は明治期に国の水路部(海上保安庁の前身)が使い始めた行政用語です。九州鹿児島県に属する薩南諸島(口之三島を含む大隅諸島、吐?喇列島、奄美群島)、沖縄県に属する沖縄諸島(沖縄島とその周辺)、宮古列島、八重山列島、さらに沖縄諸島の東にある大東諸島および八重山列島の北にある尖閣諸島を含むとされています。「琉球列島」と「琉球弧」はほぼ同じような使われ方をしており、琉球弧の方は地学的な説明に多いようです。琉球列島の範囲は必ずしもはっきりせず、次の1)~3)のように南西諸島の全体あるいはその一部となります。
1)南西諸島と同じ地域
2)かつての琉球国の領土とほぼ重なる地域。奄美群島、沖縄諸島、宮古列島、八重山列島の総体
3)奄美群島を除くほぼ北緯27度以南の沖縄県所属の島々の総称
2)あるいは3)の地域を「琉球諸島」と呼ぶこともあります。すなわち、沖縄島は南西諸島・琉球列島・琉球諸島・沖縄諸島に属します。
これらの島々の総称をどう呼ぶかは分野や立場によって異なります。私は大都市中心の呼び方が嫌いなので「(東京から見て)南西にある諸島」という言い方にはひっかかりがあります。大和時代の「南島」が「琉球」と重なるのでどちらかというと琉球列島の方を好みますが、琉球国の支配地域と完全に重なるわけではないし、琉球国という支配者側への反発もあるので迷いがあります。中国の歴史書には流求、流乢、流鬼、瑠求などの文字がみえ、琉球は中国の呼び方だから嫌いという人もいるようです。私はとりあえず「九州島から台湾島の間に弧状に連なる島々」とし、南西諸島と琉球列島を状況によって使い分けるようにします。

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連載コラム/日本の島できごと事典 その9《日本三大弁天》渡辺幸重

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厳島神社

「日本三景」など日本人は有名なものを三つ並べるのが好きなようです。「日本三大弁天」もその一つで、いずれも島にあります。厳島(広島県)・竹生(ちくぶ)島(滋賀県)・江島(神奈川県)の3ヶ所と聞くと「なるほど」とうなずく人も多いのではないでしょうか。
弁天(弁才天/弁財天)さんはもともと仏教の守護神なので寺と神社がセットになって祀られています。大願寺・厳島神社、宝厳寺・竹生島神社、そして明治初年の神仏分離で与願寺から神社に変わった江島神社となります。弁天さんのルーツはヒンドゥー教の女神・サラスヴァティーで、仏教に取り込まれて弁才天になりました。音楽神・福徳神・学芸神で、琵琶を手にした姿は神々しいというより“愛らしい・なまめかしい”という表現がぴったりです。毎年6月に竹生島神社で『三社弁才天祭』が行なわれます。三大弁天の御朱印を集める人もいます。
竹生島は「琵琶湖八景」のひとつ「深緑・竹生島の沈影」で知られ、「日本最古の弁才天」「弁才天の発祥地」ともいわれます。能の演目『竹生島』はあまりにも有名です。江島神社は「辺津宮」「中津宮」「奥津宮」の三社があり、奥津宮は海上に造られた桟道を進んだ先の洞窟「江の島岩屋」の中にあります。役(えん)の行者が開き、空海(弘法大師)や日蓮も参籠したそうです。江戸時代には江島詣の参拝客でにぎわいました。“安芸の宮島”ともいわれる厳島では神仏分離の際に仏教的な建築とみなされ、あやうく焼却されそうになりました。
日本三大弁天に、奈良県天川(てんかわ)村の天河大弁財天社と宮城県石巻市の金華山(きんかさん)黄金山(こがねやま)神社を加えて「日本五大弁天」といいます。金華山も島です。「三年続けてお参りすれば一生お金に困ることはない」という言い伝えがあるありがたい弁天さんです。

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