コラム/日本の島できごと事典《うな太郎》フリージャーナリスト 渡辺幸重

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[日本の島できごと事典(その4)]うな太郎

うな太郎の墓 写真はインターネットから

長崎県の南西部・野母半島(長崎半島)の先端近くに樺(かば)島があります。オオウナギの「8代目うな太郎」はそこの古井戸に棲んでいました。残念ながら2011年(平成23年)に推定30歳で死亡しましたが、体長は1.6m1.8mとも)、胴回りは47cm、体重は12.6kgあったそうです。井戸の脇にうな太郎の墓があります。この古井戸は「オオウナギ生息地の北限」として1923年(大正12年)に国の天然記念物に指定されました。しかし和歌山県や徳島県などでもオオウナギが国の天然記念物になっているので、いまでは北限とはいえないようですが、オオウナギは鹿児島県南部以南に生息する熱帯性の生き物なので珍しいといえます。 “コラム/日本の島できごと事典《うな太郎》フリージャーナリスト 渡辺幸重” の続きを読む

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コラム/日本の島できごと事典《水俣病》フリージャーナリスト 渡辺幸重

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[日本の島できごと事典(その3)]水俣病

九州島・水俣湾はメチル水銀に汚染され、1958年(昭和33年)8月から1997年(平成9年)10月までの39年間、封鎖されました。汚染魚が外海に出ないように全長4,400mの大型仕切り網で封鎖線を張ったのです。水俣湾の入り口にある恋路島も閉じ込められました。水俣港では大規模な埋め立てでメチル水銀を閉じ込め、浚渫で汚染土をさらいました。 “公害の原点”といわれ、第二水俣病、四日市喘息、イタイイタイ病と並ぶ日本の4大公害病のひとつ・水俣病の一側面です。恋路島は合戦に出陣した薩摩の武将の妻が夫を想って石を積んだと伝わる無人島で、水俣市は恋路島とその周辺海域を水俣の自然再生のシンボルとして自然体験ツアーなどを催していますが、水俣病患者の苦しみはいまでも続いています。 “コラム/日本の島できごと事典《水俣病》フリージャーナリスト 渡辺幸重” の続きを読む

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コラム/日本の島できごと事典《プロローグ》フリージャーナリスト 渡辺幸重

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石垣原人

日本は島国です。いくつかの大きな島と多くの小さな島が日本列島を作り、文化を伝えあいながらそれぞれの社会を作ってきました。島は“外世界”からの情報を受けて“内世界”に伝え、同時に中央権力の政策や社会の大きなうねりに翻弄されてきました。小さな島の歴史はあまり知られていませんが、そこには日本の歴史の痕跡がくっきりと残っています。島は日本社会を映す“鏡”であり、「島を見ると日本がわかる」のです。島での“できごと”から「この国はどんな国か」「この国をどういう国にするか」考えてみましょう。 “コラム/日本の島できごと事典《プロローグ》フリージャーナリスト 渡辺幸重” の続きを読む

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