冬の夜更けは・・・001《師走に思う》片山通夫

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秋が過ぎて冬が来る。

初冬という冬を表す言葉がある。大辞林の解説では「陰暦では春夏秋冬それぞれに「初~」「仲~」「晩~」とつけると月の表示となり、『大辞林』のような記述となります。「初」がつく月はその字の通り季節のはじめをあらわします。「孟」も「初」と同様で、『全訳漢辞海 第二版』によると「四季で、それぞれの三か月のうち最初であるさま。《孟・仲・季の順》「孟春(=正月)・仲春(=二月)・季春(=三月)」「孟夏(=四月)」「孟秋(=七月)」「孟冬(=十月)」」とあります。」とある。 “冬の夜更けは・・・001《師走に思う》片山通夫” の続きを読む

秋の夜長に聞く話《星空を眺めて》片山通夫

COP26が終わった。まあ、それぞれの国の立場や考えがグラスゴーの街で静かに衝突、つまり偽善的な終了を迎えたという印象を筆者は受けた。
11月20日のAFP通信は「トゥンベリさん、英首相を糾弾 COP26にプライベートジェットは「偽善的」という18歳の少女の意見を掲載した。
https://www.afpbb.com/articles/-/3376891

彼女はAFPに「もちろん気候危機はプライベートジェットによって引き起こされたものではないが、気候危機を解決しようとしながら、ボリス・ジョンソン氏のようにすぐ近くに住んでいる世界の首脳がプライベートジェットでグラスゴー入りしたことは、やや偽善的だ」と語った。「それでは正しいメッセージを発信することにならない」。英首相は「再びグラスゴーに向かう際には列車」を利用したという。

またグラスゴーでは「石炭火力発電の性急な廃止」を求める国の主張の裏には「原発推進」の意図が隠されていたように思える。いずれにしても各国の思惑が入り乱れ、「青い地球」を保つことはなかなか難しいようだ。

一度グラスゴーの星空を眺めながら各国首脳が歓談すればよかったのかもしれない。

秋の夜長に聞く話《読書の秋》片山通夫

物悲しい。これが秋の代表的なイメージ。勿論ご存じ「食欲」、「スポーツ」、「天高く…」などなど
積極的な秋もある。何しろ馬が肥えるのが秋なのだから…。

ここではもっと詩的な話をしたい。このシリーズのタイトルにもある「秋に夜長」を考えてみたい。
秋分の日を過ぎると昼がどんどん短くなってゆく。その現象は実に冬至に至るまで続く。
こんな時期を「秋の夜長」と昔の人は表現した。

さてその長くなってゆく夜の過ごし方だが、皆さんはどのように?

最近ではインターネットで色んな映画が配信されている。高速WIFIを自宅で繋ぐとあらゆる世界の映画報を見ることができる。無論大画面で見ることもできる。
しかし何となく大画面で見るのは落ち着かない。
そこそこのモニターで見たいものだ。

しかし本当は秋の夜長には読書が似合う。
秋の一日、ゆっくりと美術館などで過ごし、心地よくつかれた体を休めながら読書などすれば満点だ。

秋の夜長に聞く話《秋は人を詩人にする》片山通夫

 

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秋はますます深まってゆく。

芭蕉の句に

「秋深き 隣は何をする人ぞ」

中学だったか高校だったか、所謂生意気盛りの筆者は思ったものだ。

「何をしようと勝手だろ・・・・」
さすがに最近はそんなことは思わない…。(当たり前か)
隣の人は何をして深まりゆく秋を楽しんでいるのかな
こんな意味だそうです。

〇秋深き かげともなひて 部屋にあり   高浜年尾(たかはまとしお)

〇秋深き 大和に雨を 聴く夜かな   日野草城(ひの そうじょう)

〇下駄の音 ころんと一つ 秋深し   富安風生

秋は人を詩人にする。

 

秋の夜長に聞く話《東大寺大仏殿》片山通夫

最後に
なぜこのような大寺院がいつ建てられたのか少し説明しておきたい。
時代は奈良時代(8世紀)に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺である。奈良大仏として知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)を本尊とし、開山(初代別当)は良弁である。建立の背景は724年聖武天皇が即位した頃、地震や疫病などの災いが起り、天皇は仏教に救いを求め、全国に国分寺や国分尼寺を建立、総本山の奈良・東大寺には大仏をつくった。
このような寺院建立が全国規模で行われたことは、かえって民に負担を強いて国力が衰えると思えるのだが、今の考えは8世紀には通じない。