渡来人たちの宴《卑弥呼とアマテラス 3》片山通夫

 魏志倭人伝という史書だが、当時も今も卑弥呼に関して書かれた物は他に見当たらない。つまり検証のしようがないということにもなる。まして外国の史書であり、唯一残されただけに、ありがたく信ずるのもいいが、中国の歴史書『三国志』中の「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条の略称であり、必ずしも正確に記録されたものではないという印象がある。
しかしながら当時(3世紀頃)の倭国(日本)に関して書かれた唯一のものなので、貴重な書であることは当然である。しかしながら書かれている内容すべてが正しいとも思えない。 “渡来人たちの宴《卑弥呼とアマテラス 3》片山通夫” の続きを読む

渡来人たちの宴《卑弥呼とアマテラス 2》片山通夫

吉野ケ里遺跡公園

卑弥呼は太陽をあがめた、いや、太陽を利用した。月の満ち欠け、太陽の満ち欠けなど天体の現象を読み、鬼道に利用し国を治めた。そうでないと小国家間の争いをまとめ、それらの国の集合体に君臨することはかなわなかったはずである。

卑弥呼は太陽を司っていた。時代は弥生時代である。農業が盛んな時代だといえる。卑弥呼は中国や韓国から今でいう天文の知識を得たと思う。 “渡来人たちの宴《卑弥呼とアマテラス 2》片山通夫” の続きを読む

渡来人たちの宴《卑弥呼とアマテラス》片山通夫

少し遡ってみる。Lapiz春号で掲載した「渡来人たちの宴」では白村江の戦いで終わった。時は7世紀半ばのことだった。本稿で取り上げる卑弥呼は2世紀頃の人物だと思われる。およそ500年ほど遡ることとなる。
卑弥呼が歴史に登場するのは中国の『三国志』の中に書かれている『魏志倭人伝』。邪馬台国に都をおいていたとされる。卑弥呼が死亡したときには、倭人は直径百余歩(この時代の中国の百歩は日本の二百歩に相当する)もある大きな塚を作り、奴婢百余人を殉葬したとされている。
そして卑弥呼に関しては「鬼道」で衆を惑わしていたと魏志倭人伝にある。 “渡来人たちの宴《卑弥呼とアマテラス》片山通夫” の続きを読む