びえんと「笠戸丸出港110年の光と影」:文 井上脩身

――ブラジル移民の蒼氓――
 笠戸丸が第1回の移民船としてブラジルへの移民781人を乗せて神戸港を出港したのは1908年4月28日のことだ。それからまる110年がたった。ブラジル移民とはなんだったのだろう。この移民をテーマにした石川達三の小説『蒼氓』を読み返し、かつて国立移民収容所だった神戸市立海外移住と文化の交流センター(以降、交流センター)を訪ねた。「さあ行こう一家をあげて南米へ」のキャッチフレーズにのって、言葉も習慣も季節も何もかもが違う地球の裏側の国に渡った移民たち。その決断はなみなみならぬものだったに違いない。日本に残っても地獄、ならば少しでも夢がある方にかけたのであろう。1908年といえば明治維新からちょうど40年後だ。「富国強兵」を掲げた明治という時代。その威勢のよさの陰にブラジル移民があった。 “びえんと「笠戸丸出港110年の光と影」:文 井上脩身” の続きを読む

編集長が行く「秩父事件に見る明治維新の本質」:井上脩身編集長

秩父事件にみる明治維新の本質 ~自由を求めた農民蜂起~
文・写真 Lapiz編集長 井上脩身

 明治維新は農民に犠牲を強いた政変ではないのか。私は高校3年生のときに日本史を習って以来、このような疑問をいだいてきた。専門的に学んだわけではないので、根拠といえるほどの理由はない。だが、明治新政府が産業振興と軍備増強を基本とした近代国家を目指そうとしたところで、突然産業構造が変わるはずはなく、結局のところ江戸経済の根幹であった農民からの税収に頼るしかない。極論すれば明治とは江戸時代以上の農民から収奪の時代といえないか。そんなふうに思いをめぐらしていて、高校時代の教科書のなかに秩父事件があったことを思い出した。犠牲を強いられた農民たちが国に立ち向かうのは当然だろう。今年は明治維新150年の年である。明治維新の本質を秩父事件のなかに見ることができるのではないか。4月下旬、秩父を訪ねた。 “編集長が行く「秩父事件に見る明治維新の本質」:井上脩身編集長” の続きを読む

Lapiz2018夏号《coverstory 鄭泰植の挑戦》:片山通夫

ソ連軍の樺太侵攻と敗戦

鄭泰植(左写真)は1930年(昭和5年)12月生まれというから、今年87歳になる。植民地朝鮮で生まれ1943年に樺太で働く父・好潤(ホユン)を頼って西柵丹へ渡った。戦況が厳しくなるにつれて、樺太の石炭を本土へ運ぶことができなくなった。制海権を敵側に奪われて来たのである。日本政府は樺太の炭鉱の閉鎖を決め、炭鉱夫など労働者を本土の常磐炭鉱と筑豊炭鉱へ移動させた。好潤は九州の筑豊炭鉱へ移動し、そこで日本の敗戦を知った。その頃、好潤の帰りを待つ泰植たちの一家の住む樺太はソ連軍によって攻撃されていた。樺太の敗戦は8月19日以降に徐々に進んだものの、ソ連軍の上陸作戦による戦線拡大もあった。8月23日頃までに日本軍の主要部隊との停戦が成立し、8月25日の大泊(現コルサコフ)占領をもって樺太の戦いは終わった。 “Lapiz2018夏号《coverstory 鄭泰植の挑戦》:片山通夫” の続きを読む

Lapiz2018夏号《空撮の世界・富山県砺波平野の散居村》:小田真

散居村は広大な耕地の中に民家(孤立荘宅)
が散らばって点在する集落形態をいう。我が
国でも最大の面積を誇角は富山県砺波平野で
あり、およそ 220 平方キロメートルに 7,000
戸程度が散在している。砺波平野の散居村は
16 世紀から 17 世紀にかけて成立したと考え
れれている。通常の集落は家屋が一か所に集
まっているが、ここでは散居している。一説
には広大な平野を見渡せれば検地などの時不
利であるために、散居して各家には屋敷林を
植えて見渡せなくしたとも言われているが、定かではない。

Lapiz2018夏号《巻頭言》:井上脩身編集長

国立公文書館(東京都千代田区)で今春、特別展「江戸幕府最後の闘い――幕末の文武改革」が開かれました。今年が明治元年(1868年)から150周年に当たるのを記念しての企画です。新聞に「江戸幕府も近代国家への脱皮を試みていたことがわかる」と紹介されていました。NHKの大河ドラマ「西郷どん」を欠かさず見ている私は何らかの知識を得たいとおもい、4月末、展覧会をのぞいてみました。 “Lapiz2018夏号《巻頭言》:井上脩身編集長” の続きを読む