人物時計・大阪ぐりぐりマルシェ《自然栽培「小太朗 農園」》中川眞須良

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妻真寿美(マスミ)さんと共に前田博史さん

自然栽培 「小太朗 農園」
代表  前田 博史 (マエダヒロシ)さん
・「地球は美味しい・地球はたのしい・」をキャッチフレーズに・・・・・。
・自然・太陽・水・土の恵みを基本精神に・・・・・。
・小春日和の太陽のような朗らか農園をめざして・・・・・。(妻・真寿美さんのコメント

 

自然野菜、果物はもちろん、ゆず味噌・山椒味噌・米味噌などをアレンジした
瓶詰め商品も多数製造、販売。

大阪府岸和田市河合町 在住

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《渡来人たちの宴・外伝 15》片山通夫

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続 曽我氏一族

曽我氏の祖と言われる武内宿禰像が載った紙幣

曽我稲目から馬子、蝦夷そして入鹿と4代にわたって権勢をほしいままにした曽我氏一族はおよそ100年ヤマト朝廷で君臨したことは前回書いた。
それではその出自を少し説明したい。書かれた文献は古事記や日本書紀しかないが一応探してみた。武内宿禰(写真)という人物が神功皇后が三韓征伐そ行ったときに活躍した人物だ。日本書紀他の伝承では景行天皇14年に生誕し仁徳天皇55年に亡くなったと伝えられている。121年生きていたことになり全く信頼できない。その人物が曽我氏の始祖らしい…。 “《渡来人たちの宴・外伝 15》片山通夫” の続きを読む

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《渡来人たちの宴・外伝 その14》片山通夫

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曽我氏一族

入鹿暗殺の現場跡 板蓋宮跡

石舞台の規模の墳墓を造成させるだけの権力を持っていたと思われる。 曽我氏は飛鳥にその本拠を置いて、曽我稲目から馬子、蝦夷そして入鹿と4代にわたって権勢をほしいままにした。ヤマト朝廷の最高位・大臣を務め、自分の娘を大王の期先として送り込み、そして生まれた子を次代の大王として即位させた。大王家の外戚としての地位を得、わが世の春を謳歌した。今のところ、石舞台は馬子の墓だと思われているが定かではない。 “《渡来人たちの宴・外伝 その14》片山通夫” の続きを読む

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《渡来人たちの宴・外伝 その13》片山通夫

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石舞台古墳

蘇我馬子の墓か?奈良・飛鳥の石舞台

話は少しさかのぼる。飛鳥に大きな石舞台古墳があることは、ご存じだろう。古墳というからには、だれか有力な豪族の埋葬地だと思われている。この時代、まだ大化の改新前の話で、つまり、大王(おおきみ)親政の中央集権以前の時代だと思われる。とにかく大きい。石は大小約30個、最大の石で約77tと推測される。総重量は2300tだという話。本来、土に覆われた小高い丘のようだったと思われるが、なぜか土が流れて玄室が露出してしまったとか。 “《渡来人たちの宴・外伝 その13》片山通夫” の続きを読む

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