春の宵物語《行く春(ゆくはる) 晩春再び》

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今まさに過ぎ去ろうとする春のこと。寒い冬の後に待ちわびた春。しかし瞬く間にその春は過ぎ去ろうとしている。そんな様を感じる。「春惜しむ」というと、さらに愛惜の念が強くなる。

季語としても多々歌われる。例えば
春の名残、春のかたみ、春の行方、春の別れ、春の限り、春の果、春の湊、
春の泊 春ぞ隔てる、春行く、徂春、春を送る などなど。

行はるや鳥啼うをの目は泪 芭蕉 「奥の細道」
行春にわかの浦にて追付きたり 芭蕉 「笈の小文」
とゝ川の春やくれ行葭の中 丈草 「丈草発句集」
ゆく春やおもたき琵琶の抱ごゝろ 蕪村 「五車反古」
ゆく春や鄙の空なるいかのぼり 白雄 「白雄句集」
行春やうしろ向けても京人形 渡辺水巴 「白日」
行く春や心の中の蓑一つ 長谷川櫂 「初雁」

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春の宵物語《行く春(ゆくはる) 晩春》片山通夫

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竹原・広島(イメージ写真)

過ぎ去ろうという春のことだ。晩春は「4月5日の清明から5月6日頃の立夏の前日」までということになってる。晩春は長い…? 二十四節気で見ると、5月上旬までが晩春と考えるのが良いようだ。
そこ行く春は夏を迎える時期のころと見える。初夏。春は長い冬が終わり、花が咲き鳥が啼くいわゆる陽春をイメージできるのだが、行く春は悲しい

 

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連載コラム・日本の島できごと事典 その19《日本最西端の地》渡辺幸重

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與邦国地図  地図をクリックすれば拡大

「日本最西端の地はどこですか」とたずねられると多くの人が「与那国島の西崎(いりざき)」と答えるのではないでしょうか。それは2019年(平成31)6月までは正解でした。いまでも「有人島の最西端」という意味では正解ですが、無人島を含めれば「トゥイシ」が正解になります。
トゥイシは西崎の北北西約260m、北緯24度27分5.0秒・東経122度55分57.0秒にある岩で、国土地理院は国土の東西南北端を国土地理院の2万5千分の1地形図に基づいて決定しているため、トゥイシがこの地図に記載された2019年に西崎に代わって日本最西端の地となりました。東西方向に約110mずれたことになります。日本政府は近年、領海や排他的経済水域(EEZ)を広げるためにやっきになって起点となる無人島に名前をつけていますが、トゥイシはその前から海上保安庁の航空レーザー測量に基づく海図改版(2016年)に記載され、すでに起点となっていたため最西端の地点の変更による日本の領海やEEZの変更はありませんでした。与那国島の地図を見てもらえばわかりますが、日本政府は住民の反対を押し切って2016年3月に陸上自衛隊与那国駐屯地を開設しました。移住した自衛隊員とその家族約250人は島の人口の15%近くを占めます。過酷な人頭税制度に苦しんだ象徴である「久部良(くぶら)バリ(割)」の字が地図にあるのもわかるでしょうか。税負担に耐えかねて島中の妊婦に割れ目を跳ばせ、人口調節を行ったと伝わるところです。国境の島の過酷な歴史と軍事要塞化-なんとも切ない、割り切れない思いを国土最西端の地に感じます。
ちなみに、沖縄の日本復帰前に「日本最西端の地」とされていたのは、五島列島福江島の南西約60km、男女群島の北西約35km、東シナ海に浮かぶ孤立した岩礁群「肥前鳥島」(北緯32度14分37秒・東経128度6分16秒)でした。 肥前鳥島はかつては“島”とは認められない“岩”でしたが、韓国政府が2006年頃からEEZの起点を鬱陵(うるるん)島から竹島に変更すると主張したため、日本政府が対抗して肥前鳥島を“島”に昇格し、日本側のEEZの起点とするようになったといわれます。島嶼(島や岩礁)にとって国の都合で勝手に扱われるのは迷惑千万なことでしょう。

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春の宵物語《春の和歌》片山通夫

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見渡せば柳桜をこきまぜて
都ぞ春の錦なりける

久方の光のどけき春の日に
しづ心なく花の散るらむ

桜花散りぬる風のなごりには
水なき空に波ぞ立ちける

あえて現代語には訳さない。今更・・・。

最後の和歌の「水なき空に波ぞ立ちける」とは「水のない空に花びらの余波がたっている」という意味だそうだ。つまり散った桜の花びらが空に漂ているというほどの意味なのか。
昔の人は難しい表現を楽しんだようだ。(古今和歌集より)

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