連載 のん太とコイナ《3 滝のぼり》いのしゅうじ


 アカダ川公園の盆踊りがちかづいてきました。
のん太のお父さんは、盆おどり実行委員会の役員です。
炭坑節や江州音頭、河内音頭などの毎年のレパートリーに加え、その年だけのおどりをまじえるのが、ならわしです。
「今年はなにがいいかなあ」
お父さんがポツリともらしました。
「滝おどりはどう?」
のん太がコイナの里でのできごとを話すと、お父さんは「それはいい」と乗ってきました。
実行委員会で「滝のぼり音頭」の曲づくりにかかりました。
「たきをドドドンのりこえて 天までドドドンとんでいく」
アップテンポなリズに合わせて手をふり、「ヤー」と両手をつき上げる、という現代的な盆おどりが生まれました。
のん太はコイナとコイキチを招きました。「じゃあ、ゆかたを着せたげなきゃ」
お母さんはコイのがらが入った布地をさがしてきて、おすもうさんが着るような大きなゆかたをつくりました。

こいのぼりが参加する盆おどりなんて、例がありません。
やぐらを二階だてにすることに決めたのはいいのですが、
「こいのぼりは天高く飛ぶんだろ。だったら上の階だよ」
「いや下の方が親しみやすい」
といったあんばいで、実行委員会でもまとまりません。
のん太がコイナに聞いてみると、「どっちでもいいわ」
けっきょく、こいのぼりは下の階、上の階でアカダ高校タイコ部にえんそうしてもらうことになりました。
タイコがドドドドと打ち鳴らされて、滝のぼり音頭が始まりました。
滝をドドドンのりこえて
コイナがはらびれを腰のあたりまで引き上げると、「かわいい」の声。
天までドドドンとんでいく
コイキチがピョーンととびはねました。
みんながコイキチをまねてとびはねます。
花火が二発ドーンと上がり、パッと大輪の花が開きました。(明日に続く)

連載 のん太とコイナ《3 滝のぼり》いのしゅうじ


こいのぼりフェスタの日がやってきました。
今年はいつもと違います。毎年のアカダ川でのフェスタのほかに、「おばけい」でも行うことになったのです。
おばけいはアカダ川の上流の渓谷。ほんとうの名前は「小母谷」。
長さ二キロくらいのおばけいの中ほどに、二段の滝があります。
「滝のぼりフェスタをしては」との市民の意見にこたえて、
「滝つぼの手前と下の段の滝に、こいのぼりを水につかるようにつるす。そして上の段の滝には、コイナとコイキチにのぼってもらう。
というもよおしを実施することになったのです。
滝のぼりフェスタには大勢の人がやってきました。
滝つぼのそばに小さな広場があります。
市長さんにつづいて、のん太がマイクを手にしました。
滝の上部に達したコイナを指さし、
「あの子は天までとび、天の川を泳ぎたいのです。でも、天の川は見えません。天の川が見えるようにしてください」


コイナは里で静かにすごしています。でも、何かもの足りません。
あるとき、コイキチが「コイの町に行ってみたいな」とひとり言のように言いました。コイナはハッとしました。コイの町にはたくさんの花が咲いていたのでした。
「この里をコイの町のようにするわ」
コイナはいろいろな野の花のタネを小川のそばにまきました。やがて赤、紫、黄色など色とりどりの花が咲きました。
さわやかな香りがひろがり、小鳥が気持ちよさそうにさえずります。せせらぎも、やわらかな音色をひびきかせています。
たまたま中が空洞になった倒木をたたくと、ゴーンとなりました。幹の太さが異なると、音の高さや質がちがいます。
太い幹は低くドーン。
細い幹は高くトーン。
音にあわせて高く低くさえずる小鳥。ピョンとはねて、せせらぎの音にアクセントをつける小魚。
「色、香り、音。自然は美しいハーモニーを生むんだわ」
コイナの言葉も美しい、とのん太は思いました。
(おわり)

連載 のん太とコイナ《3 滝のぼり》いのしゅうじ


滝のぼり競争に出場するのは六人。初出場はコイナだけ。ほかの五人は何回か出ていて、「今年こそ」と気力をみなぎらせ、自信満々のようす。
のん太とみどりは、コイナとおばあさんに連れられ、滝がよく見えるところに陣取りました。
「ここは烏弱??の軍ぜいが火縄銃を撃ったところ」
とコイナのおばあさん。のん太は「弱??」という弱そうな名前と、コイキチとが重なり、いやな予感がしました。
察しのいいコイナがクスッとわらいました。
「コイキチは強??よ」
競争が始まりました。
コイキチは少し出遅れたけれど、中ほどでグッとスピードをあげて一気に抜き、水が落ちだす滝口のところに一番のり。その勢いで、ポーンと天に向かって飛びあがりました。
里の山の向こうには、金色にかがやくヤリ山があります。滝から高く飛び上がらないと見えない神秘の山です。
コイキチはヤリの山の黄金の光を、目にきざみこみました。

滝の横の広場で表彰式が行われました。
表彰台には里長(さとおさ)が立っています。もう何百年も生きている里長。電気もガスもないこの里でこいのぼりが暮らしていけるのは、経験豊かな里長がいるからなのです。
コイキチが表彰台にあがりました。
里長が声をかけます。
「こいのぼりの里の勇者とみとめる」
会場には里のすべてのこいのぼりが集まっています。コイキチをたたえて、どよめきが起きました。
「ウオー」
どよめきがしずまると、滝のぼり踊りが始まりました。
コイキチにかわって、おばあさんが表彰台に上がりました。
滝のぼり競走の一番が里長とともにおどるのが決まりですが、コイキチが「おばあさんに」と強く言いはったのです。
それぞれが体を低くし、地面すれすれのところでおなかのひれをふるわせます。すこしずつ体をもちあげ、胸をはってひれで天をつく。これをくり返しながら、輪になっておどるのです。
のん太とみどりも遅くまでおどりつづけました。(明日に続く)

連載 のん太とコイナ《3 滝のぼり》いのしゅうじ 


 春めいてきたある朝、コイナがのん太をたずねてきました。
「滝のぼり祭りがあるの。行ってみない」
コイナの里の春をつげる行事だというのです。
「冬の間にこおった滝がとけるでしょ。はげしく流れおちる水にさからい、競いあってのぼるの

「それがなんで祭りなんだ?

「一番になった選手を中心に、みんなでおどるの。滝おどりっていうのよ。盆おどりみたいなものね」
「おもしろそうだ。行く。みどりもさそわなきゃ」
みどりはコイナが来ていると知って、パッと飛び起きました。
のん太とみどりは、去年の盆おどりのときにお母さんがぬってくれたゆかたをまとい、コイナの背にまたがりました。
山の急な斜面にポツンポツンと家々がたっているコイナの里。その手前に滝が見えました。
コイナは上空をゆっくりすすみます。のん太が見たこともない、おどろくほど大きな滝です。


 滝の上空でコイナが滝のぼりの伝説を語りました。
四百数十年前、戦国時代といわれていたころ。烏弱??(からす・やわきち)という武将が兵をあげました。兵隊たちは火縄銃を手に、こいのぼりの里に押しよせてきました。
そのとき、コイナの何代も前のこいのぼり夫婦・コイモトとコイカが滝の下でおよいでいました。
烏弱??が「こいのぼりを撃て」と兵隊に命じました。
火縄銃からタマがビュンビュンとんできます。川を下ろうとすると、そこにもタマがおちてきます。滝をのぼるしかありません。
まだ春さき。水は切るような冷たさ。コイモトとコイカはひっしに滝をのぼりました。少し上がっても、猛スピードでおちてくる水にまけ、ずるずると滑りおちます。
こんなことをくり返し、ついに滝の上にあがりきり、逃げることができました。
「それから、滝のぼり祭りをするようになったの」
コイナはそう言って、胸をはりました。


「四百年以上の歴史があるなんて、すごいことじゃないか」
のん太は二年前に京都で見た祇園祭を思いだしていました。
「山ぼこはあるの?」
「山ぼこ? あ、祇園祭のことね。そんな立派なのはなにもないけど、わたしたちには誇りがあるわ

「さっき、一番になった者を中心におどるって言ったね。一番になるのは大変な名誉なんだ」
「そおよ。コイキチが滝のぼり競争に出るの」
コイキチは、「出る」と宣言したのはいいけど、実はカナヅチ。川で泳がせてみると、ブクブクとしずみます。お父さんは「滝のぼりなんてムリ」と頭をかかえました。
「魚のコイは滝のぼりができるのだから、コイキチだってきるはず。そう考えて、弟をコイの町に連れて行ったの」
コイの町のコイたちは、手本を示しながら、ていねいにコイキチを指導してくれました。
コイキチはけんめいにがんばりました。二週間ほどすると、滝にのぼれるようになりました。(明日に続く)

のん太とコイナ2《空中ブランコ009》いのしゅうじ

「自由になったんだ」
テントから出た三人はうれし涙をポロポロながしています。
「コイナのおかげだよ」
お父さんのコイゾウがコイナとはらビレでにぎりあうと、お母さん、弟もかけより、家族四人はしっかりとだきあいました。
チンパンジーのチンが一輪車ではしってきて、コイキチに声をかけました。
「君がさらわれてサーカスに来たって、知らなかったんだ」
ゾウさんも立ちあがって「よかった」といわいました。
男ピエロと女ピエロがとんできました。
「ムーチン団長が、つかまえろってわめいている。早くここから逃げださなきゃ」
お父さんはのん太を、お母さんはみどりを背にのせ、四人は飛び上がりました。
コイキチが上空から大きな声でいいました。
「みんないい人、いい動物だったよ。ムーチン団長いがいは」  (完)

のん太とコイナ2《空中ブランコ008》いのしゅうじ

演技をおえて、親子三人は舞台におりてきました。
このあとはアカダ高校タイコ部のえんそうです。のん太は花道でひかえていたタイコ部員からマイクを借り、舞台に上がりました。
「こいのぼりはお父さん、お母さん、そして男の子の家族です。ムーチン団長にかどわかされたのです」
観客から「ムーチン、ひどいぞ」と声があがりました。
ムーチン団長がオニの形相でムチをふりまわします。
コイナがムチに向けて、おなかの中から団旗の一つをプッと吹き出しました。ムチは団旗の針でプツッと切れました。
ムチが役に立たなくなったムーチン団長はおろおろしています。コイナは団長めがけて二つ目の団旗を吹きこみました。
「イタタター」
ムーチン団長はたおれこみました。
こいのぼりの親子四人は裏の出口に急ぎます。
アカダ高校のタイコ部員が、テントの出口を開けてくれていました。

(明日に続く)

のん太とコイナ2《空中ブランコ007》いのしゅうじ

コイナとのん太、みどりは裏口からテントにもぐりこみました。
花道のわきの、観客席の下に身をひそめます。
フワー、プワー、プワフワ・フワー
低いぶきみな音色がひびいてきました。
女ピエロがリコーダーと尺八のあいのこのようなたて笛をふいているのです。
空中ブランコが間もなく始まることを知らせる笛なのです。
コイキチを先頭に、お母さんのコイシ、お父さんのコイゾウが花道に入ってきました。
コイナに気づいたコイキチ。ピョンとびはねました。よほどうれしかったのでしょう。コイナにだきつこうとします。
コイシがおしとどめました。ムーチン団長に見つかったらただではすまないのです。
コイナはコイゾウにこいのぼり語で語りかけました
「助けるわよ、安心して」お父さんは「わかった」と目くばせしました。
フィナーレの空中ブランコには工夫がこらされていました。
ひとつは、ブランコとブランコの間に、目かくしの壁をぶら下げたこと。もうひとつはコイキチにタオルで目かくしをしたことです。
コイキチは目が見えないうえに、紙製の壁をつきやぶって空中を飛ばねばなりません。
コイキチは知らされていませんでしたが、へいっちゃら。これを最後に逃げだせるのだ、そう思うと勇気百倍です。
天井と舞台そでからスポットライトが当てられました。
コイキチが自分のブランコからお父さんのブランコにとぶと、お父さんがパシッと受けとめ、パッとはなします。コイキチはビューンと飛んで壁をつきやぶり、お母さんのはらビレとにぎりあいました。
スポットライトに照らされたコイキチ。拍手が鳴りやみません。
目をとろんとさせて大満足のムーチン団長。自分をゆだんさせるための熱演とは、ゆめにも思ってないようです。(明日に続く)

のん太とコイナ2《空中ブランコ006》いのしゅうじ

のん太、みどりを乗せて、コイナはニクマレサーカスのテント上空までやってきました。
テントの屋根の両はしに団の旗がはためいています。
ニクマレ団長の似顔絵がえがかれた品のない旗です。「これはオレのサーカスだ」と言いたいのでしょう。
旗の四方のふちいっぱいにトゲのような針がとぎれなくほどこされています。この旗じたいが凶器なのです。
「オレのいうことを聞かないやつは、この旗でやっつける」
ムーチン団長のおそろしい思いがこめられているのです。
団のマークも団長のこわい目をデザインしたものです。
「ニクマレサーカス」というより「キョウフサーカス」という方が正しいでしょう。
コイナが大きく息を吸いました。二つの旗を口から吸いこみ。おなかの中にかくしました。
ゾウさんが演技をするため、テントに入っていくのが見えました。
ゾウさんのあとが空中ブランコです。(明日に続く)

のん太とコイナ2《空中ブランコ005》いのしゅうじ

空中ブランコが終わり、親子三人のこいのぼりはテントから出ていきました。
テント裏で、逃げだせないよう囲われているのでしょう。
のん太はみどりの手をひいて、裏にまわりました。
サーカスのスタッフが暮らすためのテントやコンテナなどがズラッとならんでいます。その前に広場があり、チンパンジーのチンがキャキャキャと楽しそうな声をあげています。
チンは鉄のロープを、一輪車でわたる人気者。そのチンとコイキチはうまがあうらしく、一輪車を教えてもらっているところでした。
コイキチがヨロヨロと一輪車をこぐと、チンは「尾ヒレは足にもなるんだ」と感心しています。「ぼくも乗りたい」とらやましそうに見ているのはゾウさんです。
少し離れたところで、コイゾウとコイシがじいっと見まもっています。うれしそうにしているコイキチがかえってあわれでなりません。何て不幸な親子でしょう。見はり役がいません。助け出すチャンスはありそうです。
お父さん、お母さん、弟の消息がわかると、のん太の部屋の前のベランダにこいのぼりをあげる、と決めていました。
どのようにコイナに伝わったのでしょう。二カ月後、コイナがやってきました。その日はサーカス最終日でした。
のん太とみどりはコイナの背にのって、アカダ川公園に向かいました。
ドンドンドドーン ごうかいな音が聞こえてきます。
アカダ高校タイコ部が練習をしているのです。
アカ高タイコ部は夏休みにアメリカ遠征をし、ニューヨークで開いた演奏会が新聞記事になりました。
それでニクマレサーカスから「フィナーレをかざってほしい」とたのまれ、特別出演することになったのです。
のん太はタイコ部員に、空中ブランコの三人はムーチン団長にゆうかいされたと話しました。
「みんなを楽しませるサーカスが、ゆうかいしたとは」
リーダーは「許せん」といかりの声をはりあげ、三人を助けるために協力すると約束してくれました。(明日に続く)

のん太とコイナ2《空中ブランコ004》いのしゅうじ

天井から三つのブランコがつりさげられています。
空中ブランコというのに、まんいち落ちたときのためのネットがはられていません。
「命づなもつけていません」
と胸をはるムーチン団長。人命尊重なんて頭にないのです。
三人はハシゴを使って、ブランコまで上がっていきました。
中央のブランコはお父さん、のん太とみどりに近い方のブランコに弟、反対のブランコにお母さんがぶら下がりました。
三人は尾ヒレのつけねを曲げてブランコのバーにぶら下がれるよう、きたえられたのです。
コイキチがブランコをブランブランとゆすりはじめました。
エイとかけ声を上げて飛びました。
でも、イヤイヤやっているので、頭から落ちていきます。
アッ! 場内から悲鳴が上がりました。
コイキチは舞台に頭からぶつかる寸前、あわてて体をもち上げました。もともと飛べるのですから、難しいことではありません。お父さんと、はらビレどうし、にぎりあいました。(明日に続く)