渡来人たちの宴「朱智神社で見つけたスサノオ」

辟邪絵(奈良国立博物館)で牛頭天王をつかんで食べる天刑星

京都府京田辺市に「天王」という集落がある。かなりの山間の田舎だ。バスが通っているが2時間に1本程度。筆者はその天王といういう地名にひかれて少し調べてみた。集落の端の山の上に朱智神社という古い神社があるという。京田辺市のいわれの書かれているホームページによると、朱智神社の祭神は迦爾米雷命 建速須佐之男命 天照国照彦火明命となっている。
朱智神社は迦爾米雷命(かじめいかずちのみこ)=(神功皇后の祖父)を主神とし、古代この地一帯に勢力のあった息長氏(おきながし)の祖神を祭っている式内社だとか。天照国照彦火明命は太陽光や熱の神格化だという。 “渡来人たちの宴「朱智神社で見つけたスサノオ」” の続きを読む

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既報の通り、Lapiz夏号は秋号との合併号として
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渡来人たちの宴《日食》

天岩戸の前で踊る天鈿女命

 少し話がずれる。アマテラスも卑弥呼も太陽をあがめ、利用し、そして自らの化身を太陽とした。その象徴が鏡であったことはすでにのべた。

 古代の社会では勿論地球が丸いことや月が地球の周りを公転していることなど、知る由もなかった。また、自分の住む地域から遠く離れて移動することもなかったので、月食や日食は自分のす住む地域かその周辺での見ることになる。そしてこれらの現象は現代のように予測のつくはずもなく「突然」起こる。故に人々は恐れおののくこととなる。 “渡来人たちの宴《日食》” の続きを読む

渡来人たちの宴《卑弥呼とアマテラス 5》

古代の鏡

 ここで妄想をたくましくすることとしたい。三種の神器のうちの鏡の話である。おさらいをしておきたい。三種の神器とは日本神話において、天孫降臨の際にアマテラスがニニギ(瓊瓊杵尊、邇邇芸命)に授けた三種類の宝器であるところの鏡・八咫鏡(やたのかがみ)と剣・天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ、別名:草薙剣、読み:くさなぎのつるぎ)と玉(璽)・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の総称をいう。中でも八咫鏡は記紀神話によれば、天照大御神の岩戸隠れの際に天津麻羅(鍛冶の神)と伊斯許理度売命(作鏡連(かがみづくりのむらじ)らの祖神、天糠戸(あめのぬかど)の子)が作ったとされ、『日本書紀』には天照大神を象って作られたことや、試しに日像鏡や日矛を前もって鋳造したことが伝わる。天宇受売命が踊り狂い、神々が大笑いすることを不審に思った天照大御神が岩戸を細めに開けた時、この鏡で天照大御神自身を映して、興味を持たせ、天手力男神によって外に引き出した。そして再び高天原と葦原中国は明るくなった、という神話は有名だ。 “渡来人たちの宴《卑弥呼とアマテラス 5》” の続きを読む

渡来人たちの宴《卑弥呼とアマテラス 4》

漢委奴国王印

 さて卑弥呼は魏志倭人伝に書かれているように実在した。それからずっと時代は下って奈良時代に我が国の歴史書が編纂された。古事記と日本書紀である。前回書いたように古事記は元明天皇の時代の712年、日本書紀は元正天皇の時代の720年。8世紀の話だ。その頃に魏志倭人伝が読まれたのか否かは筆者にとっては不明である。しかしながら8世紀頃には我が国では読まれてはいなかったようだ。 “渡来人たちの宴《卑弥呼とアマテラス 4》” の続きを読む