《渡来人たちの宴・外伝 その13》片山通夫

石舞台古墳

蘇我馬子の墓か?奈良・飛鳥の石舞台

話は少しさかのぼる。飛鳥に大きな石舞台古墳があることは、ご存じだろう。古墳というからには、だれか有力な豪族の埋葬地だと思われている。この時代、まだ大化の改新前の話で、つまり、大王(おおきみ)親政の中央集権以前の時代だと思われる。とにかく大きい。石は大小約30個、最大の石で約77tと推測される。総重量は2300tだという話。本来、土に覆われた小高い丘のようだったと思われるが、なぜか土が流れて玄室が露出してしまったとか。 “《渡来人たちの宴・外伝 その13》片山通夫” の続きを読む

《渡来人たちの宴・外伝 その11》片山通夫

遷都にも渡来人が活躍した? 大津京 オンドル跡 

遷都
都を飛鳥から摂津の難波長柄豊碕宮へ遷都したのは大化2年12月のことだった。この時代、遷都するのには相当の訳があった。国土交通省のホームページに下記の記載があったので、転載したい。 “《渡来人たちの宴・外伝 その11》片山通夫” の続きを読む

《渡来人たちの宴・外伝 その10》片山通夫

大化の改新 その後

鎌足

 

安定のための血塗られた歴史があった。
 6月19日、孝徳天皇と中大兄皇子は群臣を大槻の樹に集めて「帝道は唯一である」「暴逆(蘇我氏)は誅した。これより後は君に二政なし、臣に二朝なし」と神々に誓った。そして、大化元年に初めて元号を大化と定めた。 “《渡来人たちの宴・外伝 その10》片山通夫” の続きを読む

《渡来人たちの宴・外伝 その9》片山通夫

入鹿の首塚

大化の改新
645年(皇極天皇4年)6月14日の乙巳の変をいう。この変は天皇ではなく、皇極太上天皇とその親友とされる中臣鎌足(内臣)の主導のもと、年若い両皇子(中大兄、大海人)の協力によって推進された。この変(改革)で初めて「日本」という国号と「天皇」という称号の使用が始まったとされる。そして「大化」は無論初めての元号。  “《渡来人たちの宴・外伝 その9》片山通夫” の続きを読む