とりとめのない話《中低域ハーモニー》中川眞須良

齢を数えれば自分自身と自転車(以下B)との関わり方はおのずと変わってくる。若き日のようにソロで 水、りんご、チーズと寝袋を背負い長距離を楽しみ、時にはタイヤ、チュウブの予備を持ち峠越えを楽しむ、などの気力 体力はいつの間にかなくなってしまった。還暦、古希を過ぎれば当然の事かもしれない。そこで この関わりを少し変えてみることにした。と言うよりも長距離を楽しんでいた頃の気分、感覚を手軽に味わってみようというのである。「ずぼら者!」と揶揄されるかもしれないが、、、、、。 “とりとめのない話《中低域ハーモニー》中川眞須良” の続きを読む

びえんと《五七五に託すハンセン病患者の叫び 下》Lapiz 編集長 井上脩身

民族差別との二重苦も

短歌、俳句、川柳を収録した『訴歌』の表紙

北條民雄は18歳の時に結婚したが、ハンセン病にかかったために離婚することになった。妻だった女性もハンセン病にかかって死亡したことを入院後に知る。北條のように夫婦共に感染して共に入院しているケースも少なくない。

【夫婦】

妻の肩借りて義足の試歩うれし

書く時の夫が字引になってくれ

冬支度指図するほど妻は癒え

病む妻を笑顔にさせた子の為替

亡妻の忌へ冬の苺の赤すぎる

立春の吹雪に妻の骨拾ふ

(妻に先立たれた夫はただただ切なく悲しい) “びえんと《五七五に託すハンセン病患者の叫び 下》Lapiz 編集長 井上脩身” の続きを読む

びえんと《五七五に託すハンセン病患者の叫び 上》Lapiz 編集長 井上脩身

~不条理な強制隔離政策のなかで~

北條民雄著『いのちの初夜』の表紙

11月末、映画『一人になる――医師小笠原登とハンセン病強制隔離政策』を見た。ハンセン病患者に対する強制隔離に反対しつづけた小笠原医師(1888~1970)の生涯を通して、らい予防法が引き起こした差別と偏見を訴える映画である。私はたまたまハンセン病患者たちの苦しみや怒りを詠んだ短歌、俳句、川柳を収録した『訴歌』に目を通していた。さらに偶然ながら、ハンセン病患者であった作家、北條民雄の代表作『いのちの初夜』を読み終えたばかりであった。この小説は、主人公がハンセン病療養所に隔離された最初の日を書き表した作品だ。2001年、熊本地裁は、ハンセン病歴者は国の隔離政策の被害者であると認定、さらに患者の家族についても同地裁は2016年、人格権が侵害されたと判示した。だが、病苦者への差別・偏見は今なお根強い。『訴歌』のなかの川柳を通して、ハンセン病患者の思いに迫りたい。 “びえんと《五七五に託すハンセン病患者の叫び 上》Lapiz 編集長 井上脩身” の続きを読む

とりとめのない話《たいはい(頽廃)の歌姫》中川眞須良

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私はながらく「たいはい」という言葉をよく知らなかった。「はいたい」(敗退、廃退)の語は接する機会が多くはないものの 初戦「敗退」や すたれおとろえる「廃退」として理解し普段から接してきた。
ある日 ラジオ番組で、それぞれの時代の変遷を辿る いわゆる「流行歌と歌手」をテーマとしたトーク番組(司会者とゲスト評論家の対談 1995年頃)の一部であったと記憶している。 “とりとめのない話《たいはい(頽廃)の歌姫》中川眞須良” の続きを読む

冬の夜更けは・・・001《師走に思う》片山通夫

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秋が過ぎて冬が来る。

初冬という冬を表す言葉がある。大辞林の解説では「陰暦では春夏秋冬それぞれに「初~」「仲~」「晩~」とつけると月の表示となり、『大辞林』のような記述となります。「初」がつく月はその字の通り季節のはじめをあらわします。「孟」も「初」と同様で、『全訳漢辞海 第二版』によると「四季で、それぞれの三か月のうち最初であるさま。《孟・仲・季の順》「孟春(=正月)・仲春(=二月)・季春(=三月)」「孟夏(=四月)」「孟秋(=七月)」「孟冬(=十月)」」とあります。」とある。 “冬の夜更けは・・・001《師走に思う》片山通夫” の続きを読む