びえんと《円安の犯人アベノミクス001》文・井上脩身

安倍晋三元首相(ウィキベテアより)

円安が進んでいる。10月26日の東京為替市場での円相場は1ドル150円48銭と150円の大台を突破、2022年10月下旬以来約1年ぶりの円安・ドル高水準となった。前年の円安のさい、その理由として日米の金利差が指摘され、政府・日銀は9・2兆円を投入して為替介入し、ドル売り・円買いを行った。だが今回はそのような動きはいまのところ見られない。政府・日銀はもはや円安を止められないと判断しているのだろうか。そうであるとすれば、金利差では説明できないほどに、日本の経済力が弱体化していることを意味しているのではないのか。国の屋台骨にかかわる大問題のはずだが、政府はだんまりを続けている。銃弾に倒れた元首相の政策が原因と、あからさまに言えないからなのだろうか。手をこまねいていると、この国の経済がジリ貧になるのは必至である。

日銀に禁じ手強いた安倍政権

藻谷浩介・日本総合研究所主席研究員(ウィキベテアより)

 

私は経済問題が苦手だ。大学の進学先として経済学部を選んだり、銀行に就職した同級生たちが、私には異人種としか思えなかった。2014年10月、1ドル110円と1年前に比べて円が20円近く安くなったとき、元銀行員だった友人ら4、5人がどこまで下がるかを話題にしていた。元公務員は135円まで下がると予想したが、3人の元銀行員はおおむね120円くらいまでとみていた。2011年10月31日に1ドル75円32銭と最高値を記録したことを思えば、135円などという予想は、元銀行員からみれば素人の当て推量でしかなかったであろう。一流銀行に勤めていた友人は「日本の経済には底力がある」というのであった。
だが円は下がりつづけ、今年9月には、「素人の当て推量」をふっとばして150円ラインに到達しかねない状況になった。「経済は苦手」の私はどう判断してよいかわからず、新聞の為替欄を日々、もやもやした気持ちで見つめるしかなかった。
9月24日の毎日新聞の「時代の風」というコラム欄が私の目を引きつけた。「行き過ぎた円安」をテーマに日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介氏が「政治家主導のツケ」と題して投稿していた。その概略は次の通りである。
1米ドルが140円台後半という、極端な円安が続く。世界銀行算定の購買力平均ベースのレート(物価が同じように計算したレート)では、1ドルはおよそ100円なので、円安は5割近くも行き過ぎだ。
円安は輸出を増やす。1ドルが平均110円だった2021年と、平均131円になった2022年を比較すれば、輸出は82兆円から99兆円へと17兆円増加した。しかし輸入も81兆円から115兆円へと34兆円も増え、貿易収支は大幅な赤字に転落。過度の円安はかえって国際収支を悪化させるというのが令和の現実だ。
本来は、欧米に倣い金融緩和を手じまいすることで円高に誘導すべきタイミングだ。だが緩和を見直すと金利が上昇し、国債や株式の市場価格が下がる。これは国の財政難や株式不況を引き起こしかねないのみならず、日銀の財務内容も大幅に悪化させる。日銀は、国債や株式を大量に買い込むという、先進国のどこもやっていない禁じ手を、第2次安倍政権に強いられてしまったからだ。
日本経済をこのような窮地に立たせたアベノミクスがいかに愚策であったか。それをわかりやすく暴き出した本が原真人著の『アベノミクスは何を殺したか』(朝日新書)⇒写真左。そのなかで注目されるのは、当事者だった日銀の元幹部の、まるで第二次大戦を山本五十六が総括するようなトーンの告白だ。「効果のないことはわかっていたが、民主主義国家である以上、やっても効果がないことを国民に証明するためにも、やれるところまでやるしかなかった」との発言だ。
以上の藻谷氏の論旨によると、円安をまねき、日本の経済を窮地に陥れたのはアベノミクスというのである。

政権優等生の黒田バズーカー

『アベノミクスは何を殺したか』には「日本の知性13人との闘論」の副題がついている。その一人である藻谷氏がいう「日銀元幹部」の発言については後述するとして、ここではアベノミクスの問題点を、同書を参考にして考えたい。
著者の原氏は経済ジャーナリスト。安倍氏が第2次政権を担って打ち出した経済政策を「アベノミクス」と呼んだのは原氏本人だという。批判的な意味を込めたネーミングだったが、安倍氏はプラスイメージとして利用、いかにも日本経済の特効薬であるかのうように、この言葉を使った。したたかではある。
アベノミクスは金融緩和、財政出動、成長戦略の「3本の矢」から成る。翁邦雄・京大公共政策大学名誉フェローは同書のなかで「本丸は本来、成長戦略だが、結果的に大胆な金融政策に大きく依存した」と述べたうえで、「安倍首相(当時)は日銀に2%の物価目標の早期達成を強く求め、黒田東彦総裁はその意を受けて大規模な金融緩和にまい進。しかし、実は物価目標達成のメドが立って本当に金利が上がり始めたら、困難に直面するのは巨額債務を抱えている政府」と指摘する。
先進国の中央銀行は国から独立した存在であることが原則だが、安倍氏は日銀を批判し続けてきた黒田氏を総裁に起用。黒田氏は総裁に就任すると、安倍政策の執行者とばかりに2%の物価目標期限を「2年」とした。日銀が政府から独立しなければならない一番の理由は、国の意向に左右されずに物価と金融システムの安定を維持する責任があるからであるが、黒田氏は独立主義の旗を降ろし、政府に従属の立場を鮮明に示したのであった。
黒田総裁は2013年4月、市場に供給するお金の量を2倍にし、日銀の国債保有量を2倍以上に増加する量的・質的緩和を打ち出す「黒田バズーカー」を発表。2014年10月、日銀による市場へのお金の供給量を年間80兆円に増額(バズーカーⅡ)、20162月、短期金利の誘導目標をマイナス0・1%とする、世界の中央銀行では唯一のマイナス金利を実施。さらに2016年9月、長期金利操作を導入し、10年物国債金利をゼロ程度にまでおさえた。世界の中央銀行で採用された例はほかにない国債買い支え策である。
こうした黒田日銀の金融政策は中央銀行の常識を覆すもので、「黒田サプライズ」と驚きの目で成り行きが注目された。
2%目標は黒田氏が2023年4月に退任するまで達成されず、退任記者会見では「目標の持続的、安定的な実現までに至らなかった点は残念」と述べた。しかし、翁氏は「日銀が物価目標にこだわって超緩和を続け、それでも目標達成のメドが立たない、そういう状態こそが政府にとって最も居心地がいいという矛盾した状態が続いていた」という。黒田氏は安倍政権にとって実に都合のよい優等生だったことになる。(明日に続く)