原発を考える《核のゴミ処分場選定吹っ飛ばす》文・井上脩身

~対馬市長の国への切り返し~

比田勝尚喜・対馬市長(ウィキベテアより)

長崎県対馬市の比田勝尚喜市長は9月27日、原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のゴミ)の最終処分場の候補地選定をめぐり、第1段階である文献調査を受け入れないと表明。文献調査を受け入れると国から最大20億円が交付されるが、比田勝市長は「風評被害に懸念がある」と述べた。人口減などから税収が落ち込んでいる自治体をターゲットに、国は文献調査受け入れ先の選定を急いでおり、北海道の寿都町と神恵内村が2020年から受け入れている。国のこうした「カネで横っ面を張る」方式に対し、「20億円など風評被害で吹っ飛ぶ」と具体的な被害予想額を示したのが比田勝発言の最大のポイントであろう。「利益」で迫る国に対し「不利益」で切り返して一本取った比田勝市長。痛快なニュースであった。

「20億円もらい得で済まない」

美しい海岸が広がる対馬(ウィキベテアより)

対馬市は1960年に約7万人の人口を抱えていたが、現在は2万8000人と6割も減少。同市の推計では2045年には1万4000人を割り込むとみられ、基幹産業である漁業や観光業を取り巻く環境は厳しくなっている。こうしたなか、今年に入り建設業団体や市商工会が地域振興の切り札として文献調査受け入れに向けた動きを本格化させ、同市議会は9月12日、調査受け入れを求める請願を賛成10、反対8という僅差で採択。これに対し、比田勝市長は市議会本会議で「市民の間で分断が起こっており、市民の合意形成が十分でないと判断した」と述べ、文献調査を受け入れない意向を明確にした(9月28日毎日新聞)。
比田勝市長の発言は朝日新聞の電子版が詳しいので、以下はその引用である。
市議会では、毎日新聞の記事にある「市民の合意形成不十分」発言につづいて、2点目として風評被害の懸念を表明。「観光業、水産業などへの風評被害が少なからず発生すると考えられる。特に観光業は、韓国人観光客の減少など大きな影響を受ける恐れもある」と述べた。さらに3点目として「(文献調査の)結果によっては次の段階に進むことも想定され、受け入れた以上、適地でありながら次の段階に進まないという考えには至らない」と発言。4点目に挙げたのは最終処分場のリスクである。「最終処分の方法、安全性の担保など将来的に検討すべき事項も多く、人的影響などについて安全だと理解を求めるのは難しい」としたうえで「想定外の要因による安全性、危険性は排除できない。地震などでの放射能の流出も現段階では排除できない」と、最終処分場の危険性を指摘した。
市議会のあと比田勝市長は記者会見に応じた。
市長は「誰に相談したのか」との質問に対し「市民のためにはどんな方法が最適なのか、熟慮に熟慮を重ねた。資源エネルギー庁、NUMO(原子力発電環境整備機構)にも質問状を出したところ、事故が発生した場合の避難計画などは今後、調査を進める中で整理、検討していくとの回答があった。現段階では具体的な内容まで策定されていない」と明かした。文献調査で適地と判断された場合については「それ以上の調査はもう受けられないという判断はできないと思った。ましてや20億円の交付金がいただける。いったん文献調査に入ったら断るのが難しいと判断した。今の段階で受け入れないとする方が国にかける迷惑がむしろ小さくなると考えた」と、20億円もらい得で済ませるわけにはいかないだろうとの常識的判断を示した。
風評被害については、福島第一原発の事故で、韓国との水産物が取引禁止になり、韓国からの大勢の観光客が突然減ったことを挙げた。そして「対馬の水産物水揚げ高は168億円なので、風評被害が1割でも16億円くらいの被害」とし、観光業に関しては「消費効果が180億円を超えている時もあった」として「18億円くらいの被害が出る」と算出。「20億円の交付金ではなかなか代えられない」と述べた。

処理水放出で水産業にダメージ

中国が輸入禁止をするなか、水揚げされるホタテ(ウィキベテアより)

最終処分場の候補地選定をめぐって対馬市の比田勝市長が思案にくれていたころ、東京電力福島第一発電所でたまっている処理水の海への放出にともなって、中国における日本からの輸入が大幅に減少、とくに水産業界が悲鳴をあげている実態がテレビや新聞などで大きく取り上げられていた。
同原発では事故後、原子炉格納容器の底にたまった燃料デブリを冷やすために水を注入。この冷却水がデブリと接してセシウムやストロンチウムなどの放射性物質と混ざって汚染水化。この汚染水をALPS(多核種除去設備)で放射性物質を除去し、敷地内のタンクで保管している。このタンク群がほぼ満杯になったため、政府は8月24日から処理水を同原発の沖合に海洋放出することを決定。放出は廃炉が終わるまで続けられるので、廃炉工程が順調に進んでも、少なくとも30年かかる見通し。2023年度は合計3万1200トンを放出する計画だ。
政府は「処理水」と呼んでいるが、ALPSは放射性物質であるトリチウムを除去できないうえ、他の放射性物質が残る可能性も絶無と言い切れず、「汚染水」と呼ぶ人は少なくない。政府は「トリチウムは皮膚も通さないので、外部被ばくによる人体の影響はない」として、マスコミなどを通じ安全性の浸透を図ろうとした。これを受けて、福島県や東電は9地点で採水してトリチウムの濃度を測定。9月19日の調査では、すべての地点で目標の10ベクレル以下となり、「人や環境への影響がないことを確認した」と発表した。
放出開始前、 IAEA(国際原子力機関)が「放出は安全基準に合致している」との報告書をまとめたこともあって、岸田文雄首相は9月5日、インド・ニューデリーで行われたG20の場で、「国際的にも科学的に安全であることが認められた」とPRにつとめた。
だが、中国は「汚染水を海に流した」と非難。放出開始とともに日本産の水産物の輸入を全面的に停止した。この結果、放出から1カ月がたった9月24日時点では、8月以降の中国の日本からの水産物の輸入額が約30億円と前年の同じ月と比べて67%減少。影響は福島での水揚げ分にとどまらず、全国に拡大。とくに北海道のホタテは行き場がなく、在庫の山になった。政府は漁業者向けに800億円の基金を設けて対応する方針だが、海産物輸出の多くを中国に頼ってきただけに、水産業界の不安は簡単には解消できそうにない。
中国の禁輸には政治的な意図がうかがわれるが、原発に関しては「非科学的でけしからん」と言ってすまされない厄介な問題が常に内在する。誰もがもつ放射能への恐怖である。「安全」と百万回いわれても、「ハイそうですか」とはならない。食べ物ならその地の産出物は口にせず、観光でもその地には行かないという選択をする人が少なくないのが現実なのだ。

処分場ノーに首長から熱い視線

福島の処理水問題をおもうと、対馬市の比田勝市長の風評被害に関する発言は当を得ている。あるいはもっと深刻かもしれない。放射性廃棄物の処分は地下300メートルの深部に埋設するものだが、放射能の危険がなくなるまで1000年から数万年もかかるからだ。気が遠くなるような先まで人類が存在しているとすれば、風評被害も人類がいる間は永遠に続くことになる。
対馬市はこの60年間で人口が6割も減少したことはすでに述べた。報道によると、文献調査賛成派の市議は、「人口をどう増やすか明確なビジョンのない中で反対を表明するのは無責任だ」と比田勝市長を批判している(毎日新聞)。この市議は20億円の交付金が入ると、産業振興事業を行うことができ、人口が増えると考えているのだろう。だが、処分場という「爆弾」を地下に抱えるこの島に喜んで住もうとする人がどれだけいるのだろうか。処分地に選定されれば、人口減少を加速させるだけではないのか。
比田勝市長は対馬市の将来構想について、「SDGs(持続可能な開発目標)の未来都市の選定を受け、漂着している海のゴミを題材にした対馬モデルの利用策を民間企業と取り組んでいる。また、通信速度が極端に落ちる対馬市の通信環境を改善し、IT関係を中心に、企業誘致もこれまで以上に取り組んでいきたい」と抱負を語った。
コロナ禍のなか、業務のオンライン化が進み、地方でも業務を行える例が多く見られた。韓国に近いという地理的要因を最大限生かし、原発や最終処理場に頼らない魅力あるまちづくりができるかどうか。「処分場ノー」を突きつけただけに、その責任は小さくない。処分場選定に手を挙げるべきかどうか、迷っている多くの自治体の首長は、対馬の今後に熱い視線を送るに違いないのである。