びえんと《円安の犯人アベノミクス002》文・井上脩身

お金じゃぶじゃぶづけ

門間一夫・元日銀理事(ウィキベテアより)

私のような安月給で長い間会社勤めをし、退職後、ささやかな年金暮らしをしている者にとって、1円たりとも物価が上がっては困る。「2%物価上昇目標」と黒田総裁が述べたとき、「やめてくれ」と思ったものだ。物価を上げることがなぜいいのだろうか。
物価と景気の関係は経済学の基本の基本らしく「モノの価格は需要と供給のバランスで決まり、需要が供給を上回れば価格が上がり、供給が需要より下回れば価格は下がる」と説明されている。消費者物価でいえば、購買力が高くなれば供給を上回るので、物価が上がることになる。ということは、会社の利益が上がれば給料が上がり、自ずと物価が上がるはずだ。安倍首相と黒田総裁が物価上昇を目指したのは、経済活動を活性化するためだったのであろう。安倍政権時代の官邸のホームページには「持続的な経済成長(富の拡大)――国内総生産成長率3%」と銘うって、「大胆な金融政策」(第1の矢)では「金融緩和で流通するお金の量を増やし、デフレマインドを払拭」とある。要するにこの国をお金のじゃぶじゃぶづけにしようということなのだ。
わが国の長期金利は2004年から2012年まではおおむね1~2%の範囲内で推移した。黒田氏が総裁に就任してからは0~1%の範囲内で推移、とくに2017年から202年まではほぼゼロ%(2016,2020年はマイナス金利)である。金利を低くすることで企業が銀行などからの融資を受けやすくし、設備投資などの積極経営への道を開こうとしたのであろう。銀行からたくさんお金を借りて企業活動が盛んになればGDP(国内総生産)が上がるはずである。
だが現実はそうならなかった。2013年に508兆円だったGDPは2017年553兆円と1割アップした。しかしその後は556兆円(2018年)、557兆円(2019年)、539兆円(2020年)、549兆円(2021年)、556兆円(2022年)と横ばい。景気は少しも良くならず、したがって需要は増えない。2%インフレが起こらなかったのも当然である。
アベノミクスは金融緩和だけでなく、第2の柱として「機動的な財政政策」をうたいあげ、「約10兆円規模の経済対策予算によって、政府自ら率先して需要を創出する」と声高らかに宣言した。その金の主な出所が国債発行であることはいうまでもない。国債残高は2013年が743兆円。その後、774兆円(2014年)、805兆円(2015年)、830兆円(2016年)、853兆円(2017年)、874兆円(2018年)、886兆円(2019年)、946兆円(2020年)、991兆円(2021年)と増加、2022年は1005兆円と1千兆円の大台を突破した。
このように国債が天井知らずに増えるのは、日銀が買ってくれるからである。借りた金は返さねばならない。しかし、放蕩息子が親に無心する場合、借金をしたように思わないのと同様、日銀を事実上政府の従属機関にした結果、政府は好きなように無心できるのだ。
こうしてこの国はお金じゃぶじゃぶ状態になった。資金100万円で営業活動している人に50万円を貸したとしよう。それでも1円の利益も上がらなければ、150万円は100万円と同じ価値でしかなく、50万円分暴落したことになる。円安とはつまるところにこういうことではないのか。アベノミクスと胸を張ったものの、投入した金に見合う経済活動がなされなかったのである。

経済成長を夢見ての愚行

放蕩息子を例にあげたので、この点をもう少し考えたい。「真人間になり、しっかり働いてお金を返します」と言うのを真に受け、どんどんお金を工面したが結局、稼ぎは増えず雪だるま式に借金が膨らんで破産、という例は世間ではそう珍しいことではない。本人は自業自得かもしれないが、奥さんや子どもは路頭に迷わされるハメになる。国債残高がこのように急激に増えている状況をみれば、国民がいずれひどい目にあうのではないだろうか。
借金が増えても、返済は将来のことだ。だから国民は天井知らずの国債残高急増の深刻さがピンとこない。だが、借金をすれば利息だけは支払わねばならない。その利息がバカにならないのである。政府の2024年度概算要求では、国債の利息支払い分として前年度12・8%増の9兆5572億円を見込だ。2022年度の予算では介護3・6兆円、福祉4・6兆円だ。この二つを合わせた金額よりもはるかに高い金が利息支払いのために消えていくのだ。もし利息払いがなければ、福祉や教育などでさらにきめ細かい施策ができるであろう。政府は自分で自分の首を絞めているのである。そのツケはすべて国民の負担になっている。
なぜこんな愚を行ったのか。日本は経済成長すると安倍氏は思い込んでいたに相違ない。安倍氏は祖父の岸信介氏を尊敬していた。その岸氏の時代、日本は戦後の復興期を終え、力強く再生の道を歩んでいた。岸氏が首相だった1959年の成長率は11・2%、1960年は12%である。安倍氏の第2次政権中、この3分の1の比率で成長したら、投入した金は税収として回収できるかもしれない。しかし、かつての成長の再現は夢幻の物語でしかないことはさまざまなデータが示している。
さて、藻谷氏が挙げた元日銀幹部である。『アベノミクスは何を殺したか』には門間一夫元日銀理事が登場する。日銀で調査統計局長、企画局長を歴任し、白川方明総裁(黒田氏の前任)のもとで金融政策担当理事、黒田総裁のもとでは国際担当理事を務めた。門間氏は「2%物価上昇目標」について「日銀の政策によって(物価目標も)2%になんかならないし、日本経済が良くなるなんて思っていませんでした」と述べる。黒田総裁の最側近ですらアベノミクスが経済成長の起爆剤とは思っていなかったのだ。それどころか、安倍氏が2次政権を樹立する前の年である2012年、国民の豊かさを示す1人当たりのGDPは14位だったが、2022年には30位まで低下した。経済の上昇をうたいあげたアベノミクスは、実際にはアベコベミクスであった。
藻谷氏は新聞のコラムにこう書いた。「安倍氏こそ真の指導者と浮かれた者たちが、『自分たち安倍氏の岩盤支持層こそが、日本経済を壊した張本人である』と自覚することは、果たしてこの先あるのだろうか」と。岸田文雄首相は、自民党内でなお大きな勢力集団である旧安倍派を慮り、アベノミクス路線からはみ出さないようにしている。日本経済が壊れても「私の責任でない」と逃げるつもりであろうか。(完)