欺瞞に満ちる汚染土再利用政策 :井上脩身

 福島第一原発の事故によってできた汚染土を、国は「再利用」として地元の公共事業に使う計画を進めている。地元住民は「事故でひどい目に遭わせたうえ、永遠に汚染の地にするのか」と強く反発しており、汚染土処理問題が地元を揺るがす事態となりつつある。除染によって生まれた膨大な汚染土は、事故から8年半がたった今なお、まっ黒なフレコンバッグに詰められ、あちこちの「仮置き場」で山積みされたままになっている。阿武隈の美しい自然を台無にしている現状をいつまでも放置できないのは事実だが、問題はその解決法。地元民にさらに汚染土を押し付けようとする国の姿勢は、地元を放射能汚染漬けの里にしようとするものにほかならない。

ダブルスタンダードのインチキ

 報道によると2018年12月、環境省が福島県南相馬市の常磐自動車道拡幅工事で、「再生利用実証事業」として汚染土を投入することを明らかにした。同自動車道は2車線の高速道路だが、これを4車線に拡幅するに当たって、汚染土を混ぜて盛り土し、その上に別の土で覆うというものだ。環境省はこの方法なら被ばくは防げるとしている。
 国がこうした方針を打ち出した背景には、除染によってできた汚染土を仮置き場に置く一時的な措置が限界に近づいていることがある。
汚染土は福島県全体で2200万立方メートルと東京ドーム18個分にのぼると推計されている。これらの汚染土はフレコンバッグに詰められて仮置き場で保管した後、同県内の中間貯蔵施設(大熊、双葉町)でいったん貯蔵。貯蔵開始から30年以内の2045年3月までに県外で最終処分する――というのが、国が打ち出した方針だ。しかし、県外の自治体が汚染土を受け入れる見通しは全く立っていない。一方で、たとえば南相馬市の場合、48カ所の仮置き場でフレコンバッグが山積みされているが、見栄えが悪いうえに、風水害などによってバッグが破損すれば汚染土が露出、周囲に汚染が広がる恐れが指摘されている。
このため国は福島県内の仮置き場を22年3月末までに解消する、との目標をたてたが、南相馬市では解消されたのはわずか2カ所のみ。すでに述べたように48カ所は手付かず状態。
環境省は全量の最終処分について、「必要な規模の最終処分場の確保の観点から実現は難しい」として、汚染土を公共事業で使用するための「戦略」をまとめた。汚染土からセシウム分離処理を施してセシウムの濃度を低くしたうえで、実証実験によって安全かどうかを検証する、というのがその内容だ。二本松市では市道200メートルについて実証事業を行うと発表したが、反対運動が起きて頓挫。南相馬市では汚染土の仮置き場で実証実験が行われたため、大きな反対運動は起きなかった。(6月7日夕刊『毎日新聞』)
しかし、国の常磐自動車道での計画が伝えられると、「長期にわたって安全性を確保できるのか?」と危惧を抱く住民たちの間で反対の署名運動が繰り広げられた。こうした反対運動のなかで浮き彫りになったのが国の基準がダブルスタンダードであることの問題点だ。
原子力規制法は61条の2第4項で、「安全に再利用できる基準」を1キロ当たり100ベクレル以下と規定している。総合資源エネルギー調査会原子力安全保安部会廃棄物安全小委員会の2004年の報告に基づいて法改正されたもので、「クリアランス基準」とされている。しかし2011年、原子力安全委員会が「廃棄物の処理についての当面の考え方」として、「周辺住民の受ける線量が年間1ミリシーベルトを超えないことが望ましい」としたことを受けて、環境省は16年、「1キロ当たり8000ベクレル以下であれば1ミリシーベルトを超えない」と判断。8000ベクレルで線を引き、8000ベクトル以下を「問題なく廃棄処理できる基準」とした。
この基準について「人の安全のためでなく、国や東電の経営の安全のための基準」と批判されたが、国はそうした声には一切耳を傾けることなく、汚染土対策を進めようとしてきた。こうした中での再生利用実証事業である。住民たちは「公共事業の名で、事実上の最終処分場にしようとしているのでは」と疑問の声を上げた。

80倍緩い再利用基準

「8000ベクレル以下なら安全と言い切れるのか」との住民の不安や疑念に対し、環境省廃棄物・リサイクル対策部の名で「100ベクレルと8000ベクレルの二つの基準の違いについて」と題する文書をインターネットで公開。100ベクレルは「廃棄物を安全に再利用できる基準」で、8000ベクレルは「廃棄物を安全に処理するための基準」とし、それぞれについて次のように説明している。
100ベクレルは「廃棄物を再利用した製品が、日常生活を営む場所などの一般社会でさまざまな方法(コンクリートを建築資材、金属をベンチなどに再利用)で使われても安全な放射性セシウムの基準」とする。一方8000ベクレルは「原発事故によって環境に放出された放射性セシウムに汚染された廃棄物について、一般的な処理方法(分別、焼却、埋め立て処分など)を想定し、安全に処理するための基準」とし、「焼却処理場や埋め立て処分場は排ガス処理、排水処理や覆土によって環境中に有害物質が拡散しないよう管理が行われていることから、周辺住民の方にとって問題なく安全に処理することができる」としている。
この環境省の説明に対し、国際環境NGO「FoEJpan」のメンバーから「8000ベクトルの汚染土を公共事業に再利用した場合の被ばくについて評価していない」と批判の声がでた。このメンバーは、貯蔵開始から30年後のセシウム濃度が4800~6700ベクレルに上るとの予想データを示し、「放射性物質が付着したほこりや浮遊粒子状物質が空気中に舞い上がるので、相当程度吸いこんだ場合に内部被ばくする危険がある」と指摘。加えて、放射性セシウムについてのみの基準であることに対し、「他の核種について評価していない」と論難している。
環境省が「覆土によって管理が行われていて安全」としている点についても、地元住民から問題視されている。盛り土に混入された汚染土が5000ベクレルだったとすれば、100ベクレルに下がるまで170年かかるとの試算があるためだ。一方で盛り土の耐用年数が70年と専門家から指摘されており、耐用年数が過ぎて以降の管理が万全に行われるという保証はない。盛り土としての用途が終わった後さらに100年間にわたって汚染にさらされる恐れを誰も否定できないのだ。
2016年4月、参院復興特別委員会で山本太議員(当時)が汚染廃棄物の処理について国の姿勢をただした。山本氏のホームページによると、政府参考人から「再生利用の対象とする除去土壌の濃度レベルを1キロ当たり8000ベクレル以下とする」との答弁を引き出し、「たとえ10万ベクレルを超える高濃度に汚染されたものであっても、1キロ当たり8000ベクレル以下まで汚染を下げれば再利用できるよう、リサイクルできるようかじを切ったということだ」と、山本氏は非難した。
さらに次のようにかみついた山本氏の言葉は地元住民の気持ちを代弁しているといえるだろう。
「原子炉規制法では1キロ当たり100ベクレル以下、そして今回の再利用の基準は8000ベクレル以下。再利用、リサイクルの基準は80倍も緩くなっている。原発敷地内の再生利用の基準よりも原発の敷地外に放出された放射性物質により汚染された廃棄物の再利用の基準が80倍も緩くなるなんて、不条理の極み。最終処分の全体量を減らすために再生利用の安全基準を自分たちのご都合で緩めようとしている。環境省を中心とする計画的犯行だ」
 山本氏の質問は8000ベクレルという再生利用基準の本質を見事についていた。だが、実証実験という名で公共事業に汚染土をつぎ込む方針を国は変えていない。国が言う通り、高速道路の盛り土が他の土に覆われて仮に汚染が抑えられたとしても、盛り土が崩れた場合、汚染土はむき出しになる。この国は災害列島だ。台風の襲来を防ぐことはできない。それでも安全と言い切れるのか。無責任と言われてもやむをえまい。

東電敷地での実験を

多くの住民が実証実験に反対するなかで、汚染土の再利用を勧める人もいる。前掲の6月7日付毎日新聞の記事によると、桜井勝延・南相馬市前市長は、放射性物資に汚染されたコンクリートのがれきについて、防災林の盛り土の中に埋め込むよう提案。これを受けて環境省は11年3月、「3000ベクレル以下」の基準を定めてがれきを埋め込むことを認めた。桜井氏は「防災林などの公共事業で土が不足し、山が次々に削られており、大雨で土砂崩れが起きたら大きな被害が出る。汚染土を使えば(山の土が掘られないので)山を守り住民も守れる」と話しているという。
桜井氏の提言は「毒をもって毒を制す」の類だ。確かに一時的には汚染土を減らすことに繋がるだろう。だが、結局は汚染土を自分たちの大事な古里に永遠に押し込む結果にならざるを得ない。しかも、こうした国を後押しする発言は、住民を二分することになりはしないだろうか。事故から8年半もたってなお降ってわくような厄介な問題に対し、原因企業である東電が素知らぬ顔を決めていことこそヤリ玉に挙げるべきではないだろうか。
東京の本社ビルを含む東電のあらゆる敷地で汚染土を投入した盛り土を行って実証実験する。それが真っ先であろう。都会にいる東電の社員が身を削らずに、福島の人たちに汚染のリスクを押し付けるというのはどう考えても筋が通らない。
賛成派と反対派が対立するのでなく、東電敷地での実証実験を東電と国、さらには国会議員に申し入れ、かつ無関心な多くの国民に訴えてほしい。「私たちの故郷は未来永劫に汚染漬けされようとしている。こんな不条理が許されていいのだろうか」と。                                            了

breath of CITY:北博文

 めぐりめく変化する都市光景を一期一会として感じるままにファンインダーのフルフレームで切り撮っています。
 人間が利便性を探求して作り上げた都市が今や独自に生きる術を得たかのように朝・昼・晩と表情を変えながら人の心を揺さぶりその反応を眺めているかの様な虚実的な都市の空気感を撮らえて行きたいと思っています。

《「安倍=ポチ」論に油断してはならない》:渡辺幸重

―安倍政権を打倒するために―

 

 安倍首相はトランプ大統領の言うことは何でも聞く“ポチ”だと言う話がある。犬のポチには申し訳ないが、確かにF35やイージスアショアなどの兵器を言われるままに爆買いする姿を見ると情けないぐらい“ご主人様”に忠実である。

 だが、安倍首相の本性はかわいいポチの印象で語るほど柔なものではない。私はこのままだと東條英機を凌ぐ恐ろしい存在になるのではないかと思う。日本国民は1日でも早く安倍首相を退陣させないととんでもないことになる、と警鐘を鳴らしたい。

 かなり前の話になるが、あるテレビジャーナリストに聞いた話がある。彼は安倍インタビューでの印象を次のように語った――「安倍は思った以上に骨がある。信念はものすごく固い」。それまで私は、安倍晋三という政治家はお坊ちゃんで世間知らずだと思っていたが、何やら空恐ろしい感覚を覚えた。

 第一次安倍政権のとき安倍は何をしたか思い出してみよう。教育基本法・学校教育法を改正し、憲法改正に向けた国民投票法を制定した。管理された教育で国家主義をたたき込み、平和憲法を戦争ができる憲法に変えることはすでにこのときから組み込まれていたのである。麻生太郎副首相が言う“ナチスのやり方”であろう。

 そもそも安倍の強引な手法は世界に先行する政治手法だった。“安倍的”が世界に蔓延しつつあると指摘した評論家もいた。そしてトランプ大統領が誕生したのである。

 安倍は図らずも病気によって退陣したが、療養中にも彼の元を去らなかった人たちを心の底から信頼していると言っている。それが日本会議に属する政治家に象徴される超タカ派の面々である。彼らの結束力は強く、安倍は彼らを決して裏切らないということだ。

 そして、悪夢の安倍第二次政権が始まった。安倍は一気呵成に突っ走った。秘密保護法や世界で戦争ができる安保法制を制定し、あからさまに憲法改正を主張するようになった。大量の兵器を買い、原発を輸出しようとし、格差を拡大させた。南西諸島の軍事要塞化や韓国への経済制裁・関係悪化はその延長線上にある。

安倍首相は、東アジアの覇権が欲しい“吸血鬼ドラキュラ”

 「安倍=ポチ」論に戻ろう。現在、米中は軍事的にも経済的にも世界の覇権を巡って激しく争っている。私は安倍も世界の覇権を得たいという野望を持っていると思う。しかし、今の日本にそんな力はない。そこで、アジアの地域覇権をねらってアメリカの言うことをきき、中国を押さえ込もうとしているのだろう。大覇権主義を諦め、小覇権(地域覇権)を狙う戦略に変えたということだ。トランプが大統領でなくなっても、中国ににらみをきかす国にしようと考えているに違いない。
 ポチになってアメリカの言うことを聞きながら軍事力を増強し、TPPや経済支援などとからめて東アジアの覇権を狙う。憲法を改正し、戦争ができるほどの軍事力を持ち、アジア諸国を従えさせるための経済援助をするために、日本国内ではますます収奪が強められて格差が広がり、人権無視の管理体制によって国民は“物言えぬ”状態に押し込められるだろう。私には安倍がポチではなく、国民の生き血を吸う“ドラキュラ”に見えるのだ。

 第二次政権成立直後に中国封じ込めをねらって外国を精力的に訪問し、巨額の金をばらまいたことも小覇権欲しさの行動と考えれば腑に落ちる。ロシアのプーチン大統領にすり寄って北方四島の半分を諦めても平和条約を結ぼうとしたり、トランプ大統領の「アメリカ第一」と中国封じ込め政策に沿って日本の軍事力を急速に増強させたり、国内的には国民に知らしめない・文句を言わせない管理体制を作るために教育制度や取り締まり法などを整備しているのも同じ理由による。情報公開法があっても黒塗りの公文書しか公開しないことやドローン規制法で基地(米軍・自衛隊)内を撮影させないなど、やっていることを見ると実にきめ細かい。その徹底ぶりには驚くばかりだ。

 沖縄県民が辺野古新基地建設に反対の意思を何度も表明しているのに、まったく無視して慰霊の日に「平和を誓い」、広島・長崎の被ばく者が核兵器禁止条約への参加を訴えても何の言及もせず「核兵器のない世界の実現」を語る。その空虚な言葉によって国会は無力化してしまった。そこまで鉄面皮になって民主主義を破壊し、憲法改正に押し進むのは、東アジアにおける小覇権を得る目的を果たすという “鉄の意志”をコアな“アベ集団”が共有しているからだろう。側近が失言したり、スキャンダルを起こしたりしても、その共通の目的の前には確信犯的に目をつぶるのだ(そもそも安倍自身が同じようなことをしている)。
 
内閣支持率を下げる国民的運動を

 安倍首相および彼を支持する集団がポチ集団ではなく、恐ろしいドラキュラ集団だとしたら、我々は何をするべきだろうか。
 選挙でアベ集団を追い落とすこと――それが普通の回答だろう。だが、先の参議院選挙でもわかるように、国民の政治意識はそこまで高まっていない。
 香港の雨傘デモや韓国のローソクデモのように直接的な大衆デモで退陣に追い込む――福島第一原発事故の後、10万人の大衆で国会議事堂を取り囲んだが、その力はまだ大きくない。

 当然ながら、選挙などの間接行動、デモのような直接行動は粘り強く続けていくことが必要である。もう一つ挙げるならば「内閣支持率を下げること」を提唱したい。

 どの国のトップリーダーも国民の支持を極端に気にする。そこで安倍内閣の支持率を20%台に下げることを目標に国民的運動を展開するのだ。ネット社会では個人でも大きな力を発揮するこができる。具体的な活動は挙げないが、それぞれができることを考えて欲しい。
 我々が力を発揮するためには、アベ集団の数々の反民主的な言動をしっかりと心にとめ、覇権主義に反対する強い意思を持つことが大事だと思う。ゆめゆめ「ポチはご主人様がいなくなったら困るだろう」とか「病気になって自ら退陣するかも」などという他人任せの考えを持ってはならない。

びえんと《新天皇の「おことば」と憲法9条》文・写真 Lapiz編集長 井上脩身

 新しい天皇が5月1日に即位され、令和の時代が幕を開けた。この即位を前に安倍晋三首相は2月22日と、新元号が「令和」と決まった後の2回、まだ皇太子だった新天皇を訪ねている。報道では皇位継承行事や新元号について説明をしたという。これだけなら宮内庁長官の任務であろう。安倍首相には別の意図があったのではないか。新天皇即位に際し、少なくとも憲法改変の動きに水を差すことだけは避けたい、との底意をもって面会したのではないか、との疑念を私はいだいていた。はたして、新天皇の即位儀式での「おことば」に安倍首相の真意が隠されている、と直感した。令和の考案者とされる国文学者の中西進氏は「うるわしく平和に生きていく願いがこもった元号」(6月11日付毎日新聞)という。だが、私は安倍一強のなか、令和の時代は冷和となり戦争への道に進むのではないか、との危惧を一層強くした。

「守る」と「のっとる」

 5月1日の新天皇の「おことば」のなかで私が注目したのは後段、「ここに、皇位を継承するに当たり」以降の文章である。以降の全文は以下の通り。

 上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、また、歴代天皇のなさりようを心にとどめ、自己の研鑽に励むとともに、常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、国民の幸せと国民の発展、そして世界の平和を切に希望します。
 
 上皇となられた前天皇が即位(1989年1月9日)した際の「おことば」も、後段は「ここに、皇位を継承するに当たり」から始まる。以降の文章を掲げる。

 大行天皇の御遺徳に深く思いをいたし、いかなるときも国民とともにあることを念願された御心を心としつつ、皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い、国運の一層の進展と世界の平和、人類福祉の増進を切に希望してやみません。

 前天皇、新天皇ともに「おことば」のなかで、先の天皇に思いをいたして世界の平和を希望するとしている点は共通している。このことから、新天皇は前天皇の路線に沿っていこうとしている、と多くのマスコミは捉えている。だが、決定的に異なっている点を見落としてはならない。それは以下に述べる文節である。
 新天皇「憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たす」
 前天皇「皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たす」

 新天皇は「憲法にのっとり」、前天皇は「日本国憲法を守り」とした。問題は「のっとり」と「守り」が同義かどうかである。
 憲法は天皇について、第1章の第1条から第8条まで規定している。その第1条は「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と規定している。新天皇の「憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴として」という文言は憲法1条を指していることは論をまたない。
 憲法にはこの第1章以外に天皇が登場するのがもう1カ条ある。第99条(憲法尊重擁護の義務)である。次のように規定されている。
 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
 前天皇のいう「日本国憲法を守り」とは、憲法99条に基づいていることは自明であろう。繰り返すが、憲法は天皇や総理大臣に「憲法擁護」を求めている。第1章「天皇」(第1条・象徴天皇制、ほか)だけでなく、第2章「戦争の放棄」(第9条)、第3章「国民の権利及び義務」(第11条・基本的人権、ほか)など、憲法のすべての規定の擁護義務が天皇も首相も課されているのだ。前天皇が「皆さんとともに日本国憲法を守り」という表現には、国民主権の精神にそって9条を守るとの思いがこめられていると言えるだろう。


沖縄訪問の意味

 前天皇が憲法9条について言及したことは一度もない。だが、即位の際の「おことば」で「日本国憲法を守り」と憲法順守を明確にしたことは保守派には衝撃だった。結党以来、「現憲法はGHQの押し付け」として「憲法改正」を党是としてきた自民党の幹部から「天皇は護憲派か」との嘆息がもれたといわれる。安倍首相の強い支持団体「日本会議」の基本運動方針は「天皇崇拝」と「憲法改正」だ。崇拝すべき天皇が「憲法を守る」のでは、保守派は自己矛盾に陥ってしまう。
自民党は2012年、憲法改正草案をまとめた。第9条2項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」の規定を廃止し、「自衛権の発動を妨げるものではない」と改変。さらに第9条の2を新設、「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官する国防軍を保持する」と、自衛隊の国防軍化を明確にした。こうした明治憲法的な憲法に変えよとの動きに対し、前天皇の「おことば」が心理的なブレーキとして働いたことは想像に難くない。
 では、前天皇の「第9条を守る」という精神はどこに見られるだろうか。
 前天皇が皇太子時代、「忘れてはならない日」として、終戦記念日、広島・長崎原爆忌とともに6月23日の沖縄戦終結の日を挙げた。
 沖縄に関しては1975年7月、皇太子として皇太子妃をともなって「沖縄海洋博」の開会式に出席のため訪沖、ひめゆりの塔の前で火炎瓶を投げつけられた。その夜、「沖縄の苦難の歴史を思い、沖縄戦における県民の傷跡を深く省み、平和への願いを未来につなぎともども力を合わせて努力していきたい」との談話を発表。同年12月の記者会見では「沖縄が教科書にどの程度出ているのかを調べてもらったが、非常に少ない」と語っている。
 天皇即位後の記者会見でも「沖縄の人々の心を、気持ちを、戦争で亡くなった人々、また、多くの苦しんだ人々のことを考え、沖縄を訪問したいと思う」と述べ、2009年の会見でも「沖縄県では多数の島民が戦争に巻き込まれて亡くなったことは、かえすがえす残念」と語った。退位を決めて後の2018年3月にも沖縄を訪ねており、沖縄訪問は皇太子時代を含めて11回にのぼっている。
 前天皇が沖縄戦跡を訪ね、亡くなった人たちへの祈りを捧げてきたことが護憲の証し、と言い切ることはできない。おことばや会見のなかで「9条を守る」とは明言してないからだ。それ以上に問題なのは、沖縄の米軍基地を視察したことがないと思われることである。米軍施設の70%以上が集中している沖縄はいわば憲法第9条の番外地だ。いま最大の焦点である辺野古を訪ねないかぎり、「沖縄の人たちと寄り添う」ことにならない、との意見があるのも事実なのだ。
とはいえ、「国政に関与できない」という憲法上の制約のなかでの前天皇の11回に及ぶ沖縄訪問である。沖縄が先の大戦で犠牲の島となったことを浮き彫りにし、平和への熱い思いを国民に印象づけたことは確かだ。おことばの中の「皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たす」とは沖縄訪問を指していたと言っても過言ではないだろう。
 安倍政権は「普天間基地の移設」の名目で、沖縄県の民意を無視して辺野古基地新設にまっしぐらである。沖縄の人たちから見れば、安倍首相の目は沖縄でなくアメリカを向き、トランプ大統領のいいなりになっているとしか映らない。その沖縄の人たちにとって、前天皇の沖縄訪問により国民の目が一時的にせよ沖縄に向けられることは、辺野古反対運動にとってプラスとは言えないまでも、決してマイナスではない。一方、前天皇の沖縄訪問は安倍政権にとっては何とも具合の悪いことであったに相違ない。

問われる令和の天皇

 新天皇が「おことば」で「憲法を守る」と述べなかったのは安倍首相の進言を入れたことによる、と言える証拠はない。だが、少なくとも安倍首相は「憲法にのっとり」の文言に、ほっと胸をなでおろしたにちがいない。
首相は今年の憲法記念日の5月3日、「日本会議」系の集会「公開憲法フォーラム」にビデオメッセージを寄せた。安倍首相は2年前のメッセージで「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と述べたことについて、今年のメッセージでも「その気持ちに変わりない」としたうえで、第9条に自衛隊を明記するとの自説について「違憲論争に終止符を打つ。その先頭に立つ」と語り、「令和への改元を機に改憲論議を進めるべきだ」と訴えた。
 要するに安倍首相は前天皇から新天皇に変わったのを機に、憲法改変を一気に進めようとの魂胆なのだ。新天皇が「憲法を守る」と言わなかったことは、その意図はともかく、結果として安倍首相の後押しになる可能性を否定できない。
 言うまでもなく、新天皇が何から何まで前天皇と同じことをすればいい、というものではあるまい。独自の象徴天皇像を見いだすべきだろう。ただ、沖縄を訪ねるのか、訪ねるとしてもどのような姿勢でのぞむのかを注視したい。新天皇には、「国民に寄り添う」ために、戦争になれば沖縄、広島、長崎の惨劇になることだけは学んでもらわねばならない、と思うからだ。もし、日の丸の小旗を振り、「天皇陛下万歳」という人たちだけに寄り添う天皇であるならば、若者が天皇の名において戦場に散り、国民が塗炭の地獄に陥ることになる、と恐れるからである。
                      了

2019Lapiz秋号《巻頭言》 :Lapiz編集長 井上脩身

 

中西氏

 私は「令和」という言葉の響きによい印象をもっていません。夏号の巻頭言でもふれましたが、「冷和」という文字が頭をよぎり、平和が冷える、つまり平和でない時代になるのでは、と不安になるのです。

 「令和」の考案者とされる国文学者・中西進氏に対するインタビュー記事が6月11日付の毎日新聞に掲載されました。紙面には「令和 平和への祈りうるわしく」との見出しがおどっています。記事のリード(前文)には、「3時間に及ぶインタビューで中西さんは令和を『うるわしく平和を生きていく願いがこもった元号だと了解していいでしょう』と語った。そして忘れえ得ぬ戦争体験を明かし、不戦を誓った憲法9条を『世界の真珠』とたたえた」とあります。

 中西氏は、令和には9条の平和の願いが込められている、というのです。私は1ページをまるまる費やしたこの記事を何度も読み返しました。

 令和の典拠は「万葉集 巻第五 梅花の歌三十二首?せて序」の「初春の令月にして、気淑(よ)く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す」(読み下し文)によります。この現代語訳は「新春の好き月、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女の鏡の前に装う白粉のごとく白く咲き、蘭は身を飾った香の如きかおりをただよわせている」(中西進『万葉集』講談社)。

 中西氏によると「令和」の2文字は大伴旅人らが大宰府で開いた梅花の宴で詠んだ32首の中から取られたもので、令は玉と考えていると中西氏。「玉は光を吸収し、その光源は内にたまる。気品ある端正な美というのが令の語感」といいます。

 和については「合わせるという意味がある。やさしいという意味もある。みんながやさしく力を合わせている」と説明したうえで、「やわらかいという意味もある。武力のハードパワーでなく、ソフトパワーを大切にしなければならない」と付け足しています。 

 中西氏は昭和ヒトケタ世代。終戦の玉音放送は東京・高田馬場の軍需工場で聴いたそうです。父親の仕事の関係で広島の中学校に通っていたことがあり、爆心に近い校舎にいた同級生20人が原爆の犠牲になったといいます。また東京空襲の記憶も鮮明で、「空襲警報が鳴るたび、庭に掘った防空壕から母が叫ぶ。早く入りなさい!早く!と。夜が明けると、あたりは焼け野原、いたるところに死体がごろごろしていました」と語っています。
写真:国文学者・中西進氏(6月11日付毎日新聞より)

 「いま、戦争を知らない人たちは改憲へまっしぐら」という中西氏。9条に自衛隊を明記するという安倍晋三首相の方針に対して、「私たちにとって9条の変更はあり得ません。世界の真珠です。ノーベル平和賞クラスです」と強く批判。「国際的でありながら自立的、このふたつを矛盾なく持つ希有な万葉の精神、そして令和の精神をどう生かすか。選挙で改憲などを争うのではなく、戦争のなかった平成の時代をさらにバージョンアップさせる方法こそ政治家たちは論じ合うべきだ」と主張します。令和の考案者ならではの万葉護憲論と言えるでしょう。
 しかし、明治、大正、昭和と続いた元号制度には天皇主体の国家主義的な匂いを私には拭い去れません。そして、天皇の名のもとに戦争が行われた歴史を思うと、私はどうしても元号が好きになれないのです。私はどうしても元号表記しなければならない場合以外は西暦で書きます。

冒頭、令和によい印象をもっていない、と書きましたが、実際、元号を万葉集から採ったことには専門家からも疑問の声が上がっています。小松靖彦・青山学院大教授は大伴家持の長歌から引用された楽曲『海ゆかば』の「海行かば 水漬(づ)く屍(かばね) 山ゆかば 草生(む)す屍 大君の 辺(へ)にこそ死なめ かへりみはせじ」が満州事変(1931年)後、小学校の教科書に載るようになったことを取りあげ、「『海ゆかば』の歌詞を胸に死んでいった人たちがたくさんいたことを忘れてはならない」と警告。戦時中、「万葉集の精神で」という言葉が飛び交った」と指摘し、「万葉集をどう享受し継承するか、今に生きる私たちにかかっている」と訴えます。(4月16日付毎日新聞)

 天皇制と憲法9条は矛盾しているのではないでしょうか。この疑問に三谷太一郎・東大名誉教授は次のように応えています。

 「憲法制定に至る日米間の折衝で、連合国最高司令部(GHQ)は、憲法の前文や条文に国民主権を盛りこむことに強く固執した。日本側は、なんとか国民主権を挿入しないで済むよう抵抗したが、それでは天皇の地位は約束されなかった。平和主義も同じく、天皇制を残すには必須だった。つまり憲法の国民主権も第9条も、象徴天皇の規定と密接関連している。だから、憲法9条を変えるということは、天皇制の根幹に触れる問題。憲法改正は日本の政治社会を分断し、象徴天皇制の基盤を間接的に脅かす可能性がある」(5月1日付同紙)
 
 国民主権、憲法9条、象徴天皇制はワンセットのもので、憲法9条を変えることは象徴天皇制をも揺るがすもの、というのです。三谷氏は、「今回、元号の陰に政治的意図が見え隠れすることに違和感を覚えた。象徴天皇制の将来のために、元号の政治利用は避けた方がよい」と苦言を呈します。おそらく安倍首相が天皇譲位や新元号の決定に際して裏で何らかの画策をしたのではと疑っているのでしょう。

 中西氏が求める平和主義が令和の時代も続いてほしい、と誰もが願います。しかし元号の陰に政治的意図が見え隠れしたことから、「大君のために」戦場に若者が行くというあの忌まわしい時代にならないか、との懸念を消し去ることができません。
憲法9条を変えようとの動きが強まるなか、今号の「びえんと」では、新しい天皇の即位に際しえの「おことば」を通して、天皇と憲法の関係を考えてみました。

Lapiz2019秋号

秋号表紙

 Lapiz掲載の記事は順次このページで掲載いたします。

Lapiz2019秋号は9月1日発行です!

breath of CITY  北博文

主な記事

巻頭言 井上編集長
三匹が撮る! サハリンの二人と日本の一人の写真
カバーストーリー サハリンから韓国へ永住帰国した男の物語
breath of CITY  北博文
徒然の章 中務敦行
随想 安部退陣へ 渡辺幸重
ドローンの世界 ~夏~ 小田真
編集長が行く もくせい号墜落に見る奪われた空 井上編集長
大阪ぐりぐりマルシェ 中川眞須良
歴史の街を行く スサノオ追跡 片山通夫 などなど

Lapiz2019秋号の表紙が決まりました。

 秋号の表紙を飾るのはサハリンから永住帰国された Be En Dyun さんです。

ユジノサハリンスクのガガーリン公園で。

連載 アカンタレ勘太<2>
三匹が撮る!
徒然の章
歴史の街を行く《スサノオ追跡》
その他