2018春号《西南戦争と大津事件》編集長 井上脩身

西南戦争と大津事件
―七難七福の人間ドラマ―
1月下旬、10年ぶりに三井寺を訪ねた。1100年余の歴史をもち、国宝の金堂をはじめ10件の国宝と42件の重要文化財がある西日本有数の大寺院。琵琶湖が望める立地に加えて、春は桜、秋は紅葉が境内に満ち、多くの参拝客でにぎわう観光の寺でもある。今回、時期外れに訪問したのは、NHKの大河ドラマ『西郷どん』を見ていて、三井寺の裏山にある「西南戦争記念碑」を思い出したからだ。この碑が大津事件のきっかけになったと私は考えている。大津事件は司法の独立が守られた事件として歴史教科書にも載っているが、この事件の登場人物はことごとく数奇な運命をたどり、悲しい結末を迎える。大津事件を人間ドラマとして見直してみると、「富国強兵」の掛け声の陰にひそむ明治の日本の哀れな一面が浮かびあがるのだ。 “2018春号《西南戦争と大津事件》編集長 井上脩身” の続きを読む

2018春号《原発を考える》井上脩身

原発国日本に迫る火山の恐怖
―襲いかかる火砕流と火山灰―
広島高裁は昨年12月13日、四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)について、「阿蘇山の火砕流が敷地に到達する可能性が十分小さいとはいえない」として、運転差し止めを命じる決定を下した。阿蘇山から同原発は130キロ離れているが、野々上友之裁判長は「過去最大の噴火を想定すべきだ」と指摘し、「原発立地として不適」と判示した。我が国のいずれかの火山が大規模噴火を起こした場合、火砕流にとどまらず、火山灰が数百キロ先に降り注いで原発の運転に影響する恐れがあると指摘されている。自然の猛威は人知をはるかに超えるものであることは、東日本大震災による大津波で証明された。我が国は地震国でありかつ火山国である。全ての原発を廃止する以外に噴火の恐怖から逃れるすべがないことは歴然としている 。 “2018春号《原発を考える》井上脩身” の続きを読む

3月に入りました。

Lapizのサイトでは今月から巻頭言をはじめ春号に掲載している記事を順に紹介してゆきます。お楽しみに。

また「ジョセフ・ヒコの幕末維新」は連載5回を別冊として掲載してゆきます。

2018春号《巻頭言》Lapiz編集長 井上脩身

今年1月23日、草津白根山(群馬、長野県境)のなかの本白根山が噴火、近くのスキー場で訓練中の陸上自衛隊員1人が死亡しました。本白根山の噴火は3000年ぶりだそうです。気象庁をはじめ火山専門家は「火山活動の高まりを示す現象がない」として、全くマークをしておらず、寝耳に水の出来ごとでした。我が国が世界有数の火山国であることはだれでも知っていることですが、どこででも噴火は起きる、という自然の怖さを改めて認識させられました。私はテレビで放映される噴煙の動画を見ながら、57年前に登った北アルプスの焼岳(標高2455メートル)を思い出していました。高校2年生の夏、初めての本格的な登山として焼岳に登り、頂上近くの山小屋に泊まりました。その山小屋が翌年の噴火による火山灰で押しつぶされ、4人がけがをしたのです。そのニュースに背筋が凍る思いをしたことを今も鮮明に覚えています。 “2018春号《巻頭言》Lapiz編集長 井上脩身” の続きを読む

2018春号:opinion《平昌五輪が始まった。》一之瀬 明

一之瀬 明さんの寄稿です。

年金生活者の身では、悲しいかな、華やかなオリンピックを見に韓国を訪れることはできない。最も経済的な余裕があっても、あの寒さでは、とても行く気にはなれないのだが。
「やせ我慢」でそうしておこう。何しろ「エンゲル係数が生活を圧迫」しておるのでな。
ところがこのオリンピック、ハナっからとんでもなく政治的な装いになっている。
ご承知のように、南北朝鮮が合同チームで開会式に参加入場してきた。会場はテレビの中継で見ていても、感動の嵐だった。北朝鮮の要人たち、韓国の大統領、そして会場を埋め尽くした観衆。
私たちの国、時には「単一民族」などと思い違いをしている政治家を抱える日本の隣国が分断国家で、先の戦争と朝鮮戦争の結果、今なお分断したまま「戦争状態」にある隣国に、この開会式の興奮とともに、悲劇を抱えている事実を、世界中の人々の心に刻み込まれたことだと信じたい。
オリンピックは、スポーツの祭典であると同時に平和の祭典である。
これを機に隣国の抱える悲しみと矛盾を理解する機会としたいものだ。どこかの馬鹿が言うような「圧力一辺倒」でなく。

明治150年企画 ジョセフ・ヒコの幕末維新:井上脩身

Lapiz明治150年企画
「ジョセフ・ヒコの幕末維新」:井上脩身

第一回 中浜万次郎編
ーペリー来航前夜の太平洋ー
別冊 ジョセフ・ヒコ
ジョセフ・ヒコは、1837(天保8)年9月20日(8月21日)、播磨国加古郡古宮村(播磨町古宮)に生まれた。幼名を彦太郎(のち浜田彦蔵)と言い、母の再婚相手の養父の船乗りにあこがれ、母を13歳で亡くしてから彦太郎は栄力丸で江戸へ出かけ、江戸見物を終えての帰り、船が嵐で難破し、太平洋を52日間漂流した・・・。幕末に活躍した通訳、貿易商。「新聞の父」と言われる。洗礼名はジョセフ・ヒコ 。

2018春号予告


春号は3月1日発行予定です!
主な記事
明治150年企画
ジョセフ・ヒコの幕末維新

宿場町 小田原宿
小田真の空撮の世界
湖北・菅浦 残る淳仁天皇伝説
編集長が行く「西南戦争と大津事件」

などなど