Lapiz2018夏号《巻頭言》:井上脩身編集長

国立公文書館(東京都千代田区)で今春、特別展「江戸幕府最後の闘い――幕末の文武改革」が開かれました。今年が明治元年(1868年)から150周年に当たるのを記念しての企画です。新聞に「江戸幕府も近代国家への脱皮を試みていたことがわかる」と紹介されていました。NHKの大河ドラマ「西郷どん」を欠かさず見ている私は何らかの知識を得たいとおもい、4月末、展覧会をのぞいてみました。

展覧会は「もたらされる海外情報」「海外知識の受容と学問」「幕末の文武改革」「維新後の徳川家」の4章で構成され、約60点の史料が展示されていました。長崎に入港するオランダ船が幕府に提出した海外情報の和訳「和蘭船風説書」など一級史料がずらっと並んでいて、幕末史に興味のある人には胸が高鳴る展覧会でした。実際、70歳前後と思われる男性は、流れるように墨書された文書を、小さく声を出しながら読んでいました。私は古文書を読む訓練を受けなかったことを悔しく思たものです。

それはともかく、私が興味をひかれたのは軍事と啓蒙思想、そして大政奉還・王政復古が一連の流れとして展示されていることでした。

まず軍事について。

千代田形の軍艦の写真パネルが展示されていました。軍艦といっても甲板には大砲もなく、何とも頼りない船です。これが我が国初の蒸気軍艦なのです。キャプションには「文久3(1863)年、帆船軍艦として就航、慶応2(1866)年、蒸気軍艦として竣工」とあります。全長29メートル、128トン。日本の海の守りは北前船に毛が生えた程度のひ弱い軍艦から始まったのです。

ほかに、慶応3年の歩兵訓練の写真、やはり慶応3年に陸軍所が刊行した「兵学程式」や「歩兵令詞」が展示されていました。「歩兵令詞」の小隊之部には「軍隊ヲ真中ヨリ分チ各一列ニ作ル事」などと、黎明期ならではの極めて基本的な記述がなされています。

次に啓蒙思想。

展示されているのは中村正直が翻訳した『自由之理』と『西國立志編』。『自由之理』は1870年に出版されました。「思想及び議論の自由」の項目では「随意ニ著述ヲ出板スル」ことは「政府ノ暴虐ヲ防グ為ノ必要ナ具(どうぐ)」とあります。同年に出版された『西國立志編』はサミュエル・スマイルズの「Self Help」を中村正直が翻訳したもので、自主や自由などの精神を旧幕臣に植え付けようとしたといわれています。
展示は大政奉還、王政復古の史料に移ります。

大政奉還については「二条摂政記」が出品され、「従来之旧習ヲ改メ、政権ヲ朝廷ニ奉帰、広ク天下之公議ヲ尽シ」と、政権を朝廷に返上する旨の記載がなされています。王政復古については「黒川秀波筆記」が展示されました。この中で「王政復古の大号令」として「神武創業」の始めに復古することが記されています。黒川秀波(ほなみ)は長崎県士族で修史館御用を勤め、1877年、東京府知事にこの筆記資料を納めました。

こうした展示をみれば展覧会の意図は、軍事、啓蒙、大政奉還・王政復古を経て明治維新になったことを示そうとしたとわかります。この通りだとすれば、明治とは思想・議論の自由を認めつつ、天皇中心の軍事国家の時代ということになります。しかし、実際の明治政府は思想・議論の自由を抑え込みました。

展覧会では1889年2月11日に発布された大日本帝国憲法(明治憲法)も展示されました。明治天皇の御璽がある極めて貴重な史料ですが、ここには「朕ハ我カ臣民ノ権利及財産ノ安全ヲ貴重シ」と記されています。国民の権利は天皇国家体制に反しない範囲内でのみ存在することを天皇自ら宣言したのです。明治維新とは明治憲法制定への道のスタートでもあったのです。

当然、自由を求める人たちは政府に反発し立ち向かいます。本号では「編集長が行く」シリーズの中で「秩父事件」を取り上げました。生糸の価格暴落などによって生活が困窮した農民たちが秩父困民党を結成、蜂起した1884年の事件です。明治17年のこの農民決起のなかに、明治という時代の「国民抑圧」という本質が見えるではないか、と考えたからです。