連載コラム・日本の島できごと事典 その21《悲恋伝説》渡辺幸重

無人島・姫島

 全国各地の島々に数々の悲恋物語が伝わり、地名や歌にも多く残っています。詩人なら「島の旅情が恋心を誘う」とでも言うのでしょうが、海難事故や戦争とからむものもあり、単純なものばかりではありません。

高知県の豊後水道南部・宿毛湾口に浮かぶ無人島・姫島は「姫島(玉姫)伝説」の舞台です。

 昔、姫島の東方約4kmにある沖の島の母島(もしま)という集落の男が京に上って暮らすうちに玉姫という美しい姫君と恋仲になりました。やがて男は国に帰ることになったのですが、玉姫と別れがたく一緒に沖の島に帰ることになりました。ところが、この男には島に妻がいたのです。島に近づくと男は玉姫に妻のことを打ち明け、あろうことか、近くの無人島に玉姫を降ろし、泣き悲しむ姫を残して自分だけ故郷に帰ったのです。男は、妻や親戚との話がつかず、時間だけが過ぎるなかで人々の反対をおしきって無人島に玉姫を迎えに行きますが、玉姫は島の荒磯の岩の上で一人さみしく死んでいたのです。人々は姫をあわれに思い、この無人島を姫島と呼ぶようになりました。

 今風に言えば、男は「出張中に不倫をした」となり、その事実を隠し姫を死なせたひどい男ということになります。そして、厳しい制裁を受けるでしょう。小説にもなりそうなリアルな話です。姫島の名は横から見た島の形が裸の女の人が寝ている姿に似ているからとも言われます。「のど仏がある」と指摘した人もいますが、無視されたようです。

 九州・水俣には「恋路島物語」が伝わります。

 水俣港の前に浮かぶ無人島・恋路島には「恋の浦」という地名があり、島の東部沖に「妻恋岩」があります。戦国時代に九州制覇をめざした肥前の竜造寺隆信が島原の有馬義純を攻めたとき、薩摩の島津勢が有馬の援軍として出陣。その中に川上左京亮(さきょうのすけ)忠堅(ただかた)という27歳の武将がいました。このとき忠堅の新妻は左京亮を見送ったあと夫を恋うる心から小島に渡って石室にこもり、海辺に石を積み上げて夫の武運を祈り続けたといいます。そして、恋慕の思いを募らせたまま夫の帰りを待たずして淋しく島でこの世を去りました。この小島が恋路島で、恋の浦は祈ったところ、妻恋岩は積んだ石の跡ということです。

 実は、左京亮は、竜造寺隆信を討ち取った島津軍の有力武将です。なぜ新妻は死を賭してまで祈らなければならなかったのでしょうか。

 伝説というものはおもしろいものです。遠く海原をみつめながら島の海岸でじっと物思いにふければ、きっと悲恋にロマンを感じるでしょう。

姫島の写真(「みんなの観光協会」から)

夏の千夜一夜物語《近江孤篷庵》

近江孤篷庵

孤篷庵(こほうあん)と読む。この寺は小堀遠州の菩提寺。遠州の茶の湯は「きれいさび」と称され、遠州流として続いている。政一は和歌や藤原定家の書を学び、王朝文化の美意識を茶の湯に取り入れた。生涯で2000人の客を茶席に招いたという。小堀遠州(1579~1647)に関しては滋賀県長浜市の資料が詳しい。 https://bit.ly/3sBhXq8

彼はこの近在で生まれた。例によってウイキペディアで探してみた。(https://bit.ly/3x0xzXz
⇒小堀政一(こぼり まさかず)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての大名、茶人、建築家、作庭家、書家。2代備中国代官で備中松山城主、のち近江国小室藩初代藩主。官位は従五位下遠江守。遠州流の祖。一般には小堀遠州(こぼり えんしゅう)の名で知られるが、「遠州」は武家官位の受領名の遠江守に由来する通称で後年の名乗り。道号に大有宗甫、庵号に孤篷庵がある。

訪れた方のコメントを無断拝借⇒寺社庭園を回ってると度々耳にする作庭家のスーパースター小堀遠州の菩提寺。農村風景の中にひっそりと建つ風情は、現代人の私にはちょっと寂しさや物足りなさを感じないでもなかったが、訪ねるとふすまを開け放ってくれた。すると涼しい風が入ってきてそれまでのなま暖かかった空間が嘘のように心地よい空間になった。
入口には桔梗の花が咲いていた。

夏の千夜一夜物語《茶摘 ちゃつみ》

京都・宇治田原町の茶畑

ご存じ、「夏も近づく八十八夜(はちじゅうはちや)」で始まる「八十八夜」は唱歌集「尋常小学唱歌」に掲載された。一説によれば、『茶摘(ちゃつみ)』は京都の宇治田原村(現京都府宇治田原町)の茶摘歌がルーツとされ、歌詞の二番にある「日本」は元々は「田原」だったとか。
京都の宇治田原村は、江戸時代に煎茶製法を確立した永谷宗円が有名(永谷園創始者の先祖)。山本山は宗円の茶を販売して莫大な富を築いた。
蛇足ながら、八十八夜とは雑節の一つで、立春から数えて88日目の日を指し、毎年5月2日頃がこの日にあたる。

夏の千夜一夜物語《初めに》

写真はイメージ「函館ベイエリアで」

 

決してかのペルシャの物語ではない。タイトルをちょっと借りただけ。写真は初夏の風景から始めるとしたい。はじめはお察しの通り北海道の初夏の写真から…。また時にはエッセー風の小文も。

 

千夜一夜物語はアラビア語のカルカッタ第二版からの直接の翻訳である『アラビアン・ナイト』が有名。これは子供にも読めるおとぎ話風の物語だが、ここでは全く関係ない。筆者の思い付きの写真とエッセー。

まさに御用とお急ぎでない方はお読みください。