連載コラム・日本の島できごと事典 その43《消えた国境離島》渡辺幸重

潮位観測の流れ(海上保安庁)

地図を見ると、北海道北部のオホーツク海側、宗谷郡猿払村の沖合約0.5kmに「エサンベ鼻北小島」があります。これは2014年8月に国が命名し、2016年度に国有財産台帳に記載した「領海の外縁を根拠付ける国境離島」のひとつで、1987年に行った第一管区海上保安本部による測量で、標高1.4mとされています。ところが2019年9月24日、海上保安庁は調査を行った結果「島は存在しない」と発表しました。
2018年9月、『幻島図鑑』の著者・清水浩史さんは取材でエサンベ鼻北小島に向かいましたが島を見つけることができませんでした。村民からの情報もあり、第1管区海上保安本部が現地調査に乗り出し、11月に上空から目視調査を行い、翌年5月には船と水中音波探知機(ソナー)を使って水深測量などを行いました。その結果、干潮時でも島が海面上に現れなかったため「同島の位置付近では島は存在せず、一方非常に水深の浅い浅瀬が存在することが判明した」と島の消失を正式発表したのです。
島が消えたのに日本政府は地図から抹消せず、AOV(自律型海洋観測装置)などを使ってさらに精密な最低水面(潮汐により海面が低くなった位置)を調べています。なぜでしょうか。それは精密に調べたら実際の低潮線は現在の低潮線よりも低く、確認された水面下の浅瀬は干潮時にのみ水面上にある「低潮高地」に該当すると言いたいからです。領海やEEZ(排他的経済水域)の基線は島でなくても低潮高地ならいいとされています。今回確認した浅瀬はかつては水面上にあったエサンベ鼻北小島でしょうが、現状が低潮高地であれば領海やEEZの範囲はほぼ変わらないようなのです。
2020年には薩摩半島西方、宇治群島内のスズメ北小島が国土地理院地図の明記された場所に存在しないと報道されました。2021年には北海道で、新冠町の節婦(せっぷ)南小島と函館市の汐首岬南小島の2島が存在を確認できず「消失か」と話題になりました。地図の位置と実際の位置がずれているケースもあるようですが、節婦南小島は2018年の北海道地震で海中に沈んだのではないか、汐首岬南小島は対岸の護岸工事で陸地に島が組み込まれたのではないか、といわれています。これらはすべて国境離島です。
海上保安庁は領海等に関する取組として以前から、航空レーザー測量で浅瀬を見つけ、周辺海域でAOVを用いた精密な低潮線調査を行い、新たな低潮高地の設定に力を入れています。領海やEEZを拡大する活動の一環なのです。国境離島に名前を付け、海図に載せることもそうです。しかし、島の最新の状態を確認しないまま国境離島を設定したのは島が消えたり、単純な名前しか付けられなかったりしたことからもわかるように焦りすぎのように思います。「中国の脅威に対応」がこんなところにも現れています。外交努力よりも軍備強化に走る日本政府の姿勢は稚拙で危険です。