連載コラム・日本の島できごと事典 その44《島を食う虫》渡辺幸重

かつてのホボロ島

瀬戸内海の東広島市赤碕の沖に小さな島「ホボロ島」が浮かんでいます。「美しい赤土の山肌を持っているこの島は、風雨や波に侵されて身がやせ細るばかりだったので、そこから逃げだそうとしたものの周囲の島々がじゃまをしてどこにも逃げられなかった。西方にこの島に好意を持つ藍之島があったが、その間にある島が辛く当たるので会いにも行けず、すっかり諦めて衰亡の身を横たえている」という伝説がある島です。実際に、ホボロ島はここ数十年の間にみるみる小さくなり、台風が来ると岩が崩れるそうです。1883年(明治16年)に島が二つに裂けて崩れたという記録があり、その頃から小さくなり始めたのではないかといわれています。1928年(昭和3年)の地図には高さ21.9mと書かれ、島の長さも120m以上ありますが、2007年時点では満潮時には高さ6mになり、岩が顔をのぞかせる程度です。このままでは100年後には島自体が消滅してしまうともいわれます。しかし、小さくなっているのはホボロ島だけで周囲の島は変化ありません。それはなぜでしょうか。

最近のホボロ島

2007年(平成19年)、沖村雄二・広島大学名誉教授らはこの島に棲んでいるワラジムシ目コツブムシ科のナナツバコツブムシを調査したところ、12cm四方・厚さ5cmの岩の中に80匹のナナツバコツブムシを確認しました。島の表面積の半分以上を占め、島全体では実に数百万~数千万匹のナナツバコツブムシがいたのです。この虫は体長1cmほどの甲殻類でダンゴムシに似た形をしており、潮間帯に巣穴を掘って生活します。風化によって軟らかくなりやすい凝灰岩が大量の虫によって“食われ”、波のエネルギーで岩が壊れて島が急速に小さくなっていったのです。これを「生物侵食作用」といいますが、1つの島が消えてなくなるほどの規模とその進行の速さから極めて珍しい例とされ、2007年の日本地質学会西日本支部例会で発表されました。
島名のホボロは地元で「丸い竹籠」のことで、嫁が婚家を出て実家にしばらく戻ることを「ホボロを売る」といいます。ホボロ島もときどきは好意を寄せる西方の藍之島と会って元気をもらえば“身が細る”こともなかったでしょうが、現実は自然現象なのでどうすることもできず、虫に食われるままやがては消滅するしかないようです。