連載童話《のん太とコイナ[天の川]#1~#10》文・画 いのしゅうじ

1)ここはアカダ川のていぼう。男の子が寝そべっています。
男の子はのん太、小学四年生。ほんとうの名前は則夫。
のん太は学校でいやなことがあると、通学路のアカダ川の橋からていぼうに下り、あおむけになってぼおっと空をながめます。そうしてると、学校でのことを忘れられるのです。
のん太を見て、だれかが「のんびりのん太」とからかいました。それからは、友だちだけでなく、お父さんまで「のん太」とあだ名で呼ぶようになりました。
その父さんのお気に入りはアカダ高校のタイコえんそう。「高校生ばなれのうで」といいます。
こどもの日、アカダ川では毎年「こいのぼりフェスタ」が開かれます。
フェスタの一番の呼びものはアカダ高校のタイコえんそう。
なので、お父さん、お母さん、妹の一家四人で、河原でお弁当を広げるのが、のん太の家のこども日のならわしです。
今年も、家族でフェスタに行きました。千びきのこいのぼりが、気もちよさそうに泳いでいます。

2) タイコえんそうがひと休みしたとき、男の子のさわぎ声が聞こえてきました。
「コイは川で泳ぐんだろ。お前はさかさじゃないか」
折り紙のかぶとをかぶった二人の男の子が、一ぴきのこいのぼおりを、ものほしおざおでつっついているのです。
たくさんのこいのぼりのうち、ピンクのはだのこいのぼりが、みんなとは反対に、おなかを空にむけています。男の子はひっくりかえそうとしているのです。
のん太はこいのぼりが泣いているように見えました。
いじめにあってる、かわいそう!
のん太は勇敢にも男の子たちの前にたちはだかりました。
「いじめるな」

「川で泳がせるんだ。何が悪い」
「この子は空を泳いでるんだ」
えっ! 男の子はのん太の気迫におされたのか、ものほしざおをほうりなげ、ていぼうのむこうに走っていきました。

3) つぎの日の明け方、のん太の部屋の窓がゴトゴトと音をたてています。
目をさましたのん太が窓に目を向けると、こいのぼりが顔をガラスにくっつけ、何かうったえています。
窓をあけると、男の子にいじめられたこいのぼりでした。
「きのうはありがとう」
こいのぼりが言葉をしゃべったので、のん太は目を丸くしました。
「空を泳いでるっていってくれたでしょ。うれしかったわ」
「じゃあ、ほんとうに空を泳いでたんだ」
「うん、川より空がいいの」
こいのぼりは「コイナ」という名の女の子。
山奥の村で暮らしています。町が見たくなりました。アカダ市の上空までやってきたとき、フェスタの係の人につかまり、ロープにつるされたのだそうです。
「フェスタが終わって解放されたので、お礼を言いたくて、まっさきにここにきたの」

4)「コイナちゃん、どうして川を泳がないの」
「泳ぎたいのよ、ほんとうは。でも、ダムやらなにやらで、見えるのはコンクリートばかり。泳ぐ気がしないわ

「これからどうするの」
「里にもどるの。おばあちゃんが一人でいるんだもの

「空を泳ぐって気もちいいだろうなあ」
「いっしょに行ってみない」
「うん、行く」
のん太はまようことなく、コイナに乗ることにしました。
コイナは空を泳ぐため、おなかを上にむけます。だから、のん太はコイナのおなかにまたがりました。
コイナはけわしい山々が海にせまる、美しいリアス式海岸の上空をスイスイすすみます。
「すっごーい」「うそみたい」「夢だ」
はしゃぎすぎてつかれたのか、のん太はすーっとねむってしまいました。おなかのヒレで、ふとんのようにやさしくつつむコイナです。

5)のん太が目をさますと、のどかな海が広がっています。
たくさんのヨットが、帆をふくらませて波を切っています。
「ヨットっていいなって思うの」
コイナがしんみりといいました。
「風をうけるってことでは、こいのぼりもいっしょ。でもロープにしばりつけられて、自由がないわ。海の上ならどこへでも行けるヨットとおおちがい」
「コイナちゃんこそ、どこへでも行けるじゃないか

「こいのぼりはね、みんなどこへでも行けたの。人間に支配されるまでは」
コイナがむずかしいことを言ったので、のん太は話をかえました。
「ぼく、ヨットに乗ってみたい」
コイナが一そうのヨットにおろしてくれました。たまたま強い風がふいてきて、ヨットが沈みそうなほど傾きました。
ギャー!
コイナがおなかのヒレでのん太を救いあげました。

6)「一つ聞いていい?」
「答えられることなら。なんなの?」
「ヨットは風を受けてすすむんだよね。でもコイナちゃんは風がなくてもすすんでる。どうして」
「やだ、わたし泳いでるのよ、空を」
「ぼくには飛んでるとしか思えない、プロペラもないのに」
「うーん、どう説明したらいのかしら」
コイナが頭をかかえながらすすんでいくと、遊園地が見えてきました。ジェットコースターのゴーッという大きな音がひびいてきます。
「そうだ、あれよ」
ジェットコースターは高い位置まで引き上げられて、急坂を下るいきおいにのって走り、回転していきます。
「その原理と同じよ、たぶん」
「ぼくジェットコースターに乗ったことない」
コイナはのん太を、あいてる席にすわらせました。安全ベルトをしていません。コースターが宙がえりしました。
真っさかさまに落ちるのん太……。

7)ジェットコースターから転落しかかったのん太。コイナがおなかのヒレを使って助けたのはいうまでもありません。
コイナはおばあさんが待つ里の山にむかいます。
途中、高い山がそびえています。雪がたっぷり残っていて、若者たちが春スキーを楽しんでいます。
コイナはスキー場でのん太をおろしました。
のん太はスキーははじめてです。
「初心者コースに行かなきゃ」
とコイナが言ったのに、のん太が、
「せっかく雪山に来たんだ。山らしいところに行きたい」
というので、ベテランむけのコースにつれていきました。
のん太が雪の斜面に降りたったちょうどその時、頂上の近くでグワーッと大きな地響きがおこりました。
雪のかたまりが渦を巻き、雪けむりをあげて、猛スピードで真上からおそってきます。
コイナは万一にそなえていました。あわやというところで、のん太はなだれからのがれることができました。

8)雪をかぶった山々をこえると、コイナは、
「あそこよ」
と言って、ぐんぐん高度を下げました。
丸太で組んだ小屋の前で、だれかが手をふっています。
「おばあちゃんよ」
コイナが着陸。おばあさんは「よく来たね」と、のん太を小屋の中に招き入れてくれました。
電気はないらしく、窓からの光だけが明かりのようです。
部屋のまん中にいろりがあり、炭火が小さな炎をあげています。そのまわりにイワナがくし刺しされています。
「食べごろだよ」
おばあさんがおなかのヒレで焼き上がったイワナをきようにつかみ、のん太に「さあ、お食べ」とさしだしました。
おどろいたようにおなかのヒレを見つめるのん太。おばさんはわらいました。
「人間の手のように動かせるの。わたしたちは何千年もかけてくんれんしてきたんだよ」

9)のん太が焼きイワナをかじっていると、おばあさんが、
「吹き流しがさわぎだした」

とつぶやきました。
小屋の裏に吹き流しがかけられています。のん太が外に出てみると、そのしっぽがゆらゆらしています。
「あんなのにのって見たいなあ」
とぽつんと言ったので、コイナがのせてくれました。
しばらくすると、吹き流しがはげしくゆれだしました。
コイナは小屋の屋根にあがって、板屋根がふきとばされないよう、カナヅチでたたいています。
おばあさんは尾ヒレを足のようにして歩いています。外にあったジャガイモを小屋の中にしまいこむため、まっすぐ立って、口の上にひともりのジャガイモをのせていました。
こいのぼりが歩くなんてビックリです。でものん太はふるえ上がって何も見ていません。
激しく雨がふってきたからです。嵐がやってくるきざしでした。

10)嵐は、夜明け前にはすっかりおさまりました。
かわって空一面に星がきらめいています。
「見てごらん、天の川だよ」
のん太がおばあさんの指さす方に目を向けると、白っぽい帯がくねりながら、天空をつらぬいています。
たなばたの日、織姫と彦星が天の川をはさんで会う、とのん太は聞いたことがあります。
「ぼく、ほんものを見るのはじめて」
「人間はバカだよ。電気であかあかと夜を照らして、天の川を見えなくしたんだから」
日がのぼると天の川は見えなくなります。
おばあさんは、
「のん太くんをつれて帰るのは今のうちだよ」
とコイナをうながしました。
コイナはのん太をおなかに乗せて、天の川をわたるようにすすんでいきます。
「わかった。コイナちゃんは川は川でも天の川を泳ぐんだ」
コイナはこっくりとうなずきました。(完)

お読みいただきありがとうございました。いのしゅうじ氏の童話は秋号にも続きます。ご期待ください。