連載コラム・日本の島できごと事典 その109《ニーバンガズィマール》渡辺幸重

 

台風で倒れたニーバンガズィマール(NHKより)

前回は沖縄・伊江島のできごとを取り上げましたが、緊急事態が起きたために伊江島を続けます。

倒れる前のニーバンガズィマール

今年(2023年)8月3日、伊江島の宮城家が管理する樹齢100年以上とも約250年とも言われるガジュマルの大木「ニーバンガズィマール」が根こそぎ倒れているのが発見されました。台風6号が8月2日頃沖縄島の南方を過ぎ、東シナ海でUターンして沖縄島の北方を通過して6日頃まで沖縄地方に大きな影響を与えました。ニーバンガズィマールはこの台風による強風によって倒されたようです。地元ではテレビや新聞で大きく報道され、多くの人に衝撃を与えました。それはなぜでしょうか。
第二次世界大戦末期の1945(昭和20)年4月16日、米軍が伊江島に上陸して激しい戦闘が起き、住民約1,500人、日本兵約2,000人が亡くなりました。このとき生き残った日本兵2人は日本が敗戦となった後もその情報を知らないままニーバンガズィマールに隠れた状態で樹上生活を続けました。その期間は1945年4月から1947年3月までの2年間になります。一人は沖縄県うるま市出身の佐次田秀順さん(当時28歳)、もう一人は宮崎県小林市出身の山口静雄さん(当時36歳)でした。二人は昼間はガジュマルに潜み、夜になると駐留軍のゴミ捨て場で食べ物を漁るなどして命をつないだのです。
その後ニーバンガズィマールは第二次世界大戦の生き証人となります。これまで平和学習の一環として県内外から多くの生徒や一般の観光客が訪れました。2006(平成18)年には沖縄の名木百選にも選定されています。
元日本兵2人の過酷な樹上生活は井上ひさしの心を捉え、井上は芝居にする計画を進めました。未完のまま井上が亡くなりますが、井上の原案として2013(平成25)年4月、蓬莱竜太作・栗山民也演出の三人芝居『木の上の軍隊』が東京で上演され、日の目を見ました。また、真鍋和子著のノンフィクション児童文学作品『ぬちどぅたから―木の上でくらした二年間』(汐文社)が1991(平成3)年に出版されています。
今回ニーバンガズィマールの倒木のニュースに復活を願う声が多く寄せられました。伊江村や宮城家は早速木を再生させるための取り組みを始めました。複数の幹の1本は生き残って立っており、倒れた幹の枝を落として立て直せば復活できるということのようです。
ニーバンガズィマールの倒木後、元日本兵の一人・佐次田さんの次男でうるま市に住む満さんが現場にかけつけました。そして「父がこのガジュマルに救われ、私の存在もある。命の恩人のような木で、再生できることを願っている」と話したそうです。
ガジュマルは生命力が強い木なので私もニーバンガズィマールは必ずや復活するものと信じます。