宿場町シリーズ《山陰道・樫原(かたぎはら)宿 下》文・写真 井上脩身

江戸の面影のこす本陣建物

明智川の異名がある山陰道沿いの川

7月末、35度を超える猛暑のなか、樫原を訪ねた。桂駅のすぐそばに大宮社という小さな神社がある。松尾七社の一社とされ、ここから西に向かって幅5メートルの道をすすむ。旧山陰道である。道沿いに小畠川という細い川が流れている。「明智川」という異名がある。あるいは亀山(現亀岡)から老ノ坂を越えた明智光秀が、この川のあたりで「敵は本能寺にあり」とゲキをとばしたのかもしれない。 “宿場町シリーズ《山陰道・樫原(かたぎはら)宿 下》文・写真 井上脩身” の続きを読む

宿場町シリーズ《山陰道・樫原(かたぎはら)宿 上》文・写真 井上脩身

蛤御門の変の3志士竹やぶに眠る 

蛤御門の変(禁門の変)が起きた京都御所の門

阪急の桂駅(京都市西京区)からバスで老ノ坂峠に向かう途中、古い町家が建ち並ぶ街を通った。後で調べると、樫原(かたぎはら)という旧山陰道の宿場であり、幕末の動乱の渦のなかで起きた蛤御門の変(禁門の変)のさい、ここで長州勢の3人が非業の死をとげたと知った。老ノ坂峠は平安時代の伝説「大江山の鬼退治」の舞台とされ、私はその現地をたずねようとしていたのだった。幕府にとって、長州は鬼だったであろう。時代が変わると、退治されるはずの鬼が鬼神にまつりあげられることはよくある。この3人はどうであったのだろうか。 “宿場町シリーズ《山陰道・樫原(かたぎはら)宿 上》文・写真 井上脩身” の続きを読む

宿場町シリーズ《有馬街道、小浜宿》文、写真 井上脩身

歌劇の町の酒造りの村 ~種痘免許を持つ医師がいた~

除痘館が山中良和に発行した種痘医免許証(ウィキペディアより)

手塚治虫が『陽だまりの樹』をかきだして40年になると何かの記事でみて、この連載漫画をよんでみた。幕末の動乱に巻きこまれながら、種痘の普及につとめた医師、手塚良庵の物語だ。良庵は緒方洪庵の適塾に学んだという。適塾のホームページを開いてみて、適塾が運営する除痘館が摂津・小浜村の山中良和に種痘医免許証を出していることを知った。小浜は現在の宝塚市のほぼ中央に位置し、治虫が5歳のころから住んだ村だ。調べてみると小浜には有馬街道の宿場があり、山中家は宿場内で造り酒屋を営んでいたことがわかった。宿場跡は宝塚大劇場から東に1キロしか離れておらず、治虫も宿場跡を訪ねたにちがいない。歩きながら良仙と山中良和が治虫の頭の中で重なり合ったかもしれない。そんな思いにかられ、小浜宿跡をたずねた。 “宿場町シリーズ《有馬街道、小浜宿》文、写真 井上脩身” の続きを読む